月刊TRANSIT/私が出合った世界の民藝

月刊TRANSIT/私が出合った世界の民藝

2025.11.17

20 min read

毎月一つの主題で旅をする、月刊TRANSIT。
今月のテーマは、「私が出合った世界の民藝」。

世界を旅するさなかに目に留まる、
民家の居間にすっかり溶け込んだ家具や、
街角の食堂で重ねられた同じ姿かたちの器、
祭壇に飾られた置物や、博物館のガラスの向こう側に置かれた民具……。
ふと立ち止まって手にとりたくなる、その土地ならではの愛おしい「かたち」。

柳宗悦たちが、無名の職人たちのつくりだした生活道具に美を見出して「民藝運動」を掲げてから、およそ100年。
TRANSITでは異国に目を向けて、世界の民藝について考えてみた。
旅する人たちに、私的な世界の民藝について訊いてみた。

#私が出合った世界の民藝
旅先で見つけた民藝が生まれる愛おしい風景
表 萌々花(写真家)

#私が出合った世界の民藝
旅先で見つけた民藝が生まれる愛おしい風景
表 萌々花(写真家)

TRAVEL

2025.11.17

9 min read

写真家として国内外を飛び回る表萌々花さんは、まわりの友人たちがきっかけで民藝に心を奪われて以来、旅先で民藝品を買付けしたり、世界の民藝の本も出版予定だ。
そんな表さんに訊いてみた、世界の民藝との出合い方について。

Photo : Momoka Omote

Text:Maki Tsuga(TRANSIT)

© TRANSIT

表萌々花さんが民藝という言葉に強く惹かれるようになったのは、地元・岐阜でのこと。飛騨高山にある民藝と生活道具のお店〈やわい屋〉が手がける出版レーベル「かけそ舎」と本づくりをしていてお店をたびたび訪れているときに、店主の朝倉圭一さんから民藝の話をよく聞くようになったのだとか。

  • 朝倉さんの店を訪れるたびに、だんだんと民藝がなんであるかが気になっていって。ただ、柳についてや、無名性の美について、朝倉さんの経験と言葉でお話を聞くものの、いまひとつ自分の言葉で考えることができなかったんですよね。

     

    そんなとき、TRANSITのメキシコ特集でなにか一つテーマを決めて旅をすることになって、フォークアート大国のメキシコで民藝に向き合ってみたいと思って、手仕事をする人たちを訪ねることにしたんです。

表さんがメキシコ取材で訪れたのは、南部にあるオアハカ、チアパスと、中部のハリスコの3つの州。それぞれで出合った民藝を見せてもらった。

民藝旅のはじまり、メキシコ

張子のシマウマ(メキシコ)

  • メキシコに住む友人の家に置かれていた張子のシマウマ。国内の障害者施設の利用者がつくったもので、いびつな形と素朴な絵付けに強く惹かれ、譲ってもらいました。
    誰がつくったのかもわからない「無名の手しごと」に、初めて心を動かされた一品で、ここから民藝の旅がはじまりました。

取手が欠けたマグカップ(メキシコ)

  • ハリスコ州グアダラハラの陶芸家の友人Gabriel Ramirez Michelが、「これは私の心に火をつけ、表現を始めるきっかけになったカップなの」と言って譲ってくれたもの。北部チワワ州に暮らすタラウマラの民によって手づくりされたもので、Gabrielはこのカップに出合ったことで、学歴や経済的豊かさとは無関係に、人は誰かに豊かさを分け与えることができるのだと気づいたといいます。

     

    私がマグカップを受け取ることをためらうと、彼女は「物は大切であると同時に、大切ではないの」と言ったんです。その言葉とともに、この取手のないマグカップは、ものの本質と美とは何かを問いつづける小さな道標となりました。

ペドロの焼きもの(メキシコ)

  • アマテナンゴ村で出会った陶芸家・ペドロの作品。彼は、村に代々伝わる伝統的な手法を守りながら焼きものをつくりつづけている職人です。近年は技術を村の子どもたちに伝える活動にも力を注いでいて、この焼きものに触れるたびに、手しごとに対する覚悟と誇りを思い出させてくれます。

張子の天使(メキシコ)

  • グアダラハラの日曜にやっている蚤の市で見つけたもの。旅に出ると、時折こうした正体のわからない呪物のようなものに出合います。ときに、家の守り神になってくれそうな気の帯びたものに巡り合うことがあり、そうしたものを連れ帰っては、日々の無事を見守ってもらっています。

     

  • やわい屋の朝倉さんの勧めで読んだ鞍田崇さんの著書のなかで、民藝とはいとおしさであるということを説いているんですよね。いまだに民藝がなにかは掴みきれていないんですが、メキシコでつくり手の人に会いにいったことで、その言葉がとても腑に落ちたんですよね。

アフリカで見つけた、民藝が生まれる風景

メキシコの旅の後に、表さんが民藝の旅へ向かったのがアフリカだった。仕事で訪れたモロッコ、チュニジア、その合間に民藝品を求めて地方に繰り出したり、プライベートの旅でエチオピアへ行って、ヘッドレストを探しに街を彷徨ったり……。そんなアフリカの愛おしいものたち。

手織りラグの端切れのクッション(モロッコ)

  • モロッコとチュニジアで撮影の仕事があったときに、現地で自分の時間もつくることができたので、ベルベル人のラグを見に行こうと心に決めていたんです。

     

    モロッコのマラケシュに泊まったとき、宿のオーナーが「市街地で一番いい絨毯屋といったら、ここ」と言って、一軒のお店を教えてくれました。その絨毯屋さんのオーナーは、絨毯をつくる村の出身で、絨毯を買いたいというと自分の村まで連れて行ってくれることに。

     

    マラケシュから車で6時間、たどり着いたのがアトラス山脈を越えた先にあるベルベルの人びとが暮らすムイダットでした。村の女性たちが一枚ずつ丁寧に手織りのラグをつくっている村でした。村中にラグが干されていて、風に吹かれる光景がとにかく美しくて。この絨毯の端切れでつくったクッションは、その村で過ごした時間を思い出させてくれるんですよね。

  • この村を訪れてよかったなと思ったのが、ものと値段の感覚が自分のなかで掴めたこと。

    それまでは、旅先の市場で品物を買うときに、円とは違う通貨で慣れないこともあって、少しでも安く買いつけようとして、一桁単位でも細かく値段交渉をすることもあったんです。冷静になって計算してみたら、数十円、数百円の差でしかなかったりするのに(苦笑)。

  • でもモロッコの絨毯の村まで行って、実際に手しごとが生まれる場所まで行って、つくり手から直接買いつけていると、どれだけの手間と時間をかけて出来上がったものなのかが見えてくるので、ほんとうに自分が欲しいと思ったものだけを、適正な価格で買いたいと思えるようになりましたね。

     

    それでも交渉したいときは、無闇に値引きしてと言うんじゃなく、私はこれだけ買うから少し安くしてほしい、といったふうに会話するようになりました。ベルベルの人たちは遊牧民で互いが納得した条件で物々交換をしてきたり、モロッコには商人気質の人も多いので、そういう意味では値段交渉に応じてくれやすかったかもしれません。

天使の像(チュニジア)

  • チュニジアに滞在したときに、現地でお世話になった人の家にお邪魔したときに、部屋のいたるところにこの像が置かれていて、とても気になったんですよね。

     

    その人に聞くと、北部の小さな町セジュナンに住むベルベルの女性たちがつくっている像だと教えてくれました。新石器時代から受け継がれてきた伝統的な技法でつくられた素焼きの陶器なんだそう。

     

    その人は天使の像と呼んでいましたが、現地の言葉では女性の像といった意味で呼ばれているようでした。焼きむらやいびつな形は、手で成形された痕跡そのもので、原始的な美しさと素朴さがとても愛らしい。今は自分の家の玄関(??)に置いてあって、日々の暮らしを豊かにしてくれる大切な存在のひとつになりました。

     

    そんなふうに、現地の民家を訪れて家のなかにあるものを見聞きしてから市場を訪れると、買付けもいっそう楽しくなりますよね。

ヘッドレスト(エチオピア)

  • エチオピアは、アフリカのなかで唯一、植民地化されなかった国であったり、キリスト教が信仰されていたり、それに私はエチオジャズが好きだったこともあって、気になっていたんです。

     

    コーヒーの産地でもありますよね。現地でコーヒーセレモニーも受けさせてもらったんですが、とても神聖な雰囲気でよい時間でした。そうした土着のものを追求していくと、時折、ブラックマジックのようなものに通じていくことがある気がしていて……。魔術を信じる人たちやそれに付随する道具のことが気になったりするんですよね。エチオピアやメキシコやベトナムは、そうした土着の信仰を強く感じる土地で、彼らが使っている道具も気になりました。

  • そんなエチオピアで、旅の前からずっと欲しいなと思っていたのが木でできたヘッドレスト(枕)。最初にネットで見たときは、昔ながらの民具なのかなと思っていたんですが、現地を訪れてみると、南部の民族はいまだにこれを枕にして眠っているんですよね。道端にいる男性たちは、片手に鉄砲、片手にこの枕を革のストラップをつけて持っていました。

     

  • これは首都アディスアベバの外れにある古物商でようやく見つけた一品で、南部オロモ〜コンソ周辺の民族圏のものと思われるものです。訪れた先々でヘッドレストを探していたんですが、これくらい丁寧な彫刻が施され、磨き込まれたものにはなかなか出合えませんでした。というのも、近年は観光客向けに雑に模様が描かれたヘッドレストが多くて、逆に現地の人が使うヘッドレストには模様のない簡素なものだったりして。このヘッドレストは実用品として作られた古い民具で、その繊細な造形と磨かれた手触りには、時間が蓄積して宿っているように感じられました。

  • こうして旅先で自分が気になった手しごとのものを撮影したり、買い求めたりしながら、その土地で暮らす人と使っているものを見ていると、祈りも民藝の一部じゃないかなって思うことがあります。生活道具もそういう暮らしをよくするところからできていますしね。

Profile

写真家

表 萌々花

写真家。岐阜県高山市生まれ。海外でのボランティア活動をきっかけに、写真を撮るようになる。帰国後アシスタントを経て独立。訪れた風土や土地の持つ空気感、時に厳しい現実や死生観を感じさせる作品を数多く発表している。国内外を問わず活動中。写真集『たむけ』『星霜』『traverse(r)』『沈黙の塔 Tower of Silence』を制作。世界の民藝をめぐって旅をしたエッセイ本『かたちのない民藝をもとめて』も発売予定。

写真家。岐阜県高山市生まれ。海外でのボランティア活動をきっかけに、写真を撮るようになる。帰国後アシスタントを経て独立。訪れた風土や土地の持つ空気感、時に厳しい現実や死生観を感じさせる作品を数多く発表している。国内外を問わず活動中。写真集『たむけ』『星霜』『traverse(r)』『沈黙の塔 Tower of Silence』を制作。世界の民藝をめぐって旅をしたエッセイ本『かたちのない民藝をもとめて』も発売予定。

#私が出合った世界の民藝
TRANSIT編集部が旅先で見つけた
民藝品を集めてみた!

#私が出合った世界の民藝
TRANSIT編集部が旅先で見つけた
民藝品を集めてみた!

TRAVEL&WATCH

2025.11.17

9 min read

「私が出合った世界の民藝」特集ということで、世界を旅するTRANSIT編集部が取材先やプライベートの旅から持ち帰った民藝品を見せてもらおうと、編集部に「各々の思いが詰まった民藝品を持ってきて!」と声をかけてみた。
ここでは、編集部員それぞれのとっておきの品々を見ていこう。

トルコ・キュタヒヤで出合った「陶器の鳥の置き物」

© TRANSIT

かつてトルコに留学していたこともある編集部の川原田が選んだのは、かわいらしい鳥の置き物。

  • 川原田

    トルコ留学中、古くから陶芸が盛んな町キュタヒヤへの小旅行で購入したもの。キュタヒヤ陶器といえばお皿や壺などが定番ながら、私が選んだのは鳥の置き物。どこかとぼけた表情と、トルコの伝統的なモチーフであるチューリップ模様が描かれているところがお気に入り。思えばこれが、国内外で鳥グッズを収集しまくる沼の入り口でもありました……。

背面もとっても愛らしい 

ベトナム・ビンズオン省で出合った「ソンべ焼(ライテウ焼)の皿」

「たくさん持ってきちゃったんですよね……」と言いながら、リュックから何枚もの皿を取り出したのは、編集部の小野だ。

  • 小野

    土っぽさを感じる質感と、中国やフランスの影響を受けたらしき素朴な柄がかわいいソンべ焼。日本でその存在を知り少しずつコレクションしていたが、本誌のベトナム取材でとある案件の撮影現場に行くと、そこに大量のソンベ焼が!!! 時間を忘れて夢中で買い物した(撮影はちゃんとやりました)。

タイ・チェンマイで出合った「モン族衣装の切れ布」

「僕、布の切れ端を持ってきました」とにっこり笑いながら、分厚めの布を取り出したのは編集部の鈴木だった。

  • 鈴木

    タイ・チェンマイにある〈パガヨー アンティークショップ〉で購入した、モン族の衣装の切れ布。手縫いのボコボコした感じと渋い色味、幾何学っぽい模様に惹かれ、用途は考えずに即購入。モン族の方々は帽子に付けていたらしいが、インテリアとして壁に飾っています。ちなみに同店は、他にもテキスタイルや天然染め、バスケット、山岳民族衣装など……タイの伝統工芸品が揃うオススメショップ!

メキシコ・テオティトラン・デル・バジェで出合った「サポテコのタペテ」

最近、遅めの夏休みをとって2週間の中米旅に出かけていたTransit.jp編集長の津賀。
旅先で見つけたイチオシの民藝品は、絨毯村で出合ったラグだったという。

  • 津賀

    メキシコ南部にあるオアハカ州は、手づくりの村が点在するエリア。地域ごとに、木彫り、腰織り、赤い陶器、黒い陶器……など、村の人たちが丸ごと手仕事をしていたりするので、民藝好きにはたまらない場所です。

     

    なかでもテオティトラン・デル・バジェという村は、サポテコの人たちが毛織物をしているところで、私はここで出会ったタペテ(ラグ)にひと目惚れ。ベースの茶色は羊の毛そのものの色。赤とピンクはコチニールというサボテンにつく虫の色を使った天然染料。羊の毛を紡いで、染めて、織るまで、すべて手作業。お値段もしっかりしてるけど、長く使っていてもヘタれないし、冬用にと買ったものの、毛足が短いので夏にもよくて、年中使えます◎。

     

    テオティトランは街自体も伝統的な暮らしが残っていて、かわいい雰囲気。最初は取材で訪れたのですが、自分の夏休みでもまた再訪。のんびり散策するにもいい、小さな素敵な村ですよ。

イタリア・サルデーニャ島で出合った「かご編み」

次は、TRANSIT編集長菅原の選んだ民藝品。各地を旅してきたこともあり、「選定に迷ってしまって……」と笑いながら差し出した品々の中で目を見張ったのが、こちらのカゴ。

  • 菅原

    サルデーニャ島のカステルサルドはカゴ細工の街。カステルサルドの城内には、家の軒先でカゴを編むお母さんの姿がある。一つひとつ、配色もデザインも違う商品のなかから時間をかけてこの子を選んだ。素朴でかわいらしく、果物やお菓子をのせて使っている。今思えば、もっと買っておけばよかった気もする。

中国・雲南省大理で出合った「木彫りのトレー」

続いて、TRANSIT編集長の菅原が手にしたのは、中国・雲南省大理での思い出とともに、日々の暮らしで愛用されているというトレーだった。

  • 菅原

    大理にある古道具店で、地元の木彫り職人が作った丸型のトレーを購入。光り輝くトウモロコシ畑を借景に、家具や茶道具が所狭しと(しかし不思議と整然と)並ぶその店は、店主が趣味で営んでいるものだと聞いて驚いた。翻訳アプリを駆使し、淹れていただくお茶を飲みながらスモールトーク。今は茶器を置くトレーとして活躍中です。

     

韓国で出合った「鳥の餅型」

最後は、統括編集長林。TRANSIT編集長の菅原と同じように、「選べなくてたくさん持ってきちゃって……」と言いながら、あっという間に机の上が民藝品で埋まってしまった。

  • 10年以上前にソウルの骨董街「踏十里(タプシムニ)古美術商街」で出合った、アンティークの餅型。当時、TRANSITの姉妹誌で『BIRD』という雑誌をつくっていたこともあり、鳥モチーフに目が止まりました。お餅にスタンプのようにして模様をつける道具で、台座の裏面に模様が刻まれています。本来の役割としては裏面が重要なわけですが、お餅を作る機会がないので本棚の置物になっています。お餅に模様を刻みたい方がいたらお貸ししますね。

ウズベキスタンで出合った「スザニ」

「本当は絨毯もあったのだけど、さすがに持って来れないし……」と、林は布をいくつか広げながら困ったように話す。そこで目を惹いたのがウズベキスタンの布、スダ二だった。

  • スザ二はウズベキスタン伝統の手刺繍の布で、現地では壁掛けやベッドカバーとして使われているもの。古都サマルカンドから車で40分ほど、ウルグットというまちのバザールにある店で手に入れたこちらは、推定50-60年前のオールド・スザニ。ティーポットのモチーフはウルグット地域の固有のものだそうで、スザニにしては控えめなベージュ系の色合いに惹かれました。実はウズベキスタンでは計3枚のスザニを手に入れたのですが、いまだ箪笥の肥やしになっています……。

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Photo by

Yayoi Arimoto

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