旅計画をたてるうえでまず気になるのが、巡礼路を歩くのにどれぐらいの時間が必要なのかではないだろうか。
たとえばもっともポピュラーな巡礼路のひとつ「フランス人の道」は、起点となるフランス・スペイン国境近くのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーの街から終着地点のコンポステーラまで、約800kmの道のりがある。完歩しようとすると、1日20〜30km歩いた場合で5週間ほどの旅となる。欧州では1、2週間の休暇を取って一定区間を歩き、次の年にまた続きを歩くようなスタイルで巡礼する人も多い。日本からだと遠方なので、何年も通ったり、逆にまとめて何十日も休みをとろうと考えると、旅のハードルが高いように感じるかもしれない。しかし、なにも完歩することにこだわる必要はないのだ。
一方で、私自身が全ルートを歩くことにこだわっていたのも事実。やはり「サンティアゴの巡礼路を歩ききった!」と言いたいのが人情というもの。ただ距離や日数など完全に無視して自由気ままに歩いている“達人”との出会いをきっかけに、完歩することや1日に歩く距離のノルマにとらわれている自分を見つめ直す機会をもつことが、巡礼旅の本質のひとつなのかもしれない。
実際に巡礼路を歩いているときはどんなタイムスケジュールで動いているのか。参考までに、一日のタイムスケジュールの目安を書き出してみよう。
6:00……起床
起床したらパッキングを済ませて7時前に宿を出る旅人が多いが、6時前に出発する人も。夏場は日差しが強いので、早朝に出発して日が昇る前の涼しいうちに距離を稼ぐのも手。
7:00〜14:00……歩く
途中で食事したり、水分補給したりして、ひたすら次の目的地へ向かって歩く。有名な教会などがある街では、途中で立ち寄って見学することも。スペインはヨーロッパの西に位置しているが、標準時間はEUの多くの国と同じため、日の出と日の入りが遅い。夏場だと日差しがもっとも強いのは17、18時頃。この時間帯までには次の目的地に辿り着いていたほうが体力の消耗を避けられる。
14:00〜翌朝……休む
その日の目的地に到着したらアルベルゲ(巡礼宿)に行って、まずはシャワーを浴びたり、服などを洗濯。その後は、街を散策したり、バーで飲んだり、スーパーで食料を買って巡礼宿のキッチンで料理したり、夕食を食べたり、日記を書いたり、読書をしたりするなど自由に過ごす。
体力の消耗をなるべく抑えるためには、日中でも気温がさほど上がらない春(4〜6月)か秋(9〜11月)がおすすめ。ただ巡礼者の数が増えて宿が満員になることが多くなるため、事前に宿を予約しておくなどの対策が必要に。そうすると、その日の体調やムードに合わせて歩く距離を臨機応変に変更することができないため、旅の自由度は下がってしまう面も。
逆に夏(7、8月)は日中の気温が35度ぐらいまで上がるため体力の消耗は激しくなるが、春や秋よりも空いているため、私が歩いたときもラスト100kmを除いて宿の予約をしなくても問題なかった。また湿度は日本と違って低いので日陰や日没後は涼しく、夏の巡礼が極度に困難というわけではない。
私の場合、今回は7月から8月にかけて歩いたこともあり、夏休み期間中の教師や学生、学業や仕事のギャップイヤーを利用した巡礼者が多かった。年齢も、国籍もさまざまな巡礼者が一つの道を歩きながら、旅の途上で思いを共有したり、飲食をともにしながら仲良くなることができた。
冬場は日中の時間が短く、寒さが厳しく、雨雪も多いため難易度が上がる。巡礼旅において命を落とす人もいるが、多くは冬場に起きており、エクストリームな旅の経験が豊富でない人は避けるべき。また冬場は休業する巡礼宿も多いので事前のリサーチは入念に。
巡礼する時期を決めるにあたって、もう一つ大切なポイントがある。それが毎年決まった時期に開催される祭りだ。スペインでは街によってさまざまな祭りが行われるので、その土地の歴史やカルチャーを理解したり、地元民とディープな体験を共有するのによい機会となる。
