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THINK EARTH
2024.10.30
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地球の表面積の70%を覆う海。そのコンディションが地球環境を担っているといっても過言ではない。
最近では温暖化により海の変化が加速し、陸上で生活をする私たちにも水位の上昇、異常気象などでその変化が身近に感じられるようになってきた。とくに魚をよく食べる日本人は、北海道でサケの代わりにブリが豊漁になったり、サンマやスルメイカの漁獲量減少といった水産資源にまつわるニュースを聞くことで海の環境が変わってきたことを実感しやすいかもしれない。
海の状態が変わると、人間やそのほかの動植物にどんな影響があるのか? 5つの"もしも"を考えてみよう。
illustration : YO UEDA / text : ALICE KAZAMA / supervision : MASAHIKO FUJII
もしも海がなかったら……? 非現実的な妄想だが、海がどれだけ偉大かを再認識するための大切な問いだ。
生命は約38億年前、”母なる海”の底にある熱水噴出孔が起源で誕生したとされている。原始の植物プランクトンは光合成をはじめ、酸素を放出し、オゾン層を形成した。有害な紫外線を防ぐオゾン層により生物は陸上での生活が可能となり、今日の私たちにつながる。
では仮に今、海が干上がり、消滅したらどうだろう。海の生物やそれを捕食していた動物はいなくなり、雨が降らなくなるため地上は干ばつに見舞われる。作物が育たないから食糧不足になるし、もちろん水不足にもなる。昼夜、夏冬の寒暖差が激しくなり過酷な環境になってしまう。生物絶滅からは逃れられないはずだ。
巨大なコンベアベルトのように地球を巡る海流は、世界の気温調整の役割も担っている。ヨーロッパはメキシコ湾流からはるばる流れてくる暖かい水のおかげで、ほかの同緯度の土地よりも比較的温暖な気候が保たれている(たとえばミラノ、ヴェネツィア、リヨンは北海道の稚内とほぼ同緯度)。もしも海流が止まってしまったら、ヨーロッパ各地が緯度相応の寒冷地になることが予測されているのだ。
海流が一定の速さを保つために大切なのが、温度と塩分。温暖化により海氷が解けて海の塩分が下がると海流が遅くなったり、あるいはストップしてしまう可能性も。1万年以上前に、グリーンランドなどの氷床が解けたことで急激に世界が寒冷化したという歴史も一説にある。
海水温が高くなると海面から大気に蒸発する水分の量が増える。台風やハリケーンは水蒸気をエンジンとして発達するので、水分量が増えるとその分、威力が増していくのだ。
近年は、地球温暖化に伴い海水温も上昇の傾向にある。これまで熱帯地域で発生した台風は、北海道に到達する前に水温が下がるため消滅していたが、海水温が高くなると勢力を維持したまま北上が可能になる。これまで台風があまりなかった地域にも影響が出始めている。
台風のパワーが大きくなると、気圧が低くなる。気圧が低いと大気の海の水を押しつける力が弱まるため、海面上昇が起きる。仮に台風の上陸が満月または新月になる大潮の時期にあたると、満潮時による高潮により被害が拡大する可能性も。
地上では永久凍土の下にあるメタンが温暖化により放出する危険性が叫ばれているが、実は海でも同様の危機が起きている。海の「貧酸素化」が原因で、海中に含まれるCO2より温室効果が約25倍もあるメタンや約298倍もある一酸化二窒素が大気に放出されてしまうというのだ。
貧酸素化の主な理由は2つある。1つは、生活排水などが海に流れ栄養過多になること。川などから流出した栄養分を餌にするプランクトンが大量発生し、その後、海底に沈んだ死骸(有機物)を細菌が分解するが、分解時に海底の酸素が大量消費される。もう1つの理由は、海水温の上昇。気体は暖かい水に溶けにくくなるため、海に溶け込んだ酸素が減ってしまうのだ。
CO2などの温室効果ガスによって排出された熱は、実は海が90%以上吸収してくれている。海は大気に比べ1000倍の熱容量をもっているからだ。
しかし近年、地上で著しい高温の空気が波のように押し寄せてくるヒートウェーブに似たような現象が、海でも起こり始め(海洋熱波)、温度を変えずに吸収できる熱の許容量を超えてしまった地域もあるのだ。水は熱を吸収する速度が大気より遅いため、海の温暖化はゆっくりと、大気より遅れて始まったのだ。
もし世界の気温上昇をパリ協定で国際的に目標としている1.5°C以内に食い止めることができたとしても、海の温暖化はすぐには止められない。2030年くらいまではどんなシナリオでも海の温暖化はつづくと予想されている。
ちなみにこのまま海水温が上昇しつづけると、今世紀末には、今沖縄に生息しているようなカラフルな熱帯魚が関東近海で獲れるようになるかもしれないともいわれている。海は大気よりも非常にゆっくり時間をかけて変化する。だから仮に今日明日、温室効果ガスの排出をゼロにすることができたとしても、これまでのツケにより海の温暖化は何十年もつづく。
海が変わった! そう思ったときにはもう手遅れかもしれない。子や孫の世代の海と地球のために、今、何ができるかを考えたい。
北海道大学大学院地球環境科学研究院の准教授。
藤井賢彦(ふじい・まさひこ)
1972年東京都生まれ。NPO法人マリンネットワークの理事も務める。九州大学理学部地球惑星科学科卒。北海道大学大学院地球環境科学研究科博士後期課程修了。『海の温暖化』(朝倉書店)編集委員、一部執筆。
1972年東京都生まれ。NPO法人マリンネットワークの理事も務める。九州大学理学部地球惑星科学科卒。北海道大学大学院地球環境科学研究科博士後期課程修了。『海の温暖化』(朝倉書店)編集委員、一部執筆。