エドワード・ヤン、ホウ・シャオシェン…
台湾ニューシネマを修復してきた
「國家電影及視聽文化中心」が語る
台湾の映画カルチャー

エドワード・ヤン、ホウ・シャオシェン…
台湾ニューシネマを修復してきた
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2026.03.09

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ここ数年、日本の映画館では台湾ニューシネマの特集上映が組まれたり、名作がリバイバル上映されて、劇場が賑わいをみせている。
その影には、クラシック映画の修復や上映に力を入れる台湾の機関「國家電影及視聽文化中心(TFAI)」の存在がある。
どのように昔の台湾映画を盛り上げているのか、どうやって映画文化を醸成しているのか……気になる台湾の映画事情について、TFAIの理事長であるアーサー・チュウ氏にインタビューした。

Text:Takatoshi Inagaki

エドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(00)や『カップルズ』(96)、ホウ・シャオシェン監督の『ミレニアム・マンボ』(01)……。今、世界で愛される台湾ニューシネマの名作が相次いでレストア/リマスターされ、日本で劇場公開されている。
 
クラシック映画には“時代の魂”があるそう語るのは、台湾の国家映画機関「國家電影及視聽文化中心(TFAI)」の理事長、アーサー・チュウ(褚明仁)氏だ。TFAIでは現在、約2万本のフィルムと40万点におよぶ資料を収蔵し、保存・修復および研究・上映・普及を担っている(TFAIが修復を担当せず、上映・普及のみ関与している作品もある)。
 
2025年夏、第21回大阪アジアン映画祭のため来日したチュウ氏が取材に応じてくれた。台湾映画のクラシック作品を、いかに現代の観客に届けるのか。また、どのような基準で修復作品を選んでいるのか。“映画文化”に対するTFAIの取り組みと思想を探る。

国家映画機関「國家電影及視聽文化中心(TFAI)」の理事長、アーサー・チュウ氏。

はじまりは外国映画の上映から

近年、TFAIが1年間に修復している映画は10本程度。日本の「国立映画アーカイブ」をはじめ、アジアでは各国の映画機関がクラシック作品の修復に取り組んでいるが、そのなかでも指折りの本数だ。修復した作品のうち、日本ではエドワード・ヤン監督の『カップルズ 4Kレストア版』や『エドワード・ヤンの恋愛時代 4Kレストア版』が劇場公開されたことが記憶に新しい。

『カップルズ 4Kレストア版』

© Kailidoscope Pictures

『エドワード・ヤンの恋愛時代 4Kレストア版』

© Kailidoscope Pictures

1994年に劇場公開された『愛情萬歳』(監督ツァイ・ミンリャン)。この作品もTFAIが修復作業を行なっている。

© 国家映画・視聴文化センター Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

今でこそクラシック映画の普及に努めているTFAIだが、当初の目的は異なっていた。1978年に「電影圖書館(映画図書館)」として設立された当時の使命は、映画芸術を促進するため、台湾の観客にさまざまな外国映画を紹介すること。イタリアのネオ・レアリスモやフランスのヌーヴェル・ヴァーグといった映画運動のほか、黒澤明や小津安二郎といった日本映画の巨匠たちを特集上映として取り上げてきた。
 
1980年からは、“台湾アカデミー賞”と呼ばれる映画賞「金馬奨/Golden Horse Awards」の時期に、国際映画祭「金馬獎國際影片觀摩展」を10年間にわたり運営(のちに「台北金馬影展/Taipei Golden Horse Film Awards」と改称)。商業的な映画館で海外のアート映画が上映されないなか、当時最新の映画作品やその作り手たちを観客に伝える役目を担った。
 
当時の台湾には厳しい映画検閲制度が存在していたが、「金馬獎國際影片觀摩展」では上映作品を一切カット・修正しない方針を貫いた。「“作り手が理想とするかたちで映画を上映する”という基準を確立したことで、映画祭は現在まで検閲の影響を受けていません」とチュウ氏は語る。

映画図書館が運営していた当時の映画祭は、台湾の映画界に2つの大きな影響を与えたという。
 
「ひとつは、若者が新しい映画を鑑賞できる機会を設け、映画の見方や楽しみ方を知る場となったこと。もうひとつは、監督志望の人びとが映画製作の方法を学ぶ機会を得られたことです。のちに台湾人監督の多くが、“最初は映画祭で多くを学んだ”と語っています」
 
