「映画からみたイラン」
キアロスタミ、マフマルバフ、パナヒ監督まで。 映画大国イランが映すもの

web特集|わたしがみたイラン

「映画からみたイラン」
キアロスタミ、マフマルバフ、パナヒ監督まで。 映画大国イランが映すもの

People: 藤本高之(イスラーム映画祭主宰)

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2026.03.23

4 min read

西アジアの高原に位置する「イラン」。古代にはペルシア帝国として栄え、絨毯、詩、音楽といった美しい固有の文化を今に伝えている。イスラーム、革命、核開発、石油資源、そしてアメリカとイスラエルとの攻防──そんな言葉が浮かぶかもしれないが、イランの日常はいったいどんな姿をしているのだろう。彼の国を旅した人、文化を伝える人たちに、「わたしがみたイラン」の話を訊いた。 イスラーム映画祭を主宰する藤本高之さんが魅せられた、イラン映画のお話。

Text:Takayuki Fujimoto

かつてイランの首都テヘランにある映画館で、アメリカ映画を観たことがあります。
バックパッカー旅行をしていた2000年夏の話で、まさかイランでアメリカ映画を観られるとは思っていなかったためよろこんで出かけたのですが、思えば当時は西側諸国との関係改善を図るハータミー政権の時代でした。2001年9月11日の米同時多発テロ以前の話でもあり、1979年の革命によって現在のイスラーム体制が成立して以降、イランが最も欧米諸国に近づいた時代だったと言えるかもしれません。
 
その時に観たのは『ファーゴ』と『ユージュアル・サスペクツ』でしたが、映画館のほかにも街中ではコカ・コーラの看板も見かけ、いち一旅行者の感懐と言われればそれまでですが、巷間伝わるようないわゆる“反米国家”のイメージは、当時のイランには感じられませんでした。とはいえ、『ファーゴ』では単に夫婦がベッドに半身を入れてテレビを視ているだけの性的でも何でもないシーンすらカットされており、徹底して男女を隔てるイランのイスラーム国家としての価値観には驚いたものですが。
 
わたしがイランに興味を持ったのは、イラン映画を代表する巨匠アッバス・キアロスタミ監督(1940-2016)と、1996年から97年にかけて全国のミニシアターを巡回した「イラン映画祭」がきっかけでした。
 
友だちにノートを返すべく石造りの家並みを背にひた走る少年の物語を、斬新な映画表現で描いたキアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』(1987)をはじめ、欧米や日本の映画とは趣を異にするイラン映画の独特の魅力は、遠く離れたイランという国に淡い憧憬を抱かせるのに充分なものでした。

『友だちのうちはどこ?』(1987)
Amazon Prime Videoで配信中

© 1987 KANOON

しかし、それら日本で観るイラン映画の“素朴”な印象とはうってかわり、実際のイランはイスラーム以前から続く数千年のペルシャ文化を誇る中東の大国であり、パキスタンから広大なバローチスタン砂漠を渡って入国した旅行者には、街並みだけを見ればトルコと同じくアジアの中にヨーロッパの雰囲気をも感じさせる国でした。
 
アスガル・ファルハーディー監督の『彼女が消えた浜辺』(2009)が紹介されて以降、日本で一般公開されるイラン映画には都市部に暮らす中間層の人々を描いたものが多いですが、キアロスタミ監督の作品よりもそちらの方が実際のイランの印象に近いと思います。
 
近年公開されるイラン映画は、宗教的制約にまつわる女性の地位と権利の問題、あるいは権力による抑圧や中国に次いで世界2番目の執行数という死刑制度など、イラン社会の暗部を題材にしたヘビーで硬派な作品が多く、それらの映画で人々の笑顔を見ることは極めて稀という印象があります。
 
しかし、実際のイラン人はにこやかで人懐っこい人が多く、イランに渡航経験のある人がよく口にする「イラン人は親切」というのは本当です。自分も旅の途中、食事をご馳走してもらったり、バス停まで案内してもらったうえに車内で食べるものまでいただいたということがありました。キアロスタミ監督の『桜桃の味』(1997)の中で、脱輪した主人公の車をわらわらと集まってきた人々が助け、まるでそんなの当然のことであるかのように礼も聞かず去ってゆくというシーンがありますが、そういったある種のホスピタリティ精神をイランの人々は確かに持っています。

『桜桃の味』(1997)
Amazon Prime Videoで配信中


© 1997 Abbas Kiarostami

ただ、受けたのは親切ばかりではありません。
詳細は省きますが、イランを旅しているあいだ、時には差別を受けることもありました。イランには隣国アフガニスタンからの難民が未登録者も含めれば300万人以上暮らしていますが、アフガン人はイラン国内で差別されることが多く、またアフガン人の中でもイラン国民の大多数と同じくイスラームのシーア派を信仰するハザラ人は日本人と面立ちが似ており、自分は当時あご髭を少し伸ばしていたことから、アフガン人と間違われたのかもしれない……と、その時は差別された自分を慰めるためにアフガン人の境遇を思ったりもしました。
 
