ネパールのランタン谷を旅し、写真と文章で綴った『MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY』(講談社発行)を上梓した、俳優の仲野太賀さん、写真家・阿部裕介さん、TVディレクター・上出遼平さん。
後編では、実際にネパールを旅していたときの旅のハプニングやハイライトはどんなものだったのか。また、今後の旅計画はーー?
3人にインタビューした、後編をお届けします。
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T
本のなかで、今回のランタン谷への旅では目的を決めていなかったという記述がありました。ゴールを決めずに山を歩いたなかで、結果的にあそこがハイライトだったな、といった出来事や景色があれば教えてください。
上出
何個かありますよね、ハイライト。
仲野
何個かありますね。俺、言っていいっすか。
上出
どうぞ。
仲野
じゃあ俺はあれ言いますね。
ランタン谷に到着して、お散歩しようとなったときのことです。夕暮れ時でした。外に出ると、ホテルからちょっと歩いたところに丘があって、その丘の先に建物が見えたんです。そこに行こうとしたんですけど、その道が丘に対してまっすぐではなくて、 間にある野原を迂回して丘に登っていくような、舗装された道だったんですね。上出さん、俺、阿部ちゃんという順で歩いてたんですけど、上出さんはその迂回する道を歩いて行った。俺は最短距離でその丘の先に行きたかったから道から外れて直進して、舗装されてない野原を歩いてたんです。
そうしたら、一見野原だけれど、この先は水たまりになっているだろうなと思う箇所があって、その手前で、あっと思って踏みとどまったんです。それで、水たまりが終わる地点にジャンプしたらそれを越えられるのかなぁとか、あれこれ探っていたら、後ろから、ダダダダダっって走ってくる音が聞こえたんです。ぱっと横を向くと、 阿部ちゃんがその沼を飛び越えようとして、ドンッて飛んだんですよ。沼とちょうど平行になってる姿が見えて、阿部ちゃん飛んでる!と思った瞬間、そのまま吸い込まれていったんですよ。水たまりの先の地面に見えていた場所が、実は沼になっていて。着地したつもりの阿部ちゃんが沈んでいった。ライカだけ頭上にあげて持ったまま。阿部ちゃんは、おーーーーーー、冷てえぇ、みたいになって。
阿部
超寒かった。
仲野
そこは標高が4,000m近くで、おそらく氷点下だったんですね。 それで、沼かと思ってよくよく見てみたら、そこは肥溜めで。世界一美しい谷ってこういうことを言うんだな、って。こんなに美しい光景ないですよ。夕焼けにちょっと照らされながら、頭から突っ込んでいって。クソまみれの阿部ちゃんが目バッキバキで、うわー冷てえって言ってる姿は、この世で一番おもしろかった景色かもしれない。
阿部
めちゃくちゃ綺麗なトワイライトだったね。でも、うんこだったから、水と違ってはけなくって、体中にへばりついててマジで寒かった。
T
阿部さんの愛おしい姿、情景が目に浮かんできます。太賀さんがランタン谷に行ったハイライトがそれだと。
仲野
はい、友人がクソまみれになった(笑)。
T
一生忘れられないですね。では、上出さんはいかがでしょうか。
上出
今ずっと考えてたんですけど、ちょっとわかんなくなっちゃいましたね。いやーいっぱいあるんですよ、ハイライトが。何がいいかな。
仲野
おじいちゃんとか。
上出
じいちゃんの話もあるし、あとはあれもあるんですよね。
おもしろいっていうか、笑ったなぁっていうのは、山に入って、2日目か3日目のこと。割とみんな満身創痍になり始めたときに、坂の上の方に休憩してる一群がいたんです。よく見るとネパール人の女の子4人と男の子1人のグループで、向こうもこっちに気づいて、ハリアップ、ハリアップ、カモンみたいなことを言ってきて。で、俺も太賀くんも結構疲れてたんですけど、その前からゼーハーゼーハー言ってた阿部ちゃんが、そう言われた瞬間に、地面を揺らすほどの駆け上がり方で走ってったんです。ナマステーって。
それで、僕らより遥か先に行って、ネパール語を交えてなんか喋ってるんです。阿部ちゃんって可愛い子好きだよねぇ、なんて言いながら太賀くんと上がっていくと、そこにいた女の子たちが、もじもじし始めた。なんだなんだ、どうしたなんて言ってたら、彼女たちがベリーハンサムとか言い出して。で、一緒に写真撮ってほしい、と。何かと思ったら、もう太賀くんに惚れちゃってるわけです。
それで、セルフィー撮ろうと言われて、女の子が太賀くんとツーショットを撮ろうとしたとき、本当にこれは不思議なんですけど、阿部ちゃん、そこに入ろうとした。誰のために入ろうとしたんですかね。
そんなようなことがあって、太賀くん、なんかモテるんですよね。オーディブル用に収録した音源を聞いてても、その後にもどこかで太賀くんがハンサムだって言われてることがありましたね。そこは切ったんですけどね。
仲野
切るなよ〜。
上出
そういう愉快なことはたくさんあったし、 あとちょっとこれは地味な話ですけど、ランタン村って、2015年の大地震で大きな雪崩が起こって、村ごとなくなっちゃったんですね。だから今あるランタン村は、全部再建された村なんですけど、その地震で一軒だけ被害を免れた家があるんです。崖の巨大な岩のひさしみたいになっている下に立っている、村の政治家のちょっと豪邸みたいなところ。その存在を教えてもらって見に行ったときに、自分が物語の中に入っちゃったような感覚になったんです。
なんというか、ランタン村自体も、谷の中に突如現れた塀で囲まれたような村なんですよ。その有り様も現実離れしてるのに、それに加えて大地震のなかで一軒だけ生き長らえた家が存在していたり、ポツポツと点在するヤクが風に毛を揺すられていたりとか、そういった光景が不思議というか、こんな世界が同じ地球上にあるんだなぁといった物語性みたいなものを感じたのは、ちょっと静かなハイライトでした。
仲野
最高でした。
阿部
自分はその村が地震で崩壊したときから、その変化を見てきたんです。まず電波が入ってきたり、再建に向けて綺麗になっていったり、どんどん変わってくるじゃないですか。それを今回一緒に体験できたっていうのはすごく感動しました。
T
TRANSITネパール特集号では阿部さんの写真が表紙になっていて、その中で阿部さんが訪ねたニムディ村の話もそうですが、ネパールを定点観測されている阿部さんならではの体験ですね。今回の旅で、阿部さんにとって思い出深いエピソードは他にありますか?
阿部
ちょっと真面目な話になってしまうんですけど、自分はパン屋さんがすごく素敵で印象に残っています。旅の目的はないって書いたんですけど、一応僕ら、ランタン谷の奥にある、世界一海抜の高いパン屋さんでも目指してみようか、とは話してたんです。でもそのお店がもうやってないみたいなことを途中で聞いてしまって、残念だなぁなんて思いながら歩いていたら、ある村で一軒のベーカリーを見つけたんです。それで、中に入るとお店を営む女性が出てきて、注文をしようとしたときに、彼女の耳が聞こえないことがわかった。
仲野
そう、耳が聞こえないから、欲しいものを書いて、とノートを手渡されて。
阿部
ゲストノートですね。ジャパニーズ何人とか書くノートに、チャイ、パンとか書いてくれと。書いて渡してくれたら作るよ、そう言ってくれたんです。それで、そのノートを開いたら、「ハッピーバースデー」とか「すごくいいパン屋だったよ」とかメニュー名だけじゃなくてメッセージが書かれていたんです。すごく感動しました。
仲野
ちょっと補足をすると、そのベーカリーは、そのときにパンを販売してなかったんですね。開店休業中のような感じで、食べられるものが限られていて。そこで我々が食べたいなと思って、「アップルモモ」と書いたんです。アップルモモというのは、ネパールの郷土料理のモモにリンゴを詰めて焼いたものなんですけど、前日に食べて気に入ったので、ダメもとで。そうしたら、作れるよと頷いてくれて。実際に彼女が作ったアップルモモ、ものすごくおいしかった。
阿部
すっごーくおいしかった。そして、写真が原点に戻れた感じがしました。もうわくわくしちゃって。本当に、めちゃくちゃ撮ってましたもん。最近はそういう経験が少なくなってきて、この場所と時間だったら光がくるから、こうやってパシャって撮ろうとか、そういうふうに抑えてしまうんですけど、夢中になって撮ったのを覚えています。
T
語りきれないほどのエピソードがあるかと思いますが、つづきは本で、あるいはオーディブルで、といったところでしょうか。さて次は、MPCでの活動の話を聞かせてください。本のタイトルに“1st BLAZE“と入っていたので、3人の旅の“2nd“もあるんじゃないかと期待してしまう人がいると思います。
阿部
なるほど。こうやって思う人がいるんですね。
T
はい。次の目的地というか、セカンドで計画していることがあれば、差し支えなければ教えてください。
仲野
アメリカにある、アメリカ最古のロングトレイル、その名も「THE LONG TRAIL」(アパラチアントレイルと一部重複するトレイル)を旅してきました。済みです。
T
済み!?
仲野
はい、済みです。計7日間かな、山の中に入りました。ランタン谷よりさらに過酷で。というか、ランタン谷は実はそれほど過酷ではなかったので、今回のロングトレイルは非常にシビアな状況になりまして、そうなったときの我々の珍道中ぶりは楽しんでいただけるんじゃないかなと。
T
なんと、セカンドの旅も終えているのですね。楽しみです。最後にもう一つ、質問をさせてください。3人にとって旅ってなんですか? 旅に求めているもの、旅が与えてくれるもの、旅とはどんな存在なんでしょうか。
阿部
想定外を楽しめる感じ、かな。
T
旅とはハプニングである、と。
仲野
何があるかなぁ。うーん。
T
答えづらい質問ですよね。
仲野
あなたにとって、旅とはーー。
阿部
ちょっと言い直していいですか、2人が考えてる間に。
T
もちろんです。
阿部
真面目に一つだけ言うと、今まで1人で旅してたときって、ロケハンみたいなイメージだったんですよ。いいところにいつか友だちを連れていきたい、それが旅をしていた理由なんです。で、今回はそれが叶ったので、すごく楽しかったし、うれしかった。
仲野
本番だったんだ。
阿部
そう。だからそれをずっと考えて旅してた。
(しばらく沈黙)
T
なんかすみません……。では、あなたはなぜ旅をするんですか?
仲野
胸が踊るからです!
T
いいですね。
阿部
その通りだもんね。いちばん踊ってたもん、太賀。
仲野
うん。
T
上出さんはいかがでしょう。
上出
旅とは、気持ちのいい苦痛である。
仲野&阿部
上出さんっぽい!
T
はい、いただきました。そして、とても楽しいインタビューをありがとうございました!セカンド以降の旅の話も心待ちにしています。ぜひまた聞かせてくださいね。
『Midnight Pizza Club 1st BLAZE Langtang Valley』
著者名:仲野太賀、上出遼平、阿部裕介
発行:講談社
価格:2,750円(税込)
Audible『MIDNIGHT PIZZA CLUB』