ほかでもないチュウ氏も、「金馬獎國際影片觀摩展」で映画を学んだ若者のひとりだ。「高校生の頃、午前8時に発売されるチケットを買うために前日の18時から並びました。ものすごい行列でした」と笑う。
 
その後、映画図書館は、海外映画を紹介する場から台湾映画そのものと向き合う機関へと役割を変えていく。1989年には「電影資料館(映画アーカイブ)」と改称、映画の保存・修復・研究を主力事業とすることとなった。
 
「自国で制作された映画は国民文化の結晶です」とチュウ氏は言う。「フィルムが海外に流出し、劣化してしまう前に、早急に保存・研究・修復する必要があります」
 
これをきっかけに、映画アーカイブは国際映画祭の運営からも離脱。翌1990年からは、新たに設立された組織・台北金馬影展執行委員會が金馬奨と映画祭をともに運営することとなり、名称も現在の「台北金馬影展」となった。

映画を通して、“時代の魂を修復する”

その後、現在の「國家電影及視聽文化中心(TFAI)」が立ち上げられたのは2020年のこと。若い頃、ジャーナリストとしてホウ・シャオシェン監督『悲情城市』のヴェネツィア国際映画祭出品に立ち会ったチュウ氏は、メディア企業や映画会社などをへて、2023年にTFAIの理事長に就任した。
 
「我々の映画修復は、ただフィルムを修復するだけでなく、“時代の魂”を修復すること。当時の人びとがどのように歩き、話し、そして言語を変化させてきたか──話し言葉やスラングが変われば、コミュニケーションにも変化が生まれます」
 
TFAIは2025年に行なわれた第21回大阪アジアン映画祭に、『万博追跡』(70)、『進学を拒絶した人生』(79)、『さようなら十七歳』(69)、『寂寞十七歳』(67)、『ドラゴン・スーパーマン』(68)という台湾のクラシック映画5本の2Kレストア版を出品した。いずれもTFAIが修復を手がけた作品だ。

『万博追跡(2Kレストア版)』

© 2025 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

ジュディ・オングが主演を務めた『万博追跡』も、チュウ氏の言う“時代の魂”が刻み込まれた一本だ。オング演じる主人公が恩人を探し、1970年の大阪万博会場や日本各地を駆けまわる。万博会場でのゲリラ撮影が敢行された本作には、リアルな風景や人びとの姿が、まるでドキュメンタリーのように映し出されている。
 
「55年前と現在では、日本人の顔にも違いがあることがよくわかります。周囲や背後に映っている人びとの姿がとても自然で、彼らの表情や服装だけでなく、目の前に広がる新しい世界に抱いている憧れも伝わってくるのです」

『万博追跡(2Kレストア版)』

© 2025 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

『万博追跡』の魅力を伝えるため、チュウ氏は予告編の編集や広報映像の構成、キャッチコピーなどにも深く関わった。「(大阪アジアン映画祭で)日本の観客に作品の魅力が届いたのだとしたら、私たちの方法論が日本でも通用するということかもしれません」と笑みを浮かべる。
 
「今回の修復では、当時を知る方には懐かしく、若い世代にはその時代の魅力を感じてもらうことを目的としました。ファッションなどにもリバイバルのブームがあるように、若者は昔のスタイルにかっこよさを見出すもの。映画を修復するうえでは、古いものがどのように変化してきたのかを、常に今の言葉で語りつづけることが大切だと考えています」

『進学を拒絶した人生(2Kレストア・ディレクターズカット版)』

©︎1979 Hui Hông Motion Picture Co., Ltd. / (c) 2025 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

『さようなら十七歳(2Kレストア版)』

©︎2025 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

『寂寞十七歳(レストア版)』

©︎2025 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

『ドラゴン・スーパーマン(レストア版)』

©︎2024 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

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修復する映画、どのように選ぶ?

