清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.4 ニューヨーク
「生きているだけでオリジナル」

清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.4 ニューヨーク
「生きているだけでオリジナル」

People: 清水みさと

TRAVEL

2025.06.30

5 min read

今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。

Photo&Text:Misato Shimizu

わたしはニューヨークに歓迎されていないのかもしれない、そう思わずにはいられなかった。
 
初めて訪れたのは2年前。旅に慣れているはずなのに、JFK空港で正装した白タク案内人にまんまと騙されてしまった。ブルックリンにたどり着き、さっきまで軽快にトークをしていたドライバーが、突然申し訳なさそうな顔で「500ドル」と告げたとき、わたしはようやく気がついた。
 
「初めてニューヨークに来たスチューデントにこんなに払わせるなんて心苦しい」とボスに電話をかけるドライバー。持ち前の愛嬌で値切ることができたけど、騙されたのには間違いない。(海外に行くと必ず学生だと思われる33歳)
 
白タク事件はさておき、とにかく、ニューヨークはかっこよかった。
 
電車に乗れば誰かが歌っていて、ブロードウェイではマイケル・ジャクソンの完全体がステージに立っている。(「MJ」最高)
 
道ゆく人たちはみんな、自信と目標をまっすぐ背負った主人公のようだった。

一方わたしには、なりたいものも、大きな目標も、とくにない。目の前にあるものをただめいっぱい楽しむことしかできないわたしは、この街に立つと、なんだかふわふわ浮いているような気がしていた。
 
意外にもニューヨークにはいくつもサウナがあって、ロシア系から韓国系、10個以上のサウナがある巨大スパ系までさまざまで、初めて訪れたときは興奮して、隅々までサウナを巡り倒した。

そんな超エンタメ大国に魅せられ、2度目に訪れた昨年末。
 
わたしはしげおさん(夫)を引き連れ、早々にカムバックしたものの、即座に高熱でぶっ倒れたのである。

2年連続出鼻をくじかれ、なんだか歓迎されてないムードが漂っている気がした。
 
それでも、わたしはやっぱりニューヨークが好きだった。ちゃんと噛み合っていなくても、ちょっとすれ違っていても、別にいいんじゃない?って納得させられながら過ごした、2度目のニューヨークでの話。
 

この1年でまた面白いサウナがいくつもできたと聞いていたのも、すぐに再訪した理由の一つだった。寝込んでなんていられないので、まずは身体を温めようと、馴染み深い〈AFURI〉に行った。ラーメン一杯3000円超え。可愛げのない値段に、弱りきった円の現実を思い知る。

ドラッグストアに行き、「今すぐ熱を下げたい」と伝え、勧められた見たことのないビッグサイズの錠剤を購入。明日からのサウナ巡りに備えて、ホテルでゆっくり休むことにした。
 
15時頃、薬を飲んでベッドに横になり、目が覚めると朝だった。信じられない速さで寝落ちした挙句、音一つ立てない静けさで眠りつづけたわたしを心配して、しげおさんはわたしの脈を何度も測ったらしい。

 

強力なアメリカの薬により全面回復したわたしは、ニューヨークで話題のサウナ〈Othership〉へ向かった。

完全予約制のこのサウナは、70分一コマで、ヨガのようにクラス分けされている。わたしが予約したのは「Release(解放)」。別に解放したかったわけではないけれど、朝イチのこのクラスしか空きがなかった。
 
50人が所狭しと並ぶ満員のサウナ室。ストーブの前に金色の大きなドラが置かれ、その横にインストラクターが2人立っていた。
 
一人は音響と照明を巧みに操り、もう一人は言葉でわたしたちを導いていく。「怒り、悲しみを手放して、心を喜びで満たすわよ!」と、柔らかな声で語りかけながら。
 
「ワン・ツー・スリー、アーー!!」
 
90℃の熱気のなか、50人で一斉に叫んだ。戸惑ってる暇はどこにもない。恥じらう方がもっと恥ずかしいぞと言わんばかりに、ドラがボーンと鳴り響く。わたしも夢中で叫んでいた。
 
サウナというか、もはやなにかの儀式だった。気づけば20分。わたしは完全に茹蛸になっていた。(普段6分しか入らない)
 
水風呂は専用の部屋に用意されていて、4℃の水風呂がずらりと8槽、冷却装置のように並んでいる。どうやらここに、2分間入るらしい。
 
4℃で2分は絶対無理。無理なのに、ニューヨーカーたちは何食わぬ顔で水風呂の方へ向かっていく。ひときわ背筋が伸びた意識の高いニューヨーカーと同じ水風呂に案内されたわたしは、日本のサウナ好き代表として(誰のために?)決死の覚悟で入水した。
 
巨大なLEDタイマーがカチカチと時を刻む。
 
30秒。目の前には、まるで湯船につかってるかのように余裕綽々なニューヨーカーがいた。もうわたしには理解不能。皮膚の構造、絶対違うだろ。
 
わたしは早々に凍りつき、腕と足がもげちゃったのかなと思った。ああ、無理、ごめん、ニューヨーカー。
 
37秒。奇しくもサウナを連想させる数字で、わたしは水風呂から飛び出した。水風呂が揺れて、ニューヨーカーの周りにあった「温度の羽衣」が破れ、彼の顔が冷たさでひん曲がった。
 
あぁ、彼も頑張っていたのである。
 
ニューヨーカーと少しだけ呼吸が合った気がした。
 
わたしは陸に打ち上げられたアザラシのように地面にへばりつき、手足の感覚を失ったまま、しばらく動けなかった。
 
まごうことなき唯一無二のサウナ体験だった。ウェルネスとカルチャーとエネルギーが混ざり合い、誰かの真似じゃなく、誰にもできないものをさらっと作ってしまう、キング・オブ・オリジナル・イン・ニューヨーク。
 

すべてを終えて外に出ると、体がスカッとして、五感が開き、世界が鮮やかになっている気がした。(視力良くなった?)
 
とにかく気持ちが良かった。
 
その後、予約していたブロードウェイを観に行った。ととのいすぎて、わたしは開演前から爆睡し、目覚めるとアラジンが絨毯に乗って空を飛んでいた。「えっ?!」と本気の声が出て、「驚くなら演出に驚いて」と、しげおさんに笑われた。

冷たすぎる水風呂も、叫びながら汗をかいたサウナも、空飛ぶアラジンも、ニューヨークはいつもちょっとやりすぎで、まっすぐで、かっこいい。
 
ニューヨークで出会う人たちがみんな主人公に見えたのは、自信があるからではなくて、オリジナルであることに開き直って、堂々と生きているからなんだと思った。

わたしには、なりたいものも大きな目標も、とくにない。
 
だけど、サウナが好きで好きでたまらなくて、体験するたびに何かを感じて、言葉にしたくなる。
 
たぶんそれを大切にすることが、わたしにとっての「オリジナル」なのかもしれない。なにかにならなくても、わたしの物語で既にわたしは主人公だった。

 
自分のまま、進んでいこう。
 
ニューヨークがわたしにウィンクした気がした。

Profile

俳優/タレント

清水みさと(しみず・みさと)

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

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Yayoi Arimoto

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