山伏でアーティストの坂本大三郎さんが、エストニアを訪れた。森と音楽の祭典「アイグ・オム(AIGU OM)」に招かれたのだ。向かった先は、ラトビアやロシアとほど近い、辺境の地、南東エストニアのヴォル。自然に関わる古い風習が残る地で、坂本さんが出会ったものとは。
Text:Anna Hashimoto
ヴォルには、煙突のない古式のサウナである「スモークサウナ」があり、いまも受け継がれている。ヴォル地方のスモークサウナの伝統は、2014年にユネスコ無形文化遺産に登録された。サウナといえばフィンランドのイメージがあるかもしれないが(フィンランドのサウナ文化は2020年に無形文化遺産に登録)、エストニアもれっきとしたサウナの国なのだ。
石が載った薪ストーブを炊き、石を温めることよって室温を上げ、入る前などに煙を外に排出する。準備には4〜6時間、場合によってはもっとかかる。エストニア人は、煙突のあるサウナや電気ストーブのサウナに比べて、スモークサウナは別格であるといい、その違いを「なめらか(スムース)な汗をかく」と表現する。坂本さんは洞窟式のサウナを自作していることもあって、スモークサウナに興味津々だった。
スモークサウナを準備し、その入り方を教えてくれたのはカイリ・サクラさんという女性。三世代の先祖はみなヴォル出身者で、おじいさんとお父さんが昔入っていたスモークサウナを改修し、今の場所へ移築した。
カイリさんのサウナは、儀式的な要素を含んでいる。サウナやありとあらゆるものへの挨拶から始まり、塩や灰で精神と身体を浄化して、手作りのウィスク(白樺などの植物を束状にしたもの)でウィスキングを行う。そして最後は、森羅万象に感謝する。エストニア人の民族学者であるタマラ・ハビトは、スモークサウナでは出産が行われており、さらには死者を埋葬する前に清める場所だったと記している。そのほか、サウナでは健康や子どもの成長などを願って特別な呪文が唱えられたり、呪術的なウィスキングが行われていたことを書き残している。
サウナが始まるときに、カイリさんは「サウナは生き物であり母胎だ」と説明した。坂本さんはこれを聞いて、山伏の山の捉え方に似ている、と思ったそうだ。
「山伏は山に入って、一度死に、生まれ変わると考えます。山のお堂や洞窟に籠るのですが、そのような場所をお母さんのおなかの中と考えます。胎内から出て、山で修行することにより再び“生”を得る。アメリカ先住民のサウナである『スウェットロッジ』も母胎として考えられ、そこで共同体の重要な儀式がおこなわれています。エストニアのスモークサウナも母胎という意味があるとは驚きでした。根源的な人類の想像力を喚起させるものがそこにあるんじゃないかと思います。カイリさんのサウナの中に入っていると、出羽三山のお堂に雰囲気が似ていて、『あれ、これから山伏の修行がはじまるのかな』と錯覚を起こすような、不思議な感覚がしました。これはエストニアの他のサウナでは感じなかったことなので、きっとカイリさんが作ることができる特別なものなんでしょうね」
サウナに挨拶や感謝をしたり、塩を身体にすりこむときに、カイリさんは歌のような、まじないのような節を唱えた。これは「ルノソング」というフィンランドやエストニアで継承されてきた古いスタイルの神話的伝承歌であり、ヴォルでも昔から歌われている。歌詞はヴォルの方言で、その場に合わせて即興的に作り上げられる。「その土地の精霊に語りかけたり、挨拶をしたりするのは、山伏に限らず、きっとさまざまな土着の自然信仰に共通することだと思います」と坂本さん。
呪文はウィスキングの間にも唱えられた。カイリさんは2本のウィスクを持ち、坂本さんの全身をリズミカルにはたいていく。ウィスクをそっと押し当てたり、身体から外へ向かって何かをはらいのけるような動作もあり、まるでお祓いをしているようでもあった。その姿は、日本の「巫女」を彷彿させた。
「カイリさんを前にすると、何か古い人間の心象のようなものが湧き出してくるような感じがして。自分たちはどういう存在だったんだろうかとか、どういうふうに生きていたんだろうかとか。自分たちの本当の姿みたいなものをサウナを介して掴みとろうとしている人なんじゃないかなって。この儀式がどれくらい前から行われていたのかはわからないですが、エストニアの人たちのはるか昔の記憶や、何か願望のようなものが今のこのサウナの入り方に表れているような気がしました」
坂本大三郎(さかもと・だいざぶろう)
千葉県生まれ。自然と人の関わりの中で生まれた芸術や芸能の発生、民間信仰、生活技術に関心を持ち東北を拠点に活動している。著書に『山伏と僕』(リトルモア・2012)、『山伏ノート』(技術評論社・2013)、『山の神々 』(エイアンドエフ・2019)等。芸術家として、山形ビエンナーレ(2014、2016)、瀬戸内国際芸術祭(2016)、札幌モエレ沼公園ガラスのピラミッドギャラリー『ホーリーマウンテンズ展』(2016)、石巻リボーンアート・フェス(2020、2021)、奥大和MINDTRAIL(2021)、documenta15(ドイツ、2022)、100 Tonson Foundation『PLANETARY SEED』(タイ、2024)等に参加。
千葉県生まれ。自然と人の関わりの中で生まれた芸術や芸能の発生、民間信仰、生活技術に関心を持ち東北を拠点に活動している。著書に『山伏と僕』(リトルモア・2012)、『山伏ノート』(技術評論社・2013)、『山の神々 』(エイアンドエフ・2019)等。芸術家として、山形ビエンナーレ(2014、2016)、瀬戸内国際芸術祭(2016)、札幌モエレ沼公園ガラスのピラミッドギャラリー『ホーリーマウンテンズ展』(2016)、石巻リボーンアート・フェス(2020、2021)、奥大和MINDTRAIL(2021)、documenta15(ドイツ、2022)、100 Tonson Foundation『PLANETARY SEED』(タイ、2024)等に参加。
編集者・ライター
橋本安奈(はしもと・あんな)
「Päike(パイッケ)編集室」主宰。エコ&ソーシャルマガジン『ソトコト』編集部、トラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部に在籍したのち、独立。2022年よりエストニアのタルトゥ大学(修士)にて民俗学やエスノロジーを学ぶ。
「Päike(パイッケ)編集室」主宰。エコ&ソーシャルマガジン『ソトコト』編集部、トラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部に在籍したのち、独立。2022年よりエストニアのタルトゥ大学(修士)にて民俗学やエスノロジーを学ぶ。