TFAIが修復するクラシック作品は、スタッフと外部委員、専門家が協議を重ねて選定している。「修復する作品は厳選せざるをえません。たくさんの映画を修復していますが、今も多くの作品が修復を待っています」とチュウ氏は話す。
 
「選定基準は第一に美的価値、次に時代的意義です。製作40周年など、記念すべきタイミングを迎える作品も検討しますし、毎年調整を重ねています。当初『万博追跡』は修復を予定していませんでしたが、大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクターの暉峻創三(てるおか・そうぞう)さんから打診を受け、絶好のタイミングだということで、あらゆる困難を乗り越えて修復を実現しました」
 
イレギュラーなケースには、作家リー・アン(李昂)による台湾フェミニズム文学の傑作『夫殺し』を映画化した『殺夫(原題)』のデジタル・リマスター版がある。2025年9月、「台湾映画上映会2025」の一本として大阪でも上映された本作は、原作小説が世界15カ国で翻訳されていることから、権利元の要望や作品の話題性ゆえに修復が決まった。
 
もっとも、台湾には“修復したくても修復できない映画”が多数ある。日本統治時代の映画や、当時の台湾総督府(日本が台湾を統治するための官庁)にカメラが入ったドキュメンタリーなどはほとんどが失われているためだ。チュウ氏によると、TFAIが発見したうち、もっとも古い映像は1950年代のものだという。

『殺夫』

© 国家映画・視聴文化センター Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

台湾の映画文化のために

台湾の映画館に足を運ぶと、ミニシアターではないシネコン(シネマ・コンプレックス)施設でも、タイミングが合えばTFAIが修復したクラシック映画のレストア版を観ることができる。国内外の新作映画や旧作を広く取り揃えたラインナップは、成熟した映画文化のあらわれだ。
 
「アート映画やインディペンデントがこれほど多様なかたちで生き残っているのは、金馬獎國際影片觀摩展の大きな功績です」とチュウ氏は語る。
 
「開始40年以上、映画祭がいかに多くの人材を育成し、人びとの鑑賞眼を培ってきたか……。以前の台湾で“誰も興味をもたない、儲けにならない”と考えられていた作品でも、チケットが売れ、利益が出れば映画館は上映してくれます。そのためには配給会社が映画の見方や独自性を築かなければいけない。これは当時の金馬奨と映画祭が育て上げた文化です」
 
ちなみにチュウ氏自身は、1990年代に東京国際映画祭に参加した際、「日本の映画上映の多様性に感動した」と振り返っている。
 
「たくさんの日本のインディペンデント系映画館がアート映画を日本に紹介していて、観客が集まっていました。当時の台湾にそうした映画館はわずかしかなかったので、私が望むような環境は、つくり、育てなければできあがらないのだと痛感しました」
 
現在、TFAIは台湾文化部(日本の文部科学省にあたる)の監督する行政法人で、「専門的かつ独立した機関として」国家予算により運営されている。新北市の施設には図書館のほか大小2つの劇場があり、ドルビーアトモスなど高品質の上映環境を備えた。台北だけでなく、台中・台南・高雄など各地のイベントにも積極的に取り組んでいる。
 
「私たちが修復する映画は“文化財”です」とチュウ氏は強調する。「大切なのは、映画を保存することの重要性を訴え、その意識を高めていくこと。国民全体が理解を深め、この文化を守っていかなければいけません」
 
TFAIは、台湾における多様な映画文化の一端を確実に担っている。ただし、チュウ氏は「自分たちが国家の力を借りているだけでは十分ではありません」と語った。「映画文化を推進することは、文化部の予算を通じて、政府が尽力することで、ようやく実現できるものだから」

台湾ニューシネマの3人の名監督たち
— ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、ツァイ・ミンリャン —

台湾のクラシック映画を観るうえで欠かせない3人の監督とその作品を解説。日本でも映画館で特集上映が組まれていたり、わずかながら配信サービスで観られる作品もあるので、ぜひ台湾ニューシネマの熱にふれてみよう。

Profile

ホウ・シャオシェン/侯孝賢

1947年、中国・広東省生まれ。1歳のときに家族で台湾に移住。ホウ・シャオシェンの映画は、“日常”の時間をそのまま感じさせる。代表作『恋恋風塵』(87)では、地方から台北へ出てきた幼なじみの少年少女の青春を、ドラマティックにではなく淡々と描いた。『悲情城市』(89)では台湾史の悲劇を、とある家族の視点からじっと見つめた。人間や土地がはらむ歴史や記憶を、彼らの日々の生活を通して描き、その蓄積を映し出すのがホウ・シャオシェン作品の魅力だ。TFAIは初期の代表作『風が踊る』(81)を修復した。

1947年、中国・広東省生まれ。1歳のときに家族で台湾に移住。ホウ・シャオシェンの映画は、“日常”の時間をそのまま感じさせる。代表作『恋恋風塵』(87)では、地方から台北へ出てきた幼なじみの少年少女の青春を、ドラマティックにではなく淡々と描いた。『悲情城市』(89)では台湾史の悲劇を、とある家族の視点からじっと見つめた。人間や土地がはらむ歴史や記憶を、彼らの日々の生活を通して描き、その蓄積を映し出すのがホウ・シャオシェン作品の魅力だ。TFAIは初期の代表作『風が踊る』(81)を修復した。

Profile

エドワード・ヤン/楊徳昌

1947年、中国・上海生まれ。2歳のときに家族で台北に移住。エドワード・ヤンは、若者たちの欲望や不安を切り取る“都市映画”の作家だ。代表作『牯嶺街少年殺人事件』(91)は60年代の台北を舞台に、若者のエネルギーと恐怖、社会の歪みを長尺で描いた大作。『ヤンヤン 夏の想い出』(00)は、ある家族を通して都会に暮らす人びとの孤独と希望をすくい取った。TFAIは『エドワード・ヤンの恋愛時代』(94)、『カップルズ』(96)を修復。今もなお鮮烈な現代性と映像美で注目されつづけるフィルムメイカーである。2007年に逝去。

1947年、中国・上海生まれ。2歳のときに家族で台北に移住。エドワード・ヤンは、若者たちの欲望や不安を切り取る“都市映画”の作家だ。代表作『牯嶺街少年殺人事件』(91)は60年代の台北を舞台に、若者のエネルギーと恐怖、社会の歪みを長尺で描いた大作。『ヤンヤン 夏の想い出』(00)は、ある家族を通して都会に暮らす人びとの孤独と希望をすくい取った。TFAIは『エドワード・ヤンの恋愛時代』(94)、『カップルズ』(96)を修復。今もなお鮮烈な現代性と映像美で注目されつづけるフィルムメイカーである。2007年に逝去。

Profile

ツァイ・ミンリャン/蔡明亮

1957年、マレーシア・クチン生まれ。1977年、20歳のときに台湾へ移り住む。ツァイ・ミンリャンは言葉を削ぎ落とし、沈黙と空間のなかから哀切を描く。代表作『愛情萬歳』(94)は台北の高級マンションで暮らす3人の男女を抑制されたタッチで描き、現代人の孤独を明らかにした。『河』(97)や『西瓜』(05)など、以降の作品でも独自の作風は一貫しており、近年はドキュメンタリー映画に活動の場を移してその可能性を探求している。TFAIは『愛情萬歳』、『西瓜』の修復を担当した。

1957年、マレーシア・クチン生まれ。1977年、20歳のときに台湾へ移り住む。ツァイ・ミンリャンは言葉を削ぎ落とし、沈黙と空間のなかから哀切を描く。代表作『愛情萬歳』(94)は台北の高級マンションで暮らす3人の男女を抑制されたタッチで描き、現代人の孤独を明らかにした。『河』(97)や『西瓜』(05)など、以降の作品でも独自の作風は一貫しており、近年はドキュメンタリー映画に活動の場を移してその可能性を探求している。TFAIは『愛情萬歳』、『西瓜』の修復を担当した。

『カップルズ 4Kレストア版』

『カップルズ 4Kレストア版』

監督・脚本|エドワード・ヤン
発売元|ビターズ・エンド 販売元|ハピネット・メディアマーケティング
Blu-ray 5,000円 (税抜)、DVD 4,000円 (税抜) 発売中

『エドワード・ヤンの恋愛時代 4Kレストア版』

『エドワード・ヤンの恋愛時代 4Kレストア版』

監督・脚本|エドワード・ヤン
発売元|ビターズ・エンド 販売元|ハピネット・メディアマーケティング
Blu-ray 5,000円 (税抜)、DVD 4,000円 (税抜) 発売中

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Yayoi Arimoto

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