カストロがキューバの首相に就任した日!

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カストロがキューバの首相に就任した日!

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2025.02.18

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2月16日はカストロがキューバの首相に就任した日。
 
1926年8月13日、キューバのオリエンテ州に生まれたフィデル・カストロは、ハバナ大学で法律を学んだ後、次第に革命思想へ傾倒していきました。

シエラ・マエストラ山中のカストロとその部下たち。

彼の思想の背景には、キューバの激動の歴史がありました。1902年にスペインの支配から独立したものの、戦争に介入したアメリカが実権を握り、キューバ経済を実質的に支配するようになります。砂糖などの主要産業はアメリカ企業に独占され、国内の貧富の差は拡大。こうした状況にカストロは不満を募らせていったのです。

1959年のアメリカ訪問時のカストロ。

1955年、亡命先のメキシコでチェ・ゲバラと運命的な出会いを果たしたカストロは革命軍を組織します。そして1956年に「グランマ号」に乗り込んでキューバに上陸しますが、政府軍の攻撃を受け、生き残ったのは十数名のみでした。しかし、彼らはシエラ・マエストラ山中でゲリラ戦を展開し、次第に支持を拡大。ついに1959年1月1日、バティスタ政権を打倒し、キューバ革命を成功させました。

© Jasmine Halki

首相となったカストロは、社会主義政策を次々と実施します。農地改革や企業の国有化を進めたことでアメリカとの関係は悪化し、1961年にはCIAが支援する「ピッグス湾侵攻」を撃退。さらに、ソ連との関係を強化したため、1962年に「キューバ危機」が発生し、米ソの核戦争寸前まで事態がエスカレートするなど世界中の注目を集めます。
 
1976年に国家評議会議長(国家元首)に就任した後も、社会主義体制をさらに強化。無料の医療・教育制度を整備し、国民の識字率を飛躍的に向上させるなど、社会政策を推進する一方で、反体制派への弾圧や自由の制限など、独裁的な側面が目立つようになっていきました。

© Anja Disseldorp

2006年、健康上の理由から革命の同志でもある弟のラウル・カストロに権力を移譲し、2008年には正式に引退。そして2016年11月25日、90年の生涯を閉じました。
 
「英雄」とも「独裁者」とも呼ばれるカストロ。その評価は今なお分かれていますが、彼が築いた社会主義国家のモデルとその影響は、歴史の中で語り継がれていくでしょう。

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Yayoi Arimoto

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