ニュースでよく目にする「台湾有事」の4文字。戦争は本当に起きうるのだろうか。中国や台湾の安全保障に詳しい慶應義塾大学法学部の安田淳教授に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
Text:Takumi Okazaki Supervision: Jun Yasuda
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はじめに「台湾有事(たいわんゆうじ)」がなにかを確認しておこう。
国民党の蒋介石が台湾に逃げて、共産党の毛沢東が中華人民共和国を建国したときから、中国は台湾を不可分の領土であると主張して台湾統一を掲げているが、実際に中国が台湾に軍事侵攻をした場合のシナリオを「台湾有事」と呼んでいる。中国側は1949年に台湾の金門島に攻め入ったり、その後も砲撃戦をしたり、2000年代に入ってからも台湾付近で軍事演習を行うなど、たびたび圧力をかけている。
台湾の隣にある日本も、台湾有事が起きた際に日本の南西諸島をはじめ被害が及ぶのではないかと警戒していて、沖縄の与那国島、石垣島、宮古島などの自衛隊基地の配備に力を入れたり、自衛隊とアメリカ軍が台湾有事を想定した作戦計画が準備されていたり、日本政府が沖縄・先島諸島の住民たちの避難計画も発表している。
台湾の金門島のビーチにある壊れた戦車。金門島は中国の福建省・厦門(アモイ)からの距離がわずか約2kmに位置する島。肉眼で中国大陸も見える。
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─ ここ数年、「台湾有事」が注目を集めているのはなぜでしょう?
台湾をめぐって中国とアメリカが対峙する構図そのものは、1950年代から変わりません。
中国にとって台湾は、日清戦争に敗れて以来、日本や欧米諸国に「奪われたままになっている土地」という認識であり、毛沢東が中華人民共和国を建国したときから台湾統一を目標に掲げています。また、地政学的観点からみても台湾は中国の海洋進出に蓋をするような位置にある。だから太平洋での覇権争いにおいて、中国もアメリカも台湾を重要視してきました。
ではなぜ今、改めて話題になっているのか?
根底にあるのは、諸分野における中国の成長です。90年代までは、経済力の強い台湾に対して、中国はいわば「図体はデカいけれど貧しい」状態。台湾を統一する戦力も経済力もなかった。しかし習近平政権のもとで、経済・軍事の急成長を両立させ、アメリカにさえ対抗できるほどの国力を獲得したことが大きいと思います。
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─ では、台湾有事はいつ頃起きると思いますか?
もっともな疑問です。正直なところ「起きない」というのが私の持論ですが、理由は単純で、中国にとって現実的なメリットがないから。経済的にも軌道にのっているなかで、莫大なお金をかけて攻め込んで、国際社会から孤立して、というのは費用対効果が悪すぎる。
ではなぜ軍事演習をつづけるかというと、それ自体が目的なんです。中国には伝統的に、相手を怖がらせて自分の意のままに動かすことが最良の政治だ、という考え方があります。怖がらせて、寸止めして、血を流さずに影響力を及ぼせればそれでいいわけです。台湾に対しても常に威嚇し、独立宣言を出させないことで、「ここは中国の一部だ」というメンツを保つ。それが経済分野での上下関係にも影響します。合弁企業の設立・撤退など、中国は台湾へ強気な主張を通しています。
一方のアメリカも、台湾の安全保障にどこまで介入するかは疑問です。ソ連と覇権を争っていた20世紀後半は、台湾は共産主義に対する防波堤として極めて重要でした。しかしその時代は終わり、21世紀に入って以降、アメリカはもはや「世界の警察」ではなくなりつつあります。国民世論としても、遠くの国の民主主義を守るより自国の利益を優先すべきだという風潮が強い。中国を牽制しつつ、なるべく刺激しないという曖昧な姿勢をつづけるでしょう。
この問題に終着点があるとすれば、台湾への一国二制度(*1)の適用が現実的だと考えられてきました。しかし、香港の事例により制度自体が問題視されるなか、台湾がそれを受け入れることはまずない。となると、現在のグレーゾーン状態を100年、200年とつづけることが最善策なのが実情です。
*1……中国の一部でありながら、外交・防衛を除く分野で高度な自治を認める制度。現在、香港とマカオに適用されている。
1949年の国共内戦中に起きた台湾海峡の金門島を巡る戦闘「古寧頭戦役(こねいとうせんえき)」では、台湾側が中国側に勝利。金門島は台湾が支配することとなった。その後も、1958〜79年まで、「金門砲戦」とよばれる砲撃戦も行われている。
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─ 隣国の私たちは、「台湾有事」といかに向き合うべきなのでしょうか?
台湾をめぐって米中戦争が起きたら、日本の自衛隊が戦地に向かうだけでなく、米軍基地のある日本も中国の攻撃対象となります。そう考えると 不安になるのは当然ですが、まず大切なのは、慌てふためかないこと。軍事演習も基本的にはかなり前から計画されているものなので、「なぜ今行うのか」とその意図を短いスパンで考えてもあまり意味がありません。些細な行動に対して騒ぎ立てるのは相手の思うツボです。
一方で、慣れないことも大切です。台湾をめぐる緊張状態は何十年という長いスパンになるでしょうから、国民も政治家もつい慣れてしまいます。しかし安全保障において、「何もしてこないだろう」と思い込んだときこそ、つけ込まれる危険があります。冷静さを保ちながらも、中国の行動・発言を見逃さないことが大切です。もし台湾海峡が緊迫するとしたら、台湾が独立の意思を滲ませるなど強気な戦略をとったときではないかと思います。ですからニュースを見るとき、台湾の中国に対する態度は注目ポイントです。
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安田 淳(やすだ・じゅん)
慶應義塾大学法学部教授。専門は、現代中国の軍事を中心とする東アジアの安全保障。編著に『台湾をめぐる安全保障』(慶應義塾大学出版会)など。
慶應義塾大学法学部教授。専門は、現代中国の軍事を中心とする東アジアの安全保障。編著に『台湾をめぐる安全保障』(慶應義塾大学出版会)など。