ネパールのランタン谷を旅し、写真と文章で綴った旅本『MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY』(講談社発行)を上梓した、俳優・仲野太賀さん、写真家・阿部裕介さん、TVディレクター・上出遼平さん。その3人にインタビューをしました。
軽快な3人のトークがおもしろすぎて、思いのほか長くなってしまったので、前編・後編にわけてお届けします。
前編では、なぜ3人で旅をすることになったのか、起点となるニューヨークの話にはじまり、目的地のランタン谷までの珍道中(?)を、訊きました。
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本書の冒頭の「熱に侵された3日間のニューヨーク」のエピソードでは、3人がMIDNIGHT PIZZA CLUBの原点を授かった話が書かれています。今回のランタン谷の旅物語も、太賀さんが上出さんと阿部さんの滞在しているニューヨークにやって来た旅が出発点になっていますね。
忙しいとか、お金がないとか、予定が入るかもしれないとか、旅に行かない/行けない理由って、みんないろいろと言うんですね。そこにまず一歩を踏み出せない人が多い印象です。そうしたなか、大変にお忙しいであろう太賀さんがニューヨークへ行った、その決め手はなんだったのでしょうか。
仲野
決め手でいうと、もう完全にこの2人というか、人ですね。僕は以前のアラスカの旅で上出さんと意気投合したのですが、その前から阿部ちゃんともずっとお友だちでした。僕の初めての海外一人旅はインドなんですけど、その背中を押してくれたのが、阿部ちゃんでした。そういう意味で、僕の旅の大切な存在として阿部ちゃんがいます。で、そんな阿部ちゃんと上出さんがもともと友だちだった。多分それぞれの視点でドラマがあるんですけど、そんなトライアングルがあるんだな、って。
そして、その2人が、ニューヨークに行くと。上出さんからしたら、ニューヨークに帰るというときに誘ってくれて(※上出さんはふだんNY在住)、これはなんか楽しいことが起こる予感しかしないと。どう考えても、行くには日数が足りないような期間だったんですけど、なんとか仕事をこうぎゅっと寄せて、たとえ弾丸でもこれは行かないと損するかもしれないと思ったんです。
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でも2人は、太賀さんがニューヨークに来るとは信じていなかった。
阿部
はい、信じてなかったです。そういう信頼を太賀がしてくれていたのはうれしいんですけど、僕と上出さんは、ジョン・F・ケネディ空港から家に帰るまで、タクシーの中で永遠と疑ってるんですよ。いや、流石に来ないよな? って。というのは、僕たちの飛行機が着陸したら、太賀から匂わせのラインみたいなのがきてて。背景にアメリカっぽい道路標識が入った自撮りの写真とか。そのときのニヤニヤしていた太賀の顔を見てみたいですね。
仲野
お誘いいただいた際に、実は断っていたんです。「行きたかったですが、ごめんなさい!」って。でも、お断りをしたときにはもうチケットを取ってました。ドッキリをしたくて(笑)。
上出
この3人は、3人とも異常にフットワークが軽いんですよ。この異常なフットワークの軽さって一つのコミュニティに1人いるかいないかみたいなレベルだと思うんですけど、それが3人合わさったっていう奇跡がまずあります。
そして、このMPC(MIDNIGHT PIZZA CLUBの略)の役割もうまい具合に分かれている。いわゆる被写体と、写真家と、文章を書いたり、音撮ったり映像撮ったりっていう人間っていう、職能的なもの。それから、阿部ちゃんは種を蒔くんですよ。あれいいよねとか、これ行きたいよねとか。で、太賀くんは、実現させたい。とにかく何かを実行したい人だから、ドライブさせるんですよ。僕はもう、受け入れる。大人だから。僕から、これを絶対やりたいんだとかっていうのはあんまりないんですけど、こういうのしたいんだよねって言われたときに、それをかたちにするためのことをやってみたりとか。いろんな意味で役割が奇跡的にバランスをとれて、だから、発案から実行までのスピード感が異常なんですよね。
仲野
確かに。
上出
そう、そもそも僕と太賀くんのアラスカも、アラスカ行かない?って初めて会った日の1カ月後ぐらいにはもうアラスカに行っていた。で、このMPCもニューヨークに突然太賀くんが来た日から始まって、その2カ月後にはもうネパールを歩いていた。
仲野
まだ1年経ってないんですよ。
上出
すごいよね。無職なんじゃないかっていうぐらいの。
仲野
暇なのかってぐらい。
T
絶対に暇じゃないですよね。
上出
暇な可能性がある。
仲野
フットワークの軽さって、口ではどうにも説明できないじゃないですか。でも、ニューヨークに3人揃っちゃった時点で、それが完全に証明されてしまった。フットワークが軽い3人だということが。
上出
うん、確かに。
仲野
どこでも行けるかもしれないって、それこそ勢いづいて。そして、そんなタイミングで阿部ちゃんが「世界一美しい谷があるよ」って。
T
阿部さんは十数年ネパールに通われていて、ランタン谷へは今回で4回目だったんですよね。2人と一緒に行きたい、と。
阿部
もちろん楽しいだろうな、というのはあります。でも、そもそも体力がある前提ですね。やっぱり誘いたくても誘えない人はいっぱいいるんですよ。2人はヒマラヤでのトレッキングは初めてだったけれど、自分より体力もありそうだし、行けるだろうって。人を山とかに誘うとき、ちょっと考えるじゃないですか。
仲野
体力的に大丈夫かな、とかね。
阿部
そう。そこを超えていくって、やっぱり珍しいんですよ。
T
お2人のネパールの印象は? どんな期待をもって行かれたんでしょうか。
仲野
ネパールはインドのお隣の国だけど、雰囲気はインドとはまた全然違っていて、とにかく人に優しい国。だから、いわゆるインド的心配事はそこまでしなくていい、といった話を阿部ちゃんから聞いていました。で、そのあと、今回の目的地となるランタン谷では地震があって(※2015年4月のネパール大地震で、マグニチュード 7.8 の地震がランタン谷を直撃、大規模な氷河崩壊や地滑りなどにより村の半分が壊滅、250名以上の死者行方不明者を出した)、という話を知ったのですが、その変容の様がなかなか想像ができなかった。どんな景色が広がっているんだろうと。だから前情報はそれぐらいにとどめて、 ネットで調べることもほぼせずに行きました。
阿部
受け入れ能力がすごい。
上出
どっちかっていうと、僕はテントと食料とを全部背負って、山の標高の高いところより、標高の低い自然が豊かな場所、ウィルダネス的なところを歩くのが好きなんです。そもそも。だからヒマラヤ系のところに関心をもってもなかったんです。実際に行ってみると、僕がふだんやってるような山歩きとはだいぶ様子は違っていた。毎日毎日ゲストハウスに泊まりながらの山歩き。だから、そこの女将さんやご主人と喋ったり、宿によって料理が変わったりするんですけども、そんなのもすごい楽しくて。なんだか新しい山歩きを初めてできたなっていう感じでしたね。
T
いくら仲が良くても3人で旅をする、と聞くとちょっとした問題なんかも起きそうな気がします。先ほど仕事の役割や性格的な部分もわかれていて、トライアングルのバランスが奇跡的にとれていたといった話が出てきましたが、旅をするにあたって決めていたルールのようなものはあるんですか?
仲野
阿部ちゃんの言うことは絶対。
阿部
すみません。
T
リーダーとしてですか?
上出
一応それぞれに肩書きはついてるんですよね、メンバーに。太賀くんなんだっけ。
仲野
俺がリーダーですかね!? いや違う、俺、エースですね、多分。
上出
エースだ。で、俺がリーダーかな。阿部ちゃんがキャプテン?
T
全員が大役ですね。
阿部
ルールはないですけど、今回のネパールに関しては自分が案内役だったので、財布を管理していたんですよ。それで、今までランタン谷を何度か登ってきていたので、大体こっからここまで5万円ぐらいだろう、3人だったらこれぐらいかな、って考えてたんです。ところが1日目からすごいビール飲むんですよ!
仲野
3人で缶1本です。
阿部
でも、1泊500ルピーくらいで、ビール1本500ルピーするんですよ。それを新たな風として感じました。
T
キャプテンが見誤った計画でしたね。
阿部
3日目ぐらいから、現金ないな、これやばいなって。でもそれもなんだか新しかったですね。太賀はやっぱり楽しいことをしないで我慢して山登るなんて考えられない!みたいな感じだったので、それを受け入れました。
仲野
そのときからそういう性格になったかも。俺、我慢しなくなっちゃった。いや、というか、本当にお金ってなかったんだっけ?
阿部
本当になかった(真顔)。そのまま行くと、最後のランタンとキャンジンゴンパには泊まれないって。でも、最終的にヘリで下山だったので、カトマンズの人にヘリでお金持ってきてもらえば、なんとかなるかも? と。そしたらキャンジンゴンパの村にATMができていて、もうバンバンお金おろしました
T
ビールもバンバン。では、3人で仲違いするようなことはあまりなかったんですね。
仲野
宿の部屋決めくらいじゃないですか。
上出
全員すぐ折れるっていう特徴を備えてるんで、ほぼないんですけど、阿部ちゃんが基本的にはどうしても1人で寝たいタイプの人なので、それは毎晩物議を醸しました。
阿部
プラスもう1部屋借りないと、っていう話になってくるわけです。でも、本当に2人で寝れないんだよね。だけどさ、それはやっぱり、太賀がどこでも寝られるっていう性格もあるじゃん。
上出
いや、結局ね、いちばんタフなのは太賀くんなんですよ。すごくポテンシャルが高い。
阿部
そう、絶対に回復するしね。
T
ちょっとした諍いはありながらも3人で1週間ほど旅をして、阿部さんは「今まででいちばん楽しいランタン谷」と言われてましたね。1人では見られない景色とか、今までにない体験をされたということでしょうか。
阿部
なんか頼れました、頼った。今までは山歩きって、我慢することだと思ってたんですよ。疲れるし、1人で孤独だけど、なんとかやりきるみたいな。だけど今回は違っていて、本当に心の底から楽しいって思ってました。
T
お2人はいかがでしょうか。
仲野
楽しかったですね。
上出
楽しかったですし、やっぱり完全に楽しんでる人が隣にいるとめっちゃ楽しいんです。
T
隣で楽しいって言ってる人がいたら、こっちも笑顔になりますもんね。
ところで、今回の作品集には太賀さんが撮影された写真も掲載されていますね。ネパールの旅で、どんなものに惹かれたのか、また、ふだん撮らないようなものを撮ってたな、という自覚などはありますか?
仲野
撮影にはフィルムカメラを使うんですけど、フィルム代がとにかく高いんです。だから撮れるものが限られていくというか、ものすごい速度で、これは撮る/撮らない、という取捨選択をしている感覚でした。だから、結果として、撮ったものが自分の興味があったもので、撮らなかったものがそうではなかった、ということになると思います。
阿部
僕は太賀の写真を見て感動しました。写真家の人の多くは、TRANSITでいうといろんな場所を旅して、ある意味これを撮ったら絵になるとかそういったことがわかっていて、ものすごく訓練をされている人たちじゃないですか。でも太賀はまったくそこじゃないところにいくんですよ。たとえば、ネパールに何度も訪れている自分が撮らなくなったものとかも、すって撮れるんですよ。これはどうせ載らないから撮らないとか、そういうこともない。それはとても新鮮でしたね。
T
上出さんはふだん映像制作をメインのお仕事とされているなかで、今回の本では執筆を担当されましたね。文章と写真では旅の魅力を伝えきれないんじゃないかみたいな、もどかしさとか不安のようなものはなかったですか?
上出
あんまりないです。映像は映像で起こったことを伝えきれるものではないですから。むしろ文章のほうが映らないところまで伝えられますしね。音に関してはそういう意味では情報量が限られる部分はありますけど。でも、そうだ、今回オーディブルも作っているんですけど、リスナーにとっては、想像の余地の広がる楽しい経験になるんじゃないかなと思ってます。そして、映像をつくらないことに対するネガティブな感情よりも、重いカメラを持たずに山に入れるという喜びがはるかに大きかったですね。
T
オーディブル、気になります。どういった内容なんですか?
上出
もうとにかく旅のすべてを録ってるんですよ。全工程、おはようからお休みまで全部。その1日10時間か12時間の素材を、1時間に今まとめています。なので、DAY1、DAY2、DAY3といったように、エピソードを作っていく感じになりますね。本で書いてる内容もあるし、本では触れてない部分もオーディブルのほうにはあったり。ざっくり言うと、旅を耳で追体験できるようなかたちになるといいなと思っています。
T
つまり、本の内容とリンクはしてるけれども、本の内容を読み上げているわけではない、と。もちろんセリフでもない。
仲野
結果として今仕事になってますけど、自分が俳優だということは一切気にせずに喋りつづけているので、めちゃめちゃ生の声だと思いますね。むしろ今、ちょっと慄いてます。どんな仕上がりになるのか、よからぬこと絶対喋ってるんで(笑)。
T
上出さんのフィルターがかかって、「ここを切り取ってるのか」みたいなこともあるかもしれない。
上出
そう、僕は編集権を手放さないということをモットーにしてるんで。自分は恥をかかずに他者にかかせるということで。
阿部
もうひどい話ですよ。
T
でもそれをおもしろいと思っているわけですもんね。
仲野
絶大な信頼を置いてます。
『Midnight Pizza Club 1st BLAZE Langtang Valley』
著者名:仲野太賀、上出遼平、阿部裕介
発行:講談社
価格:2,750円(税込)
Audible『MIDNIGHT PIZZA CLUB』
旅を音声でも楽しめるAudible ポッドキャスト『MIDNIGHT PIZZA CLUB』も配信中