インドを旅するのは、一筋縄ではいかないこともある。それでも一生に一度は行きたい、 はまったら何度だって行きたい、ほかに代わりのきかない唯一無二のインドを旅したい! そんなインド熱に浮かされた人たちにおくる、月刊TRANSIT「みんなのインド旅計画」。
ガンジス河にタージマハル、仏教聖地にスパイス料理。インドの魅力はそれだけではありません。
繊細で芸術的な手仕事や、世界的な建築家が残した建物など、美しくてクールなものもたくさんあるのです。
インド歴30 年超、各地の手仕事をめぐる旅をつづけるフォトグラファーの在本彌生さんに、インドとの出会いからおすすめの都市、今年の旅計画を語っていただきました。
Photo : Yayoi Arimoto
Text:TRANSIT
私が初めてインドを訪れたのは、前職で航空会社の乗務員として勤めていた1992年春。社会人1〜3年目はとくにインドが経由地になっていたので、少なくとも月に1〜2 度は行っていました。1996年からはインド赴任となった従兄弟のデリーの家に泊まれるようになり、観光地ではないようなインドの都市も訪ねるようにもなりました。当時はチベット仏教に惹かれていたので、ラダック地方やダラムサラなども訪ねましたね。
そうしたなかで、インドの見方が変わったのが、従兄弟にくっついて訪れた〈Barefoot college〉との出会いでした。ラージャスターンのティロニア村にある、創設者バンカー・ロイの思想が詰め込まれたこちらのコミュニティは、女性や農村部の人たちの地位向上を目指した、教育機関であり自立支援施設。大国インドの未知なる可能性や魅力に引きこまれていったのです。
また、デリーに半年間居をかまえているイタリア人の同僚や先輩たちがいたことも大きかったですね。インテリアやカーテンなど、インド各地の美しい手仕事に触れたのも、センスのいい友人宅でのこと。当時、まだ写真は撮り始めていなかったのですが、ブロックプリントや、カシミールのショールに出会ったことで、いつかそれらが生まれる場所を訪ねたいという憧れを抱きました。
2024年冬には、念願かなって初めてカシミール地域を訪ねました。以前は紛争の影響でなかなか立ち入ることができず、80年代までに彼の地を訪れた人たちの話を聞いては憧れていました。横尾忠則さんの著書『インドへ』でもミステリアスなナギン湖での時間が描かれていたので、益々夢は膨らんで……。実際に訪れてみると、豊かな文化の残る場所で、有意義な時間を過ごすことができました。カシミールへはこの先何度か通って、いつか本にまとめたいと思っています。
インドというと、ヒンドゥーの文化や制度がかたちづくる神秘であったり、巧みなスパイス使いの料理などといろいろな魅力がありますが、私の場合は、入り口が旅ではなくて生活に寄り添うことに直面して、そんなことにおおいに関心があったので、インドの手仕事に魅了されていったように思います。
このような理由から、毎年のようにインドを訪ね、各地で素晴らしい手仕事や文化を体験してきましたが「1週間の旅」を想定して、おすすめのルートを紹介したいと思います。
まず訪れたいのは、インド西部グジャラート州の中心都市、アーメダバード。グジャラート州は綿花の生産が盛んだったことから、イギリス統治時代に繊維産業の中心地として栄えた都市で、いくつもの紡績業を営む工場がありました。そんなアーメダバードの私のイチオシは、紡績業で財を成した家族が設立した〈CALICO MUSEUM〉という私設の美術館。綿布の通称だった「キャリコ」の名を冠しているように、布や手工芸の素晴らしい品が展示されています。
布や織物、デザインに興味をもっている方には、〈NID(ナショナル・インスティテュート・オブ・デザイン)〉という国立デザイン研究所もいいでしょう。インドでもっとも権威あるデザイン学校で、伝統的な手仕事布を用い、洗練されたデザインで注目を集めるブランド〈Maku textiles〉のデザイナーSantanu Dasも卒業生の一人です。以前拝見した〈ISSEY MIYAKE〉の展示では、インドと日本のクラフツマンシップに目を向けたブランド「HaaT」に関連して、NID にフィーチャーしていたことも印象に残っています。
また、建築の街としても知られているアーメダバードには、近代建築の巨匠、ル・コルビュジエの設計した建物がいくつか残っています。
公開されている建物としては、当時のアーメダバード市長の依頼でつくられた〈サンスカル・ケンドラ美術館〉があります。近代建築の様式を取り入れ、東京の国立西洋美術館とも共通する“成長する美術館”のコンセプトのもと設計された美術館です。
〈繊維業会館〉も気軽に訪れることができます(事前申請が必要)。こちらは1950年代、紡績業の最盛期に繊維工場のオーナーたちが設立した協会本部が置かれた場所。日除け効果のあるグリッド状のコンクリート、ブリーズ・ソレイユが採用されているなど、その土地の風土にあった機能的な設計をすることで知られるコルビュジエならではの高いデザイン性に触れられますよ。
コルビュジエ建築でいうