連載:星のやとめぐる日本
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連載:星のやとめぐる日本
TRAVEL & EAT & THINK EARTH
2024.11.25
10 min read
日本には数多くの観光地が存在する。そういった場所は、ともすれば紋切り型にめぐりがちだ。「星のや」というフィルターを通して、観光地の知られざる一面を探る。
今回は日本初のグランピングリゾート〈星のや富士〉で 、 富士山麓の自然をまるごと体感する旅へ。
Photo : Omori Katsumi
Text:Takashi Sakurai
忙しく動き回る旅だけが非日常ではない。日々、ノイズに囲まれて生きている都会人にとっては、ときに何もしない時間はなにより贅沢であり、非日常なのだ。それを自然なかたちで体感させてくれるのが〈星のや富士〉だ。レセプションで専用のSUV車に乗り込む。つづら折りの坂を登って、 フロントに到着した瞬間から、非日常が始まる。
この〈星のや富士〉は2015年にオープンした日本初のグランピングリゾートだ。グランピングとは、グラマラスなキャンプ。高級リゾートの快適さと、自然への没入感を両立させた滞在体験。日常的にキャンプ、というか野営をする身としてはちょっと侮っていたところも正直あった。
滞在は雨の森歩きから。生憎の雨、とは感じない。大きく深呼吸する。湿度がある分、森の香りが強い。日本で針葉樹林の森といえば、スギやヒノキが多いなか、ここはアカマツの森というのも新鮮だ。スーッと鼻を抜ける爽やかな香りが、自然への没入感を高めていくのを感じる。
森を抜けると、クラウドテラスへと辿り着く。うまく森に隠れるようにウッドデッキがつくられている。広さは十分に確保してあるので、密集することはなく、プライベートを守れる距離感がある。要所にタープが設置されているから、雨に濡れることもない。ちょっと引いたところから眺めると、稜線にわくモヤのような雰囲気があって、「クラウドテラス」というネーミングにも納得できる。
ここは寛ぐスペースとしてはもちろん、燻製体験や薪割り、富士山溶岩でできた石窯を使うピザづくりなどさまざまな体験ができる場所でもある。
クラウドテラスで雨の森を楽しんだ後、部屋へと移動する。まるで鳥の巣箱のような外観を裏切らず、室内は色味を抑えたシンプルな仕立てだ。正面には大きな窓があり、河口湖が一望できる。まるで自然を切り取った額縁のようで、室内に居ながら外との連続性を常に感じることができる。
その窓の外が特等席なのだ。常設されているソファにゴロンと横になって目を瞑る。雨音が耳に心地よい。そのままウトウトと眠りの世界へ。到着した瞬間から、ずっと自然体のままだ。
夕食は、体験型の「ジビエディナー」だ。タープの下で、富士山麓周辺で獲れたジビエを味わうのだが、自らの手で調理の一部を担当する体験型というのがおもしろい。ダッチオーブンというキャンプ用の鉄鍋を使って、鹿肉の背ロースを焼く。 予想と違ってまったく臭みがなく、適度な歯ごたえに感心しながら、ジビエ料理になる以前のシカのことを思う。
実は富士山麓は、シカやイノシシが増えすぎてしまい、農林業に被害を与える獣害が発生している場所でもある。人間の営みだけでなく、増えすぎたシカやイノシシは、生態系をも乱してしまう。これらを人間の理屈だけで悪者にしてしまうのは 簡単だが、そもそも人間が日常的に獣肉を食べなくなったことにも原因はある。このエリアでは、計画的にそうしたシカやイノシシを狩猟しているが、ジビエとして提供されるのはそのうちわずか約1割に留まるという。こうした背景もあって、〈星のや富士〉では、オープン当時からジビエを提供しているし、秋から冬の狩猟期に合わせて、自然との共生や、命を無駄なくいただくということを体感するための「狩猟体験ツアー」もおこなっている。
こうしたことは頭で理解するよりも、身体で体感したほうが違和感なく身に入ってくるものだ。だから、おいしい、というシンプルなことが、なによりの普及の後押しになる。ほかにも、地のものを使った「山麓の燻製づくり」や、森周辺の草木を使ったアロマスプレーを作る「薫る森の蒸留」など、自然の恵みを体感できるアクティビティもたくさん用意されている。自然をまるごといただきます、という感覚を味わえる。
食事の後は、再び雨の森を抜けて、クラウドテラスへ。焚き火スペースの前に座り、じっと炎を眺める。火を前にすると人は不思議と静かになる。聞こえるのはシトシトという雨音と、ときおり爆ぜる薪がたてる小さな破裂音。火の揺らぎ、固体から気体へと変化していく不思議さ。忙しい日常ではなかなか思いを馳せない、そういったことに意識が向いていくのを感じる。
都会のノイズから解放され、自分自身がチューニングされていく。自然を体験するということは、必ずしも深い山に入っていく必要はないのかもしれない。アウトドアにおいては不便を楽しむ、などとよくいわれるし、自分もそう思っていた。でもこの〈星のや富士〉に滞在することで、ある程度の快適さがあったほうが、自然についてより深く考える余裕が生まれるのかもしれないと感じた。快適さは担保されつつも、自然の偉大さ、貴重さを忘れるような隔絶感もない。
この場所の心地よさはそのバランスのよさからきているのだ。自然をきちんと体感できつつも、不快な要素は上手に取り分けている。それこそ、野生の肉のおいしさを最大限に引き立たせる上質なジビエ料理のように。
翌朝は、テラスリビングで、眼下に河口湖を見下ろしながらの朝食を楽しんだあと、少しクルマを走らせ、富士の樹海へと向かう。〈星のや富士〉で提供されるシカやイノシシなどはこのあたりで獲られたものも多いという話を聞いていたからだ。
深い樹海は少し息苦しい。ここでは人は生きてはいけないと感じる。現代人が忘れてしまった自然の怖さを思い出させてくれる場所でもある。息を止めて目を瞑る。木々のざわめきのなかに、さまざまな生き物の気配を感じるのは、今回の滞在によって少しだけ五感が研ぎ澄まされたからだろうか。
すぐそばの樹上で鳥が鳴き交わし始めたから、そろそろ雨は止むはずだ。けっきょく人間が一番鈍臭い。生き物としての謙虚さを、人間はもう少し取り戻したほうがいいのかもしれない。そして謙虚さを取り戻すために、もっともいい方法。それはやはり自然のなかに滞在することなのだ。
星のや富士
2015年に、日本で初めてのグランピングリゾートとしてオープン。「丘陵のグランピング」をコンセプトに、大自然をさまざまな角度から満喫できるリゾート空間を生み出している。ただのんびりと過ごすだけでなく、体験型のジビエディナーなどを通じて、この土地の自然について学べる側面も持っている。アクティビティも豊富で、季節によって内容が変わるのも特徴。
秋のおすすめとしては、紅葉を迎えた富士五合目付近をトレッキングする「富士紅葉トレッキング(2泊3日)」や、猟師とともに森に入り、狩猟の見学・体験ができる 「狩猟体験ツアー(2泊3日)」などがある。
住所
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