清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.3  ジョージア
「サウナがあればうまくいく?」

清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.3 ジョージア
「サウナがあればうまくいく?」

People: 清水みさと

TRAVEL&READ

2025.06.10

5 min read

今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。

Photo&Text:Misato Shimizu

いつまで経っても、わたしの荷物が出てこない。
ここはジョージア・トビリシ空港。
 
誰にも引き取られないスーツケースが5つ、健気に回りつづけていた。新しい荷物が出てくる気配はなく、わたしは諦めてバゲージカウンターに並んだ。
 
人生初のロストバゲージだった。わたしの荷物は、多分トルコ、絶対トルコ。
 
トルコのイスタンブールを経由してジョージアにやってきたのだが、元々トルコでのトランジットが90分しかなく、飛行機が40分遅延した。
イスタンブールは巨大なハブ空港なので、わたしは全力疾走して奇跡的にジョージア行きの便に飛び乗れた。人間がこんなにギリギリなのに、荷物が間に合うはずがない。

そもそもわたしは、トルコに行くはずだった。(part2)
出発4日前にイスタンブールで大規模なデモが起き、急遽ルートを変更。代わりにヨルダンに行った前回の記事同様、またしてもトルコに行けなくなったのだ。
 
ジョージアはトルコの隣国で、トルコはハマム、ジョージアはアバノと、2カ国セットでサウナ・温泉巡りをする予定だった。(前回も)
でも、トルコは行けなくても、ジョージアには行きたい。11日間あったので、近隣の気になる国をセレクトして、急遽ジョージア→ウズベキスタン→カザフスタンと、サウナがひしめくコーカサスから中央アジア横断の旅をすることにした。
 
それにしても、トルコと全然縁がない。でもまぁ、旅も人生もタイミング次第だとわたしは割り切る術をもっているので、出会える日まで気長に待つよ、トホホである。
 
バゲージカウンターのお兄さんは「トルコ経由だとよくあるんだよ」と慣れた手付きで、明日にはホテルに届くよう手配してくれた。
 
タクシーで市内へ向かい、ホテルにチェックイン後、街を散策した。街並みがどこかヨーロッパの古都のようで、行き交う人は、古着を自由に組み合わせたおしゃれな人が多かった。

着替えも荷物もないわたしは、着てきた餃子スウェットで闊歩するしかない。日本ではお気に入りだけど、洒落たジョージアでは浮いている。わたしは古着屋でアウターを一着購入した。
 
のちにウズベキスタンの電車に乗ったら、シートと寸分違わず同じ色で、ほぼカメレオンみたいになるわけだけど、この時のわたしはまだ知らない。
 
気を取り直して、早速この旅の目的地である温泉街「アバノトゥバニ」へ向かった。
 
旧市街の坂をくだっていくと、硫黄と焼き栗のような香ばしい匂いが漂う場所にたどり着いた。

煉瓦造りの建物に、巨大なモグラ叩きのようなぽこぽこと丸いドームがくっついている。近づくと、温泉特有のぬるい、もたっとした空気が肌をなでた。このモグラの下に「アバノ」がある。
 
血糖値スパイクみたいに、胸の鼓動が一気に高鳴った。
 
水着は持っていないけど、貸切で入れると聞いていたので裸でも行けるとみて、まずはお目当てのアバノに行くことにした。
 
受付は地下にあった。今から入れるか聞いてみると、今日は予約でいっぱいだった。そっか、予約しなくちゃいけないんだ。すぐさま、明日の予約を取る。
 
気を取り直して、別のアバノへ行った。

イケてるお姉さん2人が受付で忙しそうに電話をかけたり出たりを繰り返しているモダンなアバノ。
「15分前です」と言っているのが聞こえて、なんだかカラオケみたいだなぁと思った。
 
今から入れるか聞くと、「一部屋だけ空いてるよ」と言った。
風呂じゃなくて部屋と言ったし、No.12まで風呂の扉が廊下に並び、やっぱりカラオケ?と思わずにはいられなかった。

扉を開けると、そこには硫黄の温泉とサウナと水風呂がセットになった夢のような空間があった。
これがアバノ。また新たな文化に触れられたことが嬉しかった。
 
翌日、スーツケースが無事に届いた。すぐさま餃子スウェットを脱ぎ捨てて、水着を持って昨日予約したアバノへむかった。
 
受付には誰もいなかった。
予約していた部屋の扉が開いていたので、声をかけると、「掃除してるから、ちょっと待ってて」と受付のおばちゃんが顔を出した。

15分後、タオルを巻いておばちゃんが出てきた。ほっぺがほんのり赤くて、掃除じゃなくて風呂上がりのそれだった。「もう少し入っててよかったのに」と言うと、「毎日入れるから、これで十分」と微笑んだ。
 
案内された部屋はVIPルームで、昨日よりもずっと広い。温泉・サウナ・水風呂が横に並び、壁には歴史を感じる細かく鮮やかなタイルがびっしり敷き詰められていた。ソビエト時代のモザイク装飾というらしく、これがすごく素敵だった。

天井を見上げると、ドーム状になっている。昨日地上から見た「モグラたたき」の中にまさに今、自分がいることに気がついて嬉しくなった。
 
おばちゃんが、湯船の背後にあるタイルで描かれた女性を指さして「あなたにそっくり」と笑った。確かに似てる。わたしって、世界共通で風呂顔なの?

水着に着替えるからあとで写真を撮って欲しいとお願いした。ひとりだとこういう瞬間を残す手段が限られる。でも、旅先で誰かに頼めるのもまた、ひとりの醍醐味だと思っている。
 
おばちゃんは、わたしがとろとろになったいい頃合いにやってきて、タイルの女性と同じ顔をするように指示し、あーでもないこーでもないと、さまざまな角度で撮影してくれた。
貸切だから誰かとの交流がなく淡々と入っていた浴室に血が通い、一気に心が熱くなったのが分かった。
 
結局、トルコに行けなかったことも、荷物が届かなかったことも、それがなければ出会えなかった人がいて、景色があって、気づけば全部、ちゃんとよかったことになっていた。
 
なるようになることを、いつも旅から教えてもらう。
だからわたしはこれからも、出会えるものを、出会えるときに、しっかり出会っていこうと思う。
 
やっぱり今回も、サンキュートルコ。
でもわたしは、トルコも諦めちゃいないんだ。

ジョージアでは知る由もなかったウズベキスタンの電車にて。

Profile

俳優/タレント

清水みさと(しみず・みさと)

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

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Yayoi Arimoto

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