連載:星のやとめぐる日本

A Journey to See the Light

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連載:星のやとめぐる日本

光を観る旅へ/星のや東京

TRAVEL & EAT & THINK EARTH

2024.10.30

10 min read

日本には数多くの観光地が存在する。そういった場 所は、ともすれば紋切り型にめぐりがちだ。「その瞬間を特等席へ」をコンセプトに非日常を提供する「星のや」というフィルターを通して、観光地の知られざる一面を探る。今回は、〈星のや東京〉を舞台に東京から江戸へ。世界線を跨ぐ旅へ。

Photo : Omori Katsumi

Text:Takashi Sakurai

もっとも新しい江戸へ。

 「観光って光を観るって書くんですよね」と写真家の大森克己さんが呟いたのが、この企画のきっかけだと編集の人が教えてくれた。
 
 まいった。さらりといいことを言う。この〈星のや東京〉にも観るべき光がたくさんある。江戸小紋をモチーフにした外壁が室内に落とす陰影。障子越しに注ぐ柔らかな太陽光。そしてもちろん都会の灯り。光を収めるならカメラが一番だ。光はお任せするとして、ならばこちらはそれ以外だ。

2階ロビーの奥、畳スペースで茶の湯を嗜む。朝日が注ぐ心地のいい場所。茶の湯アクティビティは1名9,680円。特注の茶碗と茶筅のお土産付き。

 入口としては匂いか。巨大な青森ヒバの扉を抜けると世界が変わる。それまでの大都会の雑多な空気がサッと退場し、白檀の優しい香りが出迎えてくれる。建材の匂いも後から追いかけてくる。下駄箱の栗の木と竹、畳のイグサ。日本で愛されている天然素材の香りだ。〈星のや東京〉の根底には江戸文化へのリスペクトがある。この大手町であえて日本旅館というスタイルをとったのがそもそもだし、香りもそのひとつだ。江戸といえば、仏教の伝来とともに入ってきた香りの文化が、庶民まで下りてきた時期。いわば香り全盛期である。
 
お堂をモチーフにしたというエントランスで、まずは靴を脱ぐ。室内履きはない。すぐさま裸足になって畳の滑らかな感触を思う存分満喫したいところだけれど、いまは真冬。まだ我慢。
 
 カンカンという軽やかな拍子木の音がエレベーターの到着を知らせる。いい配慮だ、と思う。エレベーターに乗るたびにピンやポンという電子音を聞かされてしまっては、瞬く間に現実へと引き 戻されてしまう。そういえば階数表示もエレベーターの外からは見えない。建物の遮音性も高いから、外のノイズもまったく届かない。時間や場所にとらわれない仕組みが随所にある。だから都心に居ながらにして、五感が澄んでいく感覚がある。
 
 部屋に入って即座に裸足になる。畳の滑らかな触感と、イグサのいい香り。着心地がよく、動きやすい素材を使用した簡単に着られるキモノに着替えたら、そこはもう我が家のような居心地のよさだ。部屋を見渡してみると、余計な家電類がいっさい目に入ってこないから、雑然とした空間に囲まれた日常からも軽やかに切り離されていく。

青森ヒバの扉を抜けて非日常へ。手前の敷石はあられこぼしという技法を使ったもの。

お堂をイメージしたエントランスの天井高は5.5m。導線は基本的に畳敷き。

 ひと休みしたら、古地図を片手に大手町周辺を歩く。〈星のや東京〉がある場所は徳川家に長く仕えた酒井家の上屋敷だったという。このあたりを熟知したガイドさんが、テンポよく隠れた歴史 的名所を案内してくれるのだが、こんなにあるのか、というのが率直な感想だ。
 
 いわゆる観光地めぐりではわからない、知ることでしか見えてこない、この土地の名所たち。距離としてはそんなに歩いているわけではないのに、東京の下に隠された江戸の存在が次々に浮き彫りになってくる。ひとつ深いレイヤーへと潜っていく感覚がある。

外に出れば大都会。静謐な室内とのギャップに驚きがある。

 知的満足を得た後は、物理的満腹感を味わいに地下にあるダイニングへと向かう。地層をイメージしたという左官仕上げの壁が見事だ。中央には巨大な御影石があり、現代版の石庭という趣きがある。メニュー考案は参勤交代にヒントを得たという。参勤交代によって江戸に集まってきたであろう日本各地の名産を独自の解釈で再構築している。さまざまな地方の郷土料理から着想を得たものも多いという。
 
 ただし、料理自体は日本の食材をフレンチの技法で調理した最新のものだ。味は当然ながら視覚、テクスチャーにも驚きがある。食べた人からは「これは本当にフレンチ?」という声もあがるという。スタッフの所作も目に心地よい。聞けば、茶道や剣道などの鍛錬を受けている方も多いそうだ。
 
 食後は半プライベートな空間、お茶の間ラウンジで寛ぐ。ちょっと銀座のバーまで、という話もでたけれど、なんだか外出する気にならないということで意見が一致する。居心地のよさがそうさせるのもあるし、一度外に出てしまうと、リセットされてしまいそうな、もったいなさがあるのだ。

地下1階のダイニングでは日本の風土を表現した「Nipponキュイジーヌ」を楽しめる(1名33,880円)。

 翌日は寒空の下で朝稽古から始まる。人がまだ動き出す前のピリッとした空気感のなか、姿勢と呼吸を意識しながら木刀を振るう。しかもここは地上160mの高みだ。遠くにはスカイツリーも見える。
 
 江戸を満喫していた身としては、いきなりの大都会東京の出現にちょっと戸惑いもあるが、特等席であるのは間違いない。稽古内容は北辰一刀流の師範が考案しているという。坂本竜馬も修めた流派。幕末好きにはそれだけで背筋が伸びる。

剣術の動きを取り入れた天空朝稽古。宿泊者は無料で参加することができる。

 稽古後は、冷えた体を地下1,500mから汲み上げた最上階の天然温泉で暖める。泉質は塩分が強い。そういえば、江戸の頃はすぐそこが海だった場所なのだ。内風呂とひと繫がりになった露天風呂へと進み、上を見上げると東京の青空。天上が吹き抜けになっていて、ガラスすらない。風も感じるし、雨が降ればそのまま顔に当たる。ただし、外は見えないつくりになっている。周囲をガラス張りにして、下界を見下ろすなんて下品なことはしない。隔絶と開放のバランス。大都会に露天風呂をつくろうとしたら、きっとこれがベストなかたちだ。
 
 朝食後のお茶がまた贅沢なのだ。茶の湯アクティビティでは、抹茶をいただけるのはもちろん、茶道に精通したスタッフの方の指導のもと、点て方などの所作も学べる。奥の障子を開くと、茶室とビル群のギャップ。ここはいったいどこなのだ、という思いを強くする。

地上160mの天空朝稽古の会場からの眺め。遮蔽物もなく、東京を一望できる特等席だ。

最上階17階にある天然温泉。内風呂とひとつづきの湯船でつながる露天風呂には、東京の空が広がっている。

格子からは東京の風と音と光を感じて。15:00 ~翌11:30まで利用可。

 ものすごく遠くへ来たような。宿に着いてからずっと感じていたことだったが、ここに来て腑に落ちた。そうか、江戸に来ていたのだ。とはいっても、江戸時代への時間旅行的なものとは違う。
 
 江戸時代がそのまま続いたとして、その先にあったかもしれない「if」の江戸文化がここにはあるのだ。徳川家康を筆頭に、江戸の巨人たちがいま、この〈星のや東京〉を見たらどう感じるのか。そんなことを想像する。伝統を受け継ぎつつ過去を驚かす、最新の江戸の姿。

障子に映り込んだ美しい影は、外壁を覆っている麻の葉くずしという江戸小紋が生み出している。

 ふたたびヒバの扉を抜けて江戸から東京へ、非日常から日常へと戻る。古地図歩きでめぐった道を辿って、そろそろ咲き始める皇居の梅を眺めにいく。〈星のや東京〉で1日を過ごした後だと、ごく自然にここを江戸城として認識している自分を、少し可笑しく感じながら東京の梅を愛でる。

〈星のや東京〉から皇居東御苑までは徒歩5分。全国の樹木が集められた広大な庭園が広がっているので、散策コースとして心地のよい場所。江戸城時代の番所なども見学できる。

Information

星のや東京

2016年に東京・大手町に開業した〈星のや東京〉のコンセプトは「塔の日本旅館」。14フロアある各客室階には、それぞれ半プライベートの共有スペースである「お茶の間ラウンジ」があり、各階それぞれが小さな日本旅館をイメージ。客室は定員3名の「菊」、定員2名の「百合(ダブル)」、「桜(ツイン)」の3タイプ。最上階には地下1,500mから湧き出る大手町温泉の湯を引いた内風呂と露天風呂があり、露天風呂からは東京の星空を眺めることもできる。

今回体験したほかにも、貸し切り船の遊覧や、人力車遊覧、今様香り合わせなど、江戸を体感できるさまざまなアクティビティも用意されている。

住所

東京都千代田区大手町1-9-1

電話

050-3134-8091

部屋数

84室

料金

1泊112,000円~(1 室あたり、税・サービス料込、食事別)

アクセス

東京駅丸の内北口出口 徒歩 10 分、 東京メトロ大手町駅A1、C2c出口徒歩2分

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Masumi Ishida

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