長距離バスが検問所に止まるたび、アフガン人と思しき人々だけがまるで嫌がらせのようにバスから降ろされていたのを、今でも鮮明に憶えています。旅の1年後の2001年に“9.11”が起き、アフガン人の置かれた立場がさらに厳しいものになったであろうことは想像に難くありません(とはいえ、イランが周辺国から難民を多く受け入れ、一定の権利を与えている地域屈指の“難民受け入れ大国”であるという事実は、もう少し評価されて然るべきものです)。
 
キアロスタミ監督と並ぶイラン映画の名匠に、モフセン・マフマルバフという監督がいます。最近、彼の中期の名作、遊牧民少女のロマンスを色彩豊かに描いた『ギャベ』(1996)と、盲目の少年の研ぎ澄まされた感覚とペルシャの詩の世界を映像化した『サイレンス』(1998)の2本が国内初ブルーレイ化され再注目されていますが、彼の作品には、妻の入院費用を稼ぐために1週間自転車をこぎ続けるという興行に挑むアフガン難民の男性を描いた『サイクリスト』(1989)や、妹のためにカナダからターリバーン政権下のアフガニスタンに戻る女性を描いた『カンダハール』(2001)など、アフガン人に寄り添った傑作が数多くあります。

『ギャベ』Blu-ray:5,800円(税抜)
発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー

「モフセン・マフマルバフBlu-rayセット」11,000円(税抜)
発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー

また長女のサミラ・マフマルバフ監督と次女のハナ・マフマルバフ監督も、『午後の五時』(2003)や『子供の情景』(2007)といった9.11以降におけるアフガン人の苦境を描いた力作を撮っており、『子供の情景』で主人公を演じた少女は、マフマルバフ一家の手引きにより現在はフランスで暮らしているそうです。
 
マフマルバフ監督一家や、イランの現体制を批判する『聖なるイチジクの種』(2024)が高く評価されたモハマド・ラスロフ監督のように、反骨精神を持った映画作家が多いのもイラン映画の特徴の一つです。

『聖なるイチジクの種』
デジタル配信中

© Runway Pictures - Parallel45 - ARTE France Cinéma

その筆頭といえるのが、『チャドルと生きる』(2000)や『オフサイド・ガールズ』(2006)で知られ、イラン当局に拘束された経験や映画製作を禁じられた経験を持つジャファール・パナヒ監督です。来る5月8日に全国公開される最新作、フランス資本で製作された『シンプル・アクシデント/偶然』(2025)では、復讐というオーソドックスなプロットを大胆な語りで描き、現体制下におけるイラン社会の行き詰まり感を見事に隠喩しています。

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『シンプル・アクシデント/偶然』
5月8日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ
配給:セテラ・インターナショナル

© LesFilmsPelleas

イランは現在、戦時下と呼べる状態にあります。しかし矛盾した言いように感じられるかもしれませんが、現在の政治体制に批判すべき問題が多々あっても、本来のイランは中東の中でも最も安全に旅行ができる国の一つです。そしてイラン映画は群を抜いて数多くつくられており、映画館や配信、あるいはDVDやブルーレイで比較的簡単に視聴することができます。こんな時だからこそ、映画を通してメディア報道からこぼれおちてしまうふだんのイランの、良い面とそうでない面の双方に触れてみてほしいと思います。

Profile

●藤本高之(ふじもと・たかゆき)

1972年生まれ。20代の頃、ユーラシア大陸を1年3ヵ月かけて旅行し、アジアや中東のイスラーム圏文化に感銘を受ける。映画会社のワークショップで映画配給のノウハウを学び、2010年にワークショップ参加者有志による北欧映画祭の立ち上げに参加。2015年に「イスラーム映画祭」を個人で企画、東京・名古屋・神戸の3都市にて2025年まで都合10回開催する。著書に『イスラーム映画祭エンサイクロペディア』(Type Slowly)。

1972年生まれ。20代の頃、ユーラシア大陸を1年3ヵ月かけて旅行し、アジアや中東のイスラーム圏文化に感銘を受ける。映画会社のワークショップで映画配給のノウハウを学び、2010年にワークショップ参加者有志による北欧映画祭の立ち上げに参加。2015年に「イスラーム映画祭」を個人で企画、東京・名古屋・神戸の3都市にて2025年まで都合10回開催する。著書に『イスラーム映画祭エンサイクロペディア』(Type Slowly)。

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