エストニアの森で見つけたものvol.1
日本にも通じる“モリの感覚”

エストニアの森で見つけたものvol.1
日本にも通じる“モリの感覚”

People: 坂本大三郎

TRAVEL

2024.12.15

4 min read

山伏でアーティストの坂本大三郎さんが、エストニアを訪れた。森と音楽の祭典「アイグ・オム(AIGU OM)」に招かれたのだ。向かった先は、ラトビアやロシアとほど近い、辺境の地、南東エストニアのヴォル。自然に関わる古い風習が残る地で、坂本さんが出会ったものとは。

Text:Anna Hashimoto

エストニアの森、日本の森

飛行機で首都タリンに到着。そこから大学の町タルトゥ、そして南東エストニアのヴォルへ。坂本大三郎さんのエストニア旅はどんどん南下していく旅だった。
 
南東エストニアに近づくにつれて起伏は大きくなり、曲がりくねった道が増えてくる。エストニアは平坦な地形だが、ヴォルにはエストニアの最大標高318mを誇る山「スールムナマギ(直訳:大きな卵の山)」がある。
 
ようやくヴォルに到着。森と音楽の祭典「アイグ・オム(AIGU OM)」の主催者で、坂本さんをエストニアに導いた人物でもある、国営のネイチャーセンターで働くターヴィさんと合流する。ターヴィさんは、自然観やアニミズムといった観点から「日本とエストニアの隠れたつながり」を知りたいという気持ちで、日本の山形を拠点に山伏とアーティスト活動をしている坂本さんを招いたのだ。
 
アイグ・オムは、エストニアを代表するシンガーソングライターのマリ・カルクンさんと夫のターヴィさんが中心となって運営しているフェス。期間中はヴォルのルーゲという村の全体が舞台となって、ライブ、森でのアクティビティ、自然やヴォルと関連したワークショップ、郷土食の出店などが、地元の人を巻き込みながら行われる。今年は「日本」がテーマになっており、日本人の音楽家や坂本さんを含む自然に関係する活動をしている人がゲストとして招かれた。
 
坂本さんはひょんなきっかけから山伏となり、ここ十数年は出羽三山を中心とした民俗文化を自分の足で歩いて採集し、アートや文章で表現したり、山の恵みからプロダクトを作ったりしながら、自然との関わりを形にしてきた。2022年には、ドイツで行われた芸術祭「ドクメンタ15」に招かれて、地面に掘った穴のなかに3日間籠り、出てきたときに山伏の芸能を披露。近年は、東アジアや東南アジアの山岳民族の村を訪れ、世界の山の民に関する知見を広げている。そんな坂本さんが、エストニアの森で、どんな秘密を見つけてくれるのだろうか。
 
ターヴィさんは、毎日のように坂本さんを森に連れ出した。トレイルや国立公園などエストニアの人たちが普段訪れる場所から、ターヴィさんの自宅近くのキノコやベリーが取れる森、そして自然とエストニア人の精神性が結びついた場所まで多岐にわたった。

樹齢600年以上と推定されるオーク(樫)の巨木「Mustahamba Oak」。

© Daizaburo Sakamoto

環状に生えるオークの枝や幹に、来訪者が紐などを巻いていくパワースポットのような場所。

© Daizaburo Sakamoto

行き先のひとつに「Ristipuu(直訳:十字の木)」と呼ばれる場所があった。松、白樺、トウヒなどの樹木の表面に十字を彫るという古い風習で、少なくとも17世紀ごろから存在すると考えられている。
 
この風習には主に2つの意味がある、とターヴィさん。ひとつは、家とお墓の間でふたつの世界を隔てるものであり、死者が家に帰ってこようとしたとき、十字があることで死者はそれ以上家に近づくことができない。つまり、防御の意味。お葬式で家からお墓まで死者を運ぶとき、その行列が通った道沿いに生えている木に彫られることが多い。そしてふたつめは、十字が刻まれた木に魂が宿るという考え方だ。ターヴィさんは後者の解釈が好きで、10年前に親戚が亡くなったとき、その近しい親族のひとりが十字を刻むところを見守った。この木を通り過ぎるたび、亡くなった親戚を思い、さらには祖先のことに思いを巡らすという。

妻の父親の十字を指差すターヴィさん。

© Anna Hashimoto

 
坂本さんは、拠点としている山形の出羽三山をはじめとして、日本や世界各地の民俗や自然信仰を調査してきた。ターヴィさんの言葉を聞いて、「それって日本の『森』と同じですね」と返す。
 
