"山小屋"という響きに憧れを抱いたら、まずは日本の山小屋へ。日帰りでのんびり行ける場所から標高2500m以上の高山に位置するものまで、営む人やその立地の魅力を味わえる、素敵な山小屋を5軒を、『山小屋の灯』の著者である小林百合子さんにおすすめいただきました!
Photo : Kasane Nogawa
Text:Yuriko Kobayashi
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北アルプス最深部、黒部源流域にある雲ノ平は「日本最後の秘境」といわれ、登山者が一生に一度は訪れてみたいと願う憧れの地。その中心にある〈雲ノ平山荘〉で面白い変化が起きている。初代から小屋の経営を引き継いだ2代目主人が、山小屋を芸術が生まれる場所にするべく奮闘中だ。
かつて思索の場として多くの文筆家や写真家、画家が親しんだ山。登山がレジャーとして定着した今、多くの人が山に向かうことは喜ばしいことだが、消費的なレクリエーション一辺倒になってしまうのは寂しい。そんな想いから主人が始めたのが”雲ノ平山荘アーティスト・イン・レジデンス・プログラム”。アーティストたちが一定期間山小屋に滞在し、自然の中で自由に制作活動を行うというものだ。
写真や絵画、漫画に映像、サイエンスまで。小屋で交わされる会話は、ほかの山小屋とは少し違う。 純粋に山に登りに来た人も、アーティストたちの活動を知ることで「そんな山の捉え方があったのか」と新しい世界が開いていく。それは今まで気づかなかった自然との”かかわり方”を知るきっかけになるはずだ。〈雲ノ平山荘〉は今、多様な感性、価値観が出会う、自然と文化の交差点のような場所になりつつある。
雲ノ平山荘
標高
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〈鷲が峰ひゅって〉を「山小屋」と呼んでいいのかどうか、長い間悩んでいた。のびやかな高原が広がる霧ヶ峰。夏には爽やかな風がそよいで、気持ちのいいハイキングができる。〈鷲が峰ひゅって〉は霧ヶ峰のなかでも美しい高層湿原が広がる八島ヶ原湿原のすぐそばにある。食堂の窓からは緑が見えて、小さくシャンソンがかかっている。夜にはランプが灯り、フレンチのフルコースがゆっくりと時間をかけて供される。腕を振るうのはフランス料理店で修業を積んだご主人。これまで泊まったどんな山小屋より静かで上品な夜の時間だった。
それでも営む人自身が「ここは山小屋です」と言うのには理由があって、実はご主人は高校時代から山岳部に所属し、山に遊んだ生粋の”山男”。いつもテント泊で、ほとんど山小屋に泊まったことがなかったからこそ、憧れをもっていたそう。縁あって〈鷲が峰ひゅって〉を引き継いだとき、ここを自分の理想の山小屋にしようと決意した。
山を歩くことは自分と対話する思索的な行為だ。だからこそ山小屋もまた、静かにくつろげる場所でありたい。そんな思いが小屋の隅々から滲んでくる。山小屋のかたちはひとつではない。〈鷲が峰ひゅって〉に泊まるたび、そう強く思うのだった。
鷲が峰ひゅって
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“ゲストハウス的”という言葉にピンとくる人は、〈金峰山小屋〉を好きになると思う。宿泊客同士の距離感がほどよく、ひとりで泊まっても客や主人と自然と会話が生まれる。どんな旅をしてきたのか、次はどこへ行ってみたいのか。気づけば地図を開いて、ついつい長話をしてしまう。〈金峰山小屋〉は、そんな空気が流れる場所だ。
奥秩父は関東近郊の山の中でも歩きごたえのあるロングコースを楽しめる山域。めくるめく絶景というより、静かな山や森をつないで歩く行為は”縦走”というより”山旅”という言葉がしっくりくる。旅をしながら、偶然出会った誰かの旅の話を聞く。そしてそこからまた新しい旅が始まる。〈金峰山小屋〉で一夜を過ごす醍醐味は、そんなところにあるのかもしれない。
金峰山小屋
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ごはん自慢の山小屋は数あれど「食事が出ないからこそ素晴らしい」という小屋は少ない。会津駒ヶ岳にある〈駒の小屋〉は、そんな珍しい一軒だ。宿泊スタイルは素泊まりのみ。朝も夜も登山者たちがめいめいに食材や炊事道具を持ち寄り、大きなテーブルを囲んで食事を作る。家庭用のカセットコンロを担いできて、豪勢な鍋を作るグループがいれば、缶詰をつつきながら日本酒をちびちびやる単独行の人もいる。途中、小屋の主人が食卓に加わると、自然と自己紹介が起こり、夜が深まるにつれて、「お鍋、ちょっとどうですか?」など、お裾分けが始まることもある。そこに居合わせた人びとと、会話や時間、食事をシェアする。”山のロングテーブル”みたいだと思った。
コロナ禍の今は、そんな風景は見られないかもしれない。でもだからこそ、〈駒の小屋〉で過ごした時間が、とてつもなく豊かだったのだとわかる。山登りはひとりでもできるし、十分楽しい。けれど、その歓びを分かち合うことができれば、山はもっと素晴らしいものになる。〈駒の小屋〉は、そんな体験をさせてくれる。今日はどんな人たちが集っているか。まだ見ぬ人のために食材やお酒を担いで登る山は、いつもよりずっと心躍るものだ。
駒の小屋
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山小屋がたくさんある尾瀬は、どこに泊まろうかと目移りしてしまう。山小屋を選ぶ基準は人それぞれあると思うけれど、尾瀬でいつも必ず〈龍宮小屋〉に宿をとる理由を挙げるとしたら、「自由さ」だと思う。それは山小屋のルールが緩いということでは決してなくて、ここに泊まる人が、じつに自由に、山の時間を過ごしているということだ。
美しい高層湿原が広がる尾瀬ヶ原。尾瀬のシンボルである燧ヶ岳(ひうちがたけ)と、湿原を挟んで対峙する至仏山(しぶつさん)。〈龍宮小屋〉はその2つの山に挟まれるように、尾瀬ヶ原の中心にある。どこへ出かけるにもアクセスがいいので、ここに泊まるときは具体的な計画は立てない。朝起きて天気がよければ、少し遠出をして尾瀬沼へ。しとしとと雨が降っていたら、木道をてくてく30分ほど。見晴(みはらし)地区の山小屋に併設されたカフェでコーヒーとおやつを楽し む。ある人は日の出前に起きて燧ヶ岳の写真を撮影し、またある人は昼頃までのんびりしてスケッチに出かける。何泊もして、腰を据えて植物観察する人に出会ったこともある。
山の楽しみ方は、登ることだけじゃない。「今日は何をしていたんですか?」。そんな会話が交わされる〈龍宮小屋〉で、そう教えてもらったのだ。
龍宮小屋
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*この記事は2022年6月発売の『TRANSIT56号』をもとに作成。2023年7月時点の施設情報を掲載しています。最新情報は各施設のHPや電話でご確認ください。