北は北海道から、南は沖縄まで、ひとくちに日本といっても、食べ物、お祭、習慣、自然が織りなす景色まで個性はさまざま。その土地ならではの愉しみ方は、その土地の人に訊くのが一番!そんな日本各地の地元ネタを集めたのが、この「47都道府県ローカルのすゝめ」です。
アートが地域に深く根づいている香川県。その香川のイメージをかたちづくるもののひとつに建築は外せません。今回は、丹下健三が設計した「香川県庁舎」を軸に、香川県庁瀬戸内国際芸術祭推進課の今瀧哲之さんが県庁舎の魅力と秘密を教えてくれました!
Text:Tetsuyuki Imataki Special Thanks:香川県
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前回は、“アート県かがわ”の美の源流「栗林公園」についてお話しましたが、つづいては美の殿堂「香川県庁舎」のことをお話したいと思います。
県庁舎は、戦後の庁舎建築としては全国初の国の重要文化財に指定(2022年)、アメリカのニューヨークタイムズで、「世界で最も重要な戦後建築25作品」として、シドニー・オペラハウス等とともに日本からは唯一選考(2021年)されるなどの国際的評価も得ています。2021年には、世界遺産の国立西洋美術館と同じ免振工法による耐震改修も完了し、個人的には、世界遺産登録も密かに狙っています。
なぜ香川がアートの聖地になったのか、その原点は1958年に竣工した「香川県庁舎」にほかなりません。県庁舎が起こしたアートのビッグバンの衝撃波が、世界に香川を伝えるとともに、世界から時代を代表するアーティストを引き寄せました。
建築家では、丹下健三、浅田孝、神谷宏治、大江宏、芦原義信、大高正人、黒川紀章、吉村順三、谷口吉生、山本忠司ら、アーティストでは、猪熊弦一郎、和田邦坊、イサム・ノグチ、流政之、粟津潔ら、デザイナーでは、剣持勇、ジョージ・ナカシマ、作庭家では、重森三玲、中根金作の面々です。彼らの作品は、今も多くが香川に遺り、香川の重要な文化資産となっています。
県庁舎の建設には、3人の人物が大きく関わっています。
1人目の丹下健三は、広島平和記念公園や東京オリンピックの代々木体育館などを手掛けた日本最高峰の建築家です。
香川県庁舎の設計において注目すべきポイントは、日本の伝統的木造建築をモチーフに、柱・梁の構造をコンクリートで表現したところです。当時の欧米の建築は、石造りの文化からコンクリートを主に壁として使用していたため、そのデザインの発想は画期的でした。とくにベランダを支える小梁は、五重塔などの軒を支える垂木を想起させます(垂木は隈研吾設計の新国立競技場のひさしでも採用されているデザイン)。また県庁舎の柱と大梁は清水寺等の舞台の懸造(かけづくり)をイメージさせます(懸造は2025年大阪・関西万博の大屋根でも採用)。こうした香川県庁舎の意匠・構造が、コンクリートに日本の美が宿るデザインとして、世界にも衝撃を与えました。
民主主義をテーマに県民が集う庁舎を目指して、ピロティ、ロビー、南庭も含めて1階全面を県民に開放した画期的な設計は、戦後の自治体庁舎建築のモデルとなって日本中に広がっています。皆さんのお住まいの街の市役所や役場も県庁舎に似ているかもしれません。
建物の質は階段を見れば分かると個人的に思っているのですが、県庁舎には上りたくなる階段がいろいろとあってそれも隠れた見どころです。
2人目は、香川県知事の金子正則です。
24年間(1950-1974)の在任中に、戦後香川県の基礎を創った人物で、「政治はデザイン」を信条に、当時では先進的な文化芸術による地域創りを進め、デザイン知事とも呼ばれました。「讃岐うどん」を全国区にした人物でもあります。金子は、庁舎に求めるコンセプトとして民主主義の時代に相応しい庁舎」を提示し、それに対する丹下の回答が、市民への1階部分の全面的な開放につながっています。さらに、金子の提案で瀬戸内海を一望できる屋上も一般に解放されることになり、完成後半年で、10万人を超える県民が訪れました。
3人目は、猪熊弦一郎です。
香川出身のアーティストで、金子知事の中学の先輩です。三越の包装紙「華ひらく」は、猪熊の代表作です。丹下とは、新制作派協会という美術活動団体で同志の間柄でした。
ある日、東京の街頭でばったり猪熊と金子が出会います。庁舎の設計で悩む金子に、丹下を推薦したのが猪熊です。その後、設計が丹下に決まり、丹下が大阪から香川に向かう夜行汽船に乗船した際に、丹下と金子が船の相部屋で出会い、意気投合するドラマティックな出会いを演出したのも猪熊です。
県庁舎では、そんな猪熊の作品を見ることができます。1階ロビーの中央部分4面にある壁画が猪熊のもので、タイトルは「和敬清寂」。これは、“お互いに、清らかで静かな心をもって尊敬する”という意味の茶道の言葉です。茶室に入れば貴賎上下はありませんので、猪熊のこの作品は、県庁舎の建築とともに民主主義の精神に通ずるものとなっています。
猪熊はそのほかにも、イサム・ノグチを香川に招くなど、アーティストの才能を見抜く力を発揮して、今でいう香川のアートディレクターとしても活躍します。
また県庁舎の家具も見どころです。県庁ホールには、ヤクルトの容器のデザインで有名な剣持勇デザインの家具がほぼ当時のまま残っています。ロビーやピロティのベンチなど木製家具類も美しく、こちらは丹下研究室のデザインで、製作は日本で唯一ジョージ・ナカシマの家具の生産を行っている地元香川の桜製作所によるものです。
余談ですが、建築家の伊藤豊雄は、ピロティのベンチで寝ているおじさんを見て、市民のためのピロティの意味が分かったとお話されていました。
最後に、県庁舎とアートの聖地直島との関係を少し。
映画みたいな話ですが、金子知事は、戦前に裁判官をしていた頃、過激な政治活動で逮捕された三宅親連(後の直島町長)と法廷で対峙します。犯行動機を日本の精神を守るためと述べた三宅の言葉を契機に、判事として日本の精神や文化に対する見識の必要性を感じて学ぶなかで、芸術は目に見えない精神や思想を見えるようにする機能があること気づきます。それが県庁舎の民主主義のコンセプトにつながっていきます。
一方、三宅は戦後に直島町長となり、金子のライバルとして文化芸術よる町づくりを進めます。そのなかで、ベネッセの福武哲彦、総一郎との出会いがきっかけとなり、ベネッセアートサイト直島の活動が始まります。その後、地中美術館等の数々のアートプロジェクトをへて、それが瀬戸内国際芸術祭へとつながっていきます。
現在、県庁舎には国内外から多くの見学者が訪れています。「香川県庁舎を観光香川のシンボル」にと、丹下に語り、文化芸術による地域創りを目指した金子の願いが、夢ではなく半世紀を超えて現実のもとなった今、この思いを感慨深く感じています。ぜひこの機会に香川県庁を訪れてみてください。これからも、アートや建築など少しだけ深い香川の話をお届けしたいと思います。
香川県庁舎
住所|香川県高松市番町4-1-10
開庁時間|8:30〜17:15(土・日・祝、年末年始は閉庁)
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