清水みさとの世界のサウナ巡礼記
Vol.1 イギリス
「ととのってからが要注意!」

清水みさとの世界のサウナ巡礼記
Vol.1 イギリス
「ととのってからが要注意!」

People: 清水みさと

TRAVEL

2025.04.30

3 min read

今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。

Photo&Text:Misato Shimizu

一カ月だけイギリスに留学したことがある。
 
たった一カ月だけど、旅じゃなくて留学がよかった。
学校に通い、近道を見つけ、街並みが見慣れるという暮らし。一度でいいから異国の地で生活というものをしてみたかったのだ。

英語圏ならどこでも良かったので、せっかくだし大学生の頃、人生で初めて芸能人に恋をした思い出深い映画『ノッティングヒルの恋人』の舞台、ロンドンに行くことに決めた。(芸能人=ヒュー・グラント)

ノリで決めて、運に任せる。わたしの旅のモットーだ。
 
予定調和をはみ出したいという好奇心を留学生活にまで持ち込んで、軽はずみで決めてしまったイギリスのもてる情報といえば、ビートルズとスコーンくらいだった。行ったことはなくても聞き馴染みのある国だし、なんとかなると思っていた。
 
しかし、イギリスは手強かった。
 
まず、サウナがない。あるっちゃあるけど、1回1万円くんだりとかいうのである。これから一カ月イギリスで暮らすわたしにとって、町中華的サウナがない時点で死活問題。この日を境に、サウナが日常ではなく特別なものに成り果てた。(圧倒的リサーチ不足)
 
そして、『ノッティングヒルの恋人』に出てくるような、"The イギリス人の暮らし"をリアルに体験したかったわたしは、一人暮らしや寮ではなくホームステイを選んだ。
 
そんなわたしに振り分けられた家族は、エチオピア人だった。移民の多い国とは聞いていたけど、憧れのイギリス映画一本でここまできたわたしにとって、若干の想定外ではあった。

ホームステイ先の部屋。

でも、学校はたのしかった。
 
フランス人のマダムがブラジル人のおじさんに「ブラジルでは、みんな一度は銃を突きつけられたことがあるってほんと?」と軽い調子で質問した。
「もちろん。僕もあるよ。」とドヤ顔で答えた。
 
スイス人の青年と韓国人の青年が、互いの兵役について話していた。日本では聞くことのない会話が平然と飛び交い、わたしの平和ボケっぷりが浮き彫りになったりした。
 
さて、サウナである。
 
刺激的な日々を過ごしても、わたしは全くもって忘れちゃいない。1回1万円、1サウナ1ディズニーランドの換算だ。(ポンドが高すぎる)。旅だったらすぐ行きたいけど、一カ月もいるんだからって、なんだかケチケチしてしまった。
 
我慢の限界がやって来た、渡英5日目。
 
わたしはその日、教科書代わりに水着を携え、真っ赤なロンドンバスでサウナへ向かった。満を持してたどり着いたそのサウナは、バッキンガム宮殿の真横にあり、店構えが全然サウナらしくなかった。

半信半疑で重い扉をそっと開けると、大英帝国の豪邸を思わせる雰囲気としつらえが施され、やっぱりサウナの気配がない。
 
サウナは地下に隠れていた。
 
ウッド調のサウナ室に、細やかな彫刻が施された真っ白なストーブは、美しさにかまけず、圧倒的な馬力でサウナ室を温めている。高温多湿のロシア式のサウナ・バニャだった。

マダムたちは思い思いにサウナを楽しんでいた。誰一人しゃべることなく、全員ゴロンと横たわっているもんだから、次第に美術館の彫刻に見えてきて、思わずクスッと笑ってしまった。
 

サウナ上がりのバッキンガム宮殿。
 
こんなパワーワード、なんだか嘘っぽくて、ロマンチックで、これまで起きた想定外や、仕事を全て断り半ば強行突破で留学したことが、すべて肯定された気がした。

帰り道、わたしはロンドンの街をひたすら歩いた。
 
バスに乗ったら夢から覚めてしまう気がして、どこまでも、どこまでも歩きたくなった。
 
ととのったり、うれしくなったり、浮き足だったわたしは、この胸の高鳴りを誰かと共有したくて「ねえ、イギリス大好き。わたしここに住めるかも」と日本にいる友人にラインを送信。した瞬間、なにかが起きた。
 
なんか、手が、軽い。ラインに目をやると、そこにあったのは「大開運」だと言われた手相がひしめく手のひらだった。
 
わたしは、スマホを、スラれていた。
 
体に指一本触れず、スマホの先端だけをひっつかんだスリのプロ。原付バイクに乗ったそいつは、チラチラわたしを振り返りながら、びゅーんと軽やかに走り去っていった。
 
イギリスでやってはいけないと再三言われた三原則。
 
①夜道を一人で歩かない
②歩きスマホをしない
③道路沿いを歩かない
 
浮かれていたわたしは、すべてを一気に破ってしまった。
 
「イギリスに住めるかも」とわたしに言われた友人は、なんて返信したんだろう。
 
「やっぱりわたし、住むの無理」。心の中で連投した。

わたしが盗まれた直後に学校に貼られた注意喚起。

平和ボケチャンピオンオブザスクールのわたしは、日本で暮らして旅するほうが、多分、絶対向いている。(サウナも風呂もたくさんあるし)
 
物価が高いとか、敷居の高さとか、なんか諸々もういいやって、この日に全部がふっきれて、限りある一カ月を誰よりも楽しんでやろうと決意した。
一カ月後、わたしは外国と母国の両方に愛がある非常にいい状態で帰国することに成功した。以来、わたしは毎年イギリスに遊びに行っている。
 
P.S.翌年、財布を盗まれました。旅とか暮らし以前の問題?

Profile

俳優/タレント

清水みさと(しみず・みさと)

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

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Yayoi Arimoto

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