本で世界を旅しよう。 そのエリアに造詣の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載。 パレスチナ・ガザ地区を拠点とする政治・軍事組織ハマスがイスラエルに越境攻撃をしかけた2023年10月7日から、イスラエル軍によるガザへの空爆、そして地上侵攻は民間を巻き込み終息の目処がたっていません。パレスチナ・ガザを知るための2作品をイスラーム映画祭の主宰者である藤本高之さんに選んでいただきました。
text=TAKAYUKI FUJIMOTO
岡真理著(みすず書房)
2023年の10月7日をきっかけにパレスチナへの関心が広まるなかで、初めて「ナクバ」という言葉を知った方も多いと思います。ナクバとはアラビア語で「大災厄、大破局」を意味し、1948年のイスラエル建国に伴い、その地に暮らしていたパレスチナ人の70万人以上があらゆる手段をもって追放された被害の総称をいいます。
そのナクバから70年目の2018年以降、岡真理さんには毎年日本で行っているイスラーム映画祭でパレスチナ映画の上映後に講演をしていただいています。本書は、パレスチナに40年以上かかわりつづけている彼女の随筆集です。パレスチナ問題が体系的に語られるわけではなく、研究者である以前に文学者である岡さんのパレスチナとのかかわり(記憶)が物語のごとく紡がれるので、「パレスチナを知る」というより、その記憶の物語を通して「パレスチナと出会える」1冊になっています。
「自分らしく」という言葉を人はよく使いますが、「自分らしく」以前に、「人間らしく」生きることさえ許されない人びとの魂の叫び。「ガザの地下鉄」とは何かが語られる最終章では、人間を人間たらしめる「抵抗」の力としての芸術の重要性を信じている著者の信念に、きっと胸が熱くなるはずです。
清田明宏著(集英社新書)
イスラム抵抗運動ハマスが主導するイスラエルへの越境攻撃に職員が関与していたとして、日本を含む10カ国以上が資金拠出を停止したことで一気にその存在が知れ渡った国連パレスチナ難民救済事業機関「UNRWA」(イスラエルは2024年4月後半時点でいまだにその証拠を提示していない)。
本書は、今回の件でUNRWAを初めて知った方にはうってつけの1冊です。世界保健機関「WHO」で約15年、感染症対策にたずさわり、UNRWAの保健局長に出向した著者が、ニュースあるいは映画でもわからない、人間が「ガザに生きる」とはどういう状況に置かれることなのかをヒューマニティあふれる筆致で伝えてくれます。ガザの人びとが抱える疾病の原因から封鎖下における社会状況を説いているので説得力も十分です。
新書で200ページもないため読みやすく、UNRWAが設立された経緯を通してナクバを起点とするパレスチナ問題の概略もある程度押さえられるので、何から読めばいいのか悩んでいる方には入口として最適かもしれません。
藤本高之(ふじもと・たかゆき)
1972年生まれ。イスラーム映画祭主宰。2015年にイスラーム映画祭を個人で立ち上げ、東京や神戸の映画館でイスラーム圏の映画を上映している。
イスラーム映画祭
HP|http://islamicff.com/index.html
1972年生まれ。イスラーム映画祭主宰。2015年にイスラーム映画祭を個人で立ち上げ、東京や神戸の映画館でイスラーム圏の映画を上映している。
イスラーム映画祭
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