日本の古い信仰のなかでも、森は死者が集まる場所だと考えられてきた、と坂本さん。神様が宿る巨木が生えているところが「モリ・森・杜」と呼ばれ、そこは死者が埋葬される小高い丘でもある。日本中の聖地、たとえば「鎮守の森」や、鹿児島の薩摩地方に多く残る「モイドン(森殿)」、福井県おおい町の「ニソの杜」などには、「モリ・森・杜」という字が入っている。森は、信仰に結びついた言葉とも考えられる。
 
「僕が住んでいる山形の庄内地域では『モリ供養』という風習があります。“森山”という場所で行われ、お盆にそこで死者を供養するのですが、その場所には年に一回、その日しか入ってはいけない。普段そこに入ると、死や病気を招くとされています」
 
坂本さんが森にいる間、エストニア人の映像作家が坂本さんを密着取材していた。
十字の木の前に来たときに、「(坂本さんが)木に触っている様子を撮りたい」と頼んだのだけれど、坂本さんは断った。「日本では巨木や神聖な木に触ると、祟りがあるとされています。だから触らなかったのです」
 
エストニアの国土の半分は森に覆われている。地形が平坦だからか、日本の森に比べると見通しがよく、ほどよく光が差し込んでいる。日本の森は植物が密集していて入りにくいが、エストニアの森は奥まで入っていきやすい。「日本の森のように怖い感じがしない」と坂本さんは言う。

湿地帯のトレイルを夕暮れ時に歩いた。22時くらい。

© Daizaburo Sakamoto

「エストニアには、『すごくいい景色』がすぐそこにある。日本では、よほど探さなくては見つからないような景色が。夏のいい季節に訪れたこともあって、『最後にたどり着いた場所』というような、もし死が訪れたらこんな風景をその直前に見るんじゃないかって思うほど、穏やかで美しい風景でした」
 
南エストニアで出会った人が「本当に大切な静寂の場所を見つけたら、それは秘密にしておいたほうがいい」と坂本さんに言った。「本当にその通りだなって。誰かに教えて、そこに人がたくさん来てしまったら、静寂ではなくなってしまいますから」

Profile

坂本大三郎(さかもと・だいざぶろう)

千葉県生まれ。自然と人の関わりの中で生まれた芸術や芸能の発生、民間信仰、生活技術に関心を持ち東北を拠点に活動している。著書に『山伏と僕』(リトルモア・2012)、『山伏ノート』(技術評論社・2013)、『山の神々 』(エイアンドエフ・2019)等。芸術家として、山形ビエンナーレ(2014、2016)、瀬戸内国際芸術祭(2016)、札幌モエレ沼公園ガラスのピラミッドギャラリー『ホーリーマウンテンズ展』(2016)、石巻リボーンアート・フェス(2020、2021)、奥大和MINDTRAIL(2021)、documenta15(ドイツ、2022)、100 Tonson Foundation『PLANETARY SEED』(タイ、2024)等に参加。

千葉県生まれ。自然と人の関わりの中で生まれた芸術や芸能の発生、民間信仰、生活技術に関心を持ち東北を拠点に活動している。著書に『山伏と僕』(リトルモア・2012)、『山伏ノート』(技術評論社・2013)、『山の神々 』(エイアンドエフ・2019)等。芸術家として、山形ビエンナーレ(2014、2016)、瀬戸内国際芸術祭(2016)、札幌モエレ沼公園ガラスのピラミッドギャラリー『ホーリーマウンテンズ展』(2016)、石巻リボーンアート・フェス(2020、2021)、奥大和MINDTRAIL(2021)、documenta15(ドイツ、2022)、100 Tonson Foundation『PLANETARY SEED』(タイ、2024)等に参加。

Profile

編集者・ライター

橋本安奈(はしもと・あんな)

「Päike(パイッケ)編集室」主宰。エコ&ソーシャルマガジン『ソトコト』編集部、トラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部に在籍したのち、独立。2022年よりエストニアのタルトゥ大学(修士)にて民俗学やエスノロジーを学ぶ。

「Päike(パイッケ)編集室」主宰。エコ&ソーシャルマガジン『ソトコト』編集部、トラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部に在籍したのち、独立。2022年よりエストニアのタルトゥ大学(修士)にて民俗学やエスノロジーを学ぶ。

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Yayoi Arimoto

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