今回の旅ではフランス人の道を歩き始めて3、4日ほどで到着するパンプローナで「サン・フェルミン祭」に立ち会うことができた。別名「牛追い祭り」と呼ばれ、スペインでもっとも有名な祭りの一つだ。地元パンプローナの人はもちろん、周辺地域からも、スペインのほかの地域からも、海外からも人びとが集い、白の上下の服と赤いスカーフで身を包み、酒を飲み、踊り、歌い、牛を追いかけ、牛に追いかけられ、真っ昼間も真夜中もどんちゃん騒ぎを繰り広げる。
若者のエネルギーもさることながら、家族みんなで出かけて夏のひとときを楽しみ倒す。スペイン人の人生をとことん楽しむことへかける情熱を目の当たりにできるはず。最低限のモラルは守りつつ、旅の恥はかき捨てとばかりにスペイン人と一緒に祭りで盛り上がってみては。
「あれもこれも必要」と荷物が増えがちだが、その分、荷物が重くなり歩くのはつらくなる。どれだけ必要なものを絞り込めるかが快適に巡礼旅をするための鍵。巡礼旅の荷物事情は、多くのものを背負いこむほど日々の生活が複雑になってしまう人生と相似形をなしているのも興味深い。
・歩きやすい靴
長い距離を長期間歩く巡礼旅の道具選びにおいて、とくに大事なのが靴選び。各製品の長所と短所を理解したうえで自分に一番合ったものを選びたい。
私は登山するときも愛用している〈Danner〉のマウンテンライトを履いた。このハイカットブーツは、ゴアテックスの防水加工がされているのが利点。ただ、結果的に今回の旅では夏季だったためかほとんど雨に降られなかった。
Dannerのブーツはやや重いのが難点で、多くの巡礼者は軽めのトレッキングシューズを履いていた。〈ALTRA〉や〈Topo Athletic〉は靴幅が広かったり、つま先とかかとの高低差があまりなく、素足に近い感覚で歩けるのが特徴だ。そのほか〈HOKA〉や〈SALOMON〉も人気だった。
・バックパック
バックパックは、10年ほど愛用している〈GREGORY〉のトリコニー60(64リットル)をメインに、コンパクトに折り畳める〈Patagonia〉のウルトラライト・ブラックホール・トート・パック(27リットル)をサブに使った。雨対策としてはレインカバーも必要。最近は、軽さを追求したウルトラライトギアも人気だ。私自身はフレームが入っていて荷物の重さを分散できるものを選んだ。バッグも常に進化していて流行もあるので、自分にとってベストな選択をしよう。
・ポール
持っていくことをおすすめする。ただ、写真撮影や水分補給のときに両手が不自由でストレスを感じることもあるので、メセタ(イベリアの乾燥高原)のように平坦な道では使わないなど状況に応じて使い分けよう。形態は伸縮式と折りたたみ式、素材はアルミとカーボンがある。私は、サンティアゴの巡礼路は平坦な道が多いので、折りたたみ式のカーボンを選び、コンパクトさと軽さを優先した。
・服
荷物の重量を減らすため、服は2、3日分に絞りたい。全工程を通してほとんど雨に降られないこともあるが、上下のレインウェアは必須。また、夏の日差しは強烈なので帽子とサングラスは欠かせない。
おすすめのウェアはメリノウール製のもの。何日か洗濯できなかったとしても、匂いがしづらいのは天然素材の服。一方、洗濯した後の速乾性においてはポリエステルなど人工素材のものに分がある。それぞれの特性を考えて厳選しよう。
洗濯はアルベルゲでできる。自分で手洗いする場所があることもあれば、有料で洗濯機を使えることも。夏場は晴天が多く日光も強烈なので天日干しですぐ乾く。多くのアルベルゲでは洗濯物を干す場所が設けられている。
・サンダル
歩行用の靴とは別にサンダルは必須。宿に到着したらまずはサンダルに履き替えて足をリフレッシュ。またアルベルゲでは靴を履いたまま入れないことも多い。
・寝袋
アルベルゲでは基本的に毛布はないので、寝袋は毎日使うことになる。また、事情により野宿せざるを得ない場合も起こり得るので、寝袋は必須アイテム。私は冬用の寝袋しかなかったのでそれを持参したが、夏場だと寒さを感じる場面はあまりないので、寝袋は軽めのものを持参して荷物の重量を軽くするのがベター。
・クルデンシャル(巡礼手帳)
サンティアゴ巡礼路を歩くために欠かせないアイテムが、クルデンシャルと呼ばれる巡礼手帳。アルベルゲに宿泊するには、クルデンシャルを見せる必要がある。アルベルゲ、教会、街のバル、食料品店などさまざまな場所にスタンプが置いてあるので、スタンプラリー感覚で集めるのも楽しい。巡礼旅の最後に証明書を発行してもらう際も提示が必要となる。
クルデンシャルは大きな街にある巡礼事務所で手に入れることができるほか、自国にあるサンティアゴの友の会でも入手可能。友の会のクルデンシャルは国ごとにデザインが異なるため、他国の巡礼者と交流する際に話のネタにもなる。
・お金
基本はカード払いが便利だが、キャッシュオンリーの店も多いのでユーロの現金は用意しておこう。小さな村にはATMはないので要注意。多くはないが盗難も発生している。とりわけパスポートやカードなどは肌見離さずに持っておけるようウェストポーチなどに入れておくのがおすすめ。
・地図
もっとも便利なのはサンティアゴ巡礼路のアプリ。宿の情報が見やすい「Buen Camino」や、リアルタイムで位置確認がしやすい「Camino Ninja」などを必要に応じて使い分けよう。アプリでは、次の目的地までの距離や高低差なども調べられるほか、宿の予約機能などもあって旅人目線でよくデザインされている。
サンティアゴ巡礼路では分かれ道をはじめとして、いたるところに行先を示すサインが整備されているので日中であれば迷うリスクは低い。ただ早朝や日没後、また冬場などは逐一アプリを使って現在地を確認しながら慎重に歩きたい。
慎重を期する場合は、スマホの電源が切れたときのことを想定して紙の地図も用意しよう。地図は大きめの街であれば購入できる。またスマホのためのモバイルバッテリーも忘れずに。
・ヘッドライト
暗いときにサインを見落とさないようにするためにあると便利。
・薬
どんな旅でも常備薬は大事。それに加えて巡礼は長時間歩く旅になるので、マメ防止のクリーム、マメができた場合に傷口を保護する絆創膏、日焼け止めクリームなども必ず必要になる。
・安眠グッズ
巡礼宿では同じ空間で多くの巡礼者で寝ることになるが、豪快にイビキをかく人は珍しくないし、早朝に起きる人が準備する音で目が覚めることもある。熟睡するために耳栓を使う人もいるが、私はノイズキャンセリング付きのイヤフォンを使っていた。それでも周りの音が気になる場合は、Spotifyで森の音などホワイトノイズを聞くことで快適に眠ることができた。
いろいろ用意するものの、何が本当に必要かは実際に歩いてみないとわからない面もある。しばらく歩いてみて不要な荷物が出てきたとき、荷物が増えたときに便利なのが、荷物の輸送サービス。中継地の街の郵便局(Correos)から終着地サンティアゴの郵便局へ荷物を送り、預かってもらうことができる。郵便局には段ボール箱も置いてあるし手続きも簡単だ。
また、次の目的地までバックパックを運んでくれる配送サービスもあるので、体調不良のときなど臨機応変に利用しよう。ただし、公営のアルベルゲは「自分の荷物は自分で背負うべし」という考えから配送サービスの予約や受取を受け付けないので要注意。
編集者
森川幹人(もりかわ・みきと)
編集者。『TRANSIT』副編集長を務めたのち、『週刊ダイヤモンド』で委嘱記者、デジタルエージェンシーのインフォバーンでコンテンツディレクターを務める。現在はロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズでイノベーション・マネジメントを学びながら、長期休みを利用して欧州えお中心に各地を訪問。趣味のサルサダンス歴は早20年。
編集者。『TRANSIT』副編集長を務めたのち、『週刊ダイヤモンド』で委嘱記者、デジタルエージェンシーのインフォバーンでコンテンツディレクターを務める。現在はロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズでイノベーション・マネジメントを学びながら、長期休みを利用して欧州えお中心に各地を訪問。趣味のサルサダンス歴は早20年。