打ち金や鍛冶はロマの伝統的な職業の一つ。かつて村のそばにテントを張り、しばらく村人相手に商売をしては馬車で次の村へと移っていった。
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2025.03.27
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流浪の民のルーツをもち、現在は中・東欧を中心に世界中に散らばる少数民族、ロマ。ロマの言語であるロマニ語を研究する言語学者の角悠介さんが解説する、ロマのこと、そして旅人としてのロマに学ぶこと。
photography & text= Yusuke Sumi
「ロマ」という民族を知っているでしょうか。彼らはかつて英語圏で「ジプシー」と呼ばれていました。この呼称が日本でも一般的でしたが、現在は「ジプシー」は差別用語であるとして「ロマ」と言い換える決まりです。ロマの大半は欧州を中心として世界各国に定住していますが、独自の国をもたないため、どの国でも少数民族です。
ロマは歌と踊りが大好き。
「ジプシー」の語源は「エジプシャン」、つまり「エジプト人」です。これはかつてヨーロッパの人びとが、彼らが(小)エジプトと呼ばれていた地域から来たと考えていたからです。ところが、彼らの言語「ロマニ語」を分析すると、インド発祥のことばだということがわかりました。また、ロマニ語の語彙にはさまざまな言語からの借用語が含まれていますが、これは先祖がそれぞれの言語が話されている地域にいたことを示します。つまり、借用語を分析すると、ロマの先祖が旅したルートが大まかにわかるのです。
ロマの言語と文化には地域によって濃淡があります。西欧ではロマの言語と文化はほとんど失われています。一方、東欧には今でも民族衣装をまとい、ロマニ語を話し、古のおきてに従い、よそ者を避けながら閉鎖的な社会生活を送るロマもいます。中欧は伝統と近代性の交差点で、チェコにロマ文化博物館があったり、ハンガリーに民族衣装をモチーフにしたロマのモダンファッションがあったりします。ロマには独自の国がありませんが、国際ロマ連盟という団体がロマ民族全体をふんわりまとめているのです。
ロマは多様性を特徴としている。戸籍もなくバラック小屋に住む者もいれば、通称「ロマ御殿」と呼ばれる家を建てる者もいる。
ロマには国という概念がありません。国の概念は民族のアイデンティティにも直結しています。私は「日本で生まれて日本国籍をもっているから日本人」だと思っていますが、ロマはどうでしょう。「ロマ国籍」というのはありません。ロマは、たとえばハンガリーで生まれたらハンガリー国籍、チェコで生まれたらチェコ国籍です。しかし、どんな国籍をもとうとロマはロマです。紙に書かれた国籍や所属などただの決まりごとにすぎません。ロマは誰に何を言われ、どのように思われようと、ロマはロマだと認識しています。
ロマは昔から渡り鳥のように自由な旅人ですが、さまざまな国の政情に翻弄されてきました。第二次世界大戦中のナチスによるホロコーストもその一つで、ロマの犠牲者の数はユダヤ人に次いで多いことがわかっています。人生はいつもサバイバルです。彼らは生き残るためには「運」がもっとも大切だと考えています。このため、ロマ同士では「幸いあれ!」とあいさつをします。相手の母語であいさつするだけで、きっとお互い笑顔になれます。もしロマニ語話者と知り合う機会がおとずれたら「幸いあれ!」と言ってみましょう。
ロマといえば馬。ルーマニアのロマは今でも移動や運搬に馬車を用いている。
ロマの職業
打ち金や鍛冶はロマの伝統的な職業の一つ。かつて村のそばにテントを張り、しばらく村人相手に商売をしては馬車で次の村へと移っていった。
ロマの民族衣装
ハンガリー系住民が多いルーマニアのトランシルバニアでは、民族衣装を着て生活するロマもよく見かける。
ロマニ語で話そう!
幸いあれ!
テ アヴェス バフタロ(一人の男性に)
テ アヴェス バフタリ(一人の女性に)
テ アヴェン バフタレ(複数の相手に)
お名前は?
ソ スィティロ ナヴ
私の名前は◯◯です
ミロ ナヴ スィ◯◯
ありがとう
ナイス トゥケ
どういたしまして
ナイ ソスケ
さようなら
デヴレサ
映画『ラッチョ・ドローム』
ロマの先祖はインドを出発し、さまざまな民族の間を旅して欧州各国に移住した。彼らの足跡をインドから中・東欧を通ってスペインまで各国のロマ音楽とともに辿った音楽ドキュメンタリー。
監督:トニー・ガトリフ
1993年製作
103分/フランス
言語学博士
角 悠介(すみ・ゆうすけ)
ルーマニア国立バベシュ・ボヨイ大学日本文化センター所長・文学部講師(ロマニ語)、神戸市外国語大学客員研究員、国際ロマ連盟(IRU)日本代表・言語文化専門員ほか。ルーマニアで学士号・博士号、ハンガリーで修士号を取得。東欧を中心にロマニ語のフィールドワークを行う。著書に『ロマニ・コード謎の民族「ロマ」をめぐる冒険』(夜間飛行)など。
ルーマニア国立バベシュ・ボヨイ大学日本文化センター所長・文学部講師(ロマニ語)、神戸市外国語大学客員研究員、国際ロマ連盟(IRU)日本代表・言語文化専門員ほか。ルーマニアで学士号・博士号、ハンガリーで修士号を取得。東欧を中心にロマニ語のフィールドワークを行う。著書に『ロマニ・コード謎の民族「ロマ」をめぐる冒険』(夜間飛行)など。
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