本で世界を旅しよう。
そのエリアに造詣の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載。
ロシアとトルコに囲まれた、南コーカサス地方の一国、ジョージア。自然が豊かで、旅好き、ワイン好きのネクスト・デスティネーションとしても注目される同国について理解を深めるための作品を、首都トビリシ在住の翻訳家、児島康宏さんに選んでいただきました。
Text:Yasuhiro Kojima
ショタ・ルスタヴェリ著、大谷深訳(絶版)
長い歴史をもつジョージア文学を語る上でどうしても外せないのが『豹皮の勇士』だ。中世ジョージア王国がもっとも栄えていた1200年ごろに書かれた長大な叙事詩で、作者は詩人ショタ・ルスタヴェリ。アラブの将軍アフタンディルが「豹皮の勇士」ことインドの王子タリエルのために、さらわれた王女ネスタン・ダレジャンを捜し、最後には力を合わせて救いだすという友情や愛を讃える物語だ。このなかの数多くの詩句が今もことわざのように用いられたりする。
幸いなことに日本語で読める。すでに絶版だが大谷深訳『豹皮の勇士』(DAI工房)と袋一平訳『虎皮の騎士』(理論社)があり、どちらもロシア語からの重訳。大谷訳は原文に忠実な「逐語訳」をうたっており、四行連を一段落とした散文で訳してあるのに対し、袋訳は一行ごとに詩として訳してある。より味わい深く読めるのはおそらく後者だが、原文と較べた場合の正確さでは前者に分がある。一読すればジョージアの理解が大いに深まるだろう。
ヴァジャ・プシャヴェラ著、児島康宏訳(冨山房インターナショナル)
とはいえ『豹皮の勇士』は800年以上前の作品なので、さすがに現代人の感覚では理解しづらい部分が多々ある。そこで、もう少し今の時代に近いジョージア文学として紹介したいのがこの『祈り―ヴァジャ・プシャヴェラ作品集』だ。
ヴァジャ・プシャヴェラ(1861〜1915年)はジョージア東北部の山岳地域に生まれ、辺境の村で作品を書きつづけた。ショタ・ルスタヴェリ以降もっとも偉大なジョージアの詩人・作家といっても誰からも異論は出ないだろう。作品集には代表作の叙事詩と散文の短篇が三篇ずつ収録されている。
ジョージアは日本以上に山がちな国で、5000mを超える大コーカサス山脈の山々がそびえる。叙事詩はそんな山々の合間に暮らしながら異民族との戦いに明けくれる誇り高い人びとの生きざまを描いており、ジョージアの山の民俗世界を垣間見ることができる。
はじめに紹介した『懺悔』のテンギズ・アブラゼ監督は、作品集に所収の叙事詩「アルダ・ケテラウリ」と「客と主人」を原作として映画『祈り』を製作した。また、同じく所収の短篇「仔鹿の物語」は哀れな幼い仔鹿が語る話で、画家ピロスマニも読んで涙を流したという。
ノダル・ドゥンバゼ著、児島康宏訳(未知谷)
まずためしにジョージア文学を一冊読んでみたいけれど、ヴァジャ・プシャヴェラ作品集もなかなかとっつきにくいという向きには、もっと気軽に読める作品として『僕とおばあさんとイリコとイラリオン』がおすすめできる(重ねて拙訳を紹介するのは気が引けるのですが、そもそもジョージアの文学作品の邦訳がきわめて限られているのでご容赦を)。
ジョージア西部の村に住む少年ズラブが、おばあさんや、口は悪いが心優しいおじさんたち(イリコとイラリオン)に温かく見守られながら成長していく物語で、著者ノダル・ドゥンバゼ(1928〜1984年)の半自伝的作品となっている。ジョージアの人びとの陽気さと愛情の深さを素朴なユーモアとともに味わっていただきたい。
ノダル・ドゥンバゼ作品の邦訳には、ロシア語から重訳された『太陽が見える』(喜田美樹訳、佑学社)と『母さん、心配しないで』(北畑静子訳、理論社)がある。拙訳『20世紀ジョージア短篇集』(未知谷)に収録した短篇「HELLADOS」「ハザルラ」もあわせてどうぞ。
児島康宏(こじま・やすひろ)
トビリシ在住。コーカサス言語の研究と、ジョージアの文学・映画の翻訳家。東京外国語大学非常勤講師。
トビリシ在住。コーカサス言語の研究と、ジョージアの文学・映画の翻訳家。東京外国語大学非常勤講師。
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