トスカーナ南部のカステル・デル・ピアーノ。マレンマ渓谷やアミアータ山をはじめとした絵画のような美しい景観と、豊かな水源が保たれている場所。人びとは昔ながらの生活を営む。オリーブオイルやワインの産地として有名。
私たちが日常のなかで何気なく口にし、あるいは背伸びして食卓に取り入れる海外の食品たち。 海の向こうでは、唯一無二のおいしさを求めて生産者たちが愛情を注ぎつくっている。
連載第13回は、イタリア・トスカーナ南部から、クリスマスを彩る発酵菓子パネトーネのお話。
Ilustration:Hitoshi Kuroki Text:Alice Kazama
トスカーナ南部のカステル・デル・ピアーノ。マレンマ渓谷やアミアータ山をはじめとした絵画のような美しい景観と、豊かな水源が保たれている場所。人びとは昔ながらの生活を営む。オリーブオイルやワインの産地として有名。
パネトーネは、盛大にクリスマスを祝うイタリアの食卓に欠かせない発酵菓子。天然酵母による長期保存が可能で、イタリアではクリスマスシーズンの随分前から食べ始め、クリスマスが終わってもなお食べつづける。朝食の際カフェラテにつけたり、ランチ後のドルチェとして食べたり、夜のワインのおともにしたりと、この時期のイタリア人は朝から晩までパネトーネ尽くし。“大きなパン”という意味をもつだけあって、1kg以上は当たり前、大きいものだと5kgにもなる。家族全員がテーブルについてパネトーネを切り分けるシーンは、イタリアの代表的なクリスマスの光景であり、各家庭の思い出のひとコマとして存在する。
しかし、伝統的なパネトーネは家庭でつくるには手間がかかりすぎる。材料は至ってシンプルだが、パネトーネ種と呼ばれる専用の酵母を調達しなければならないうえに、丸1日以上かけてさまざまな工程をへて熟成させたり冷ましたりしなければならない。そこで家庭に代わって伝統的な製法でのパネトーネづくりを担うのがトスカーナを代表する菓子製造業、コルシーニ・ベーカリー社だ。
トスカーナ南部カステル・デル・ピアーノの、緑豊かな丘の上に工場を構える同社は、現CEOのアンドレア氏の祖父、コッラード・コルシーニ氏によって1921年に創業。彼は非常にひたむきな、アミアータ山でもっとも有名なパン職人だった。息子のウバルド氏も幼い頃から父のパンづくりを手伝い、やがてパンに加えてビスケットやトスカーナの伝統的なケーキも焼き始めた。小さな個人商店から、トスカーナを代表する有名ベーカリーへの道を築いたのはウバルド氏だった。現在はアンドレア氏を含むウバルド氏の4人の兄弟が、先代からの意志を受け継ぎ、世界のすべての人に同じおいしさを届けるため品質管理を徹底しながら経営に携わっている。同社で働く人びともこの町の出身で、みんながみんなを知っている家族のような間柄。本物の味を愛する気持ち、献身的な姿勢。同じ志をもつ者が集まっている。
トスカーナ地方はルネッサンス誕生の地。「私たちは『美』を愛する文化をもっている」とアンドレア氏。日常生活の些細な事柄、毎日の料理や食事、広く見ると生き方まで。美に対して敏感で、美を意識する生活が根づいているそうだ。
コルシーニ家の考える「お菓子づくりの美」についても聞いてみた。「コルシーニ一家はおいしいものが大好きで、みんなとても食いしん坊。よい素材を使い時間をかけてつくってこそおいしいものができると知っているから、ビジネスよりも製法にこだわってつくりつづけている。それが私たちの美学です」。大家族のコルシーニ家では、毎週日曜日には家族が揃って長テーブルで食事をするイタリアらしい習慣を大切にしている。子どもたち、孫たちにもこの美しい文化を絶やさないでほしい。そんな想いが製品への愛情にもつながっているようだ。
創業者のコッラード・コルシーニ氏を祖父にもつ、コルシーニ・ベーカリー社3代目の現CEO。兄弟とともに、とくに品質保証を大事にした製品づくりを行う。お菓子と地元への愛情たっぷり。
伝統パネトーネを現代風にアレンジ
スイーツ風アレンジも最近はポピュラーになってきている。ここでは「オレンジクリームと生クリームのパネトーネ」のレシピをご紹介。卵黄4個、砂糖150g、小麦粉60g、オレンジ1個分の果汁を泡立て器で混ぜる。鍋に牛乳 600mlとオレンジ1個の皮のすりおろしを入れて火にかけ、沸騰し始めたら先に準備したものを注ぎ、木べらで手早くかき混ぜとろみをつける。スライスしたパネトーネに完成したオレンジクリームと生クリームも塗り、ベリーをのせれば、オリジナルパネトーネの出来上がり。
コルシーニ・ベーカリー
パネトーネクラシコ
ふわっ、しっとり。空気を含んだキメ細かく柔らかな食感が、コルシーニ・ベーカリー社のパネトーネの最大の特徴。中にはドライフルーツが練り込まれていて、食べ応えがあり華やかで美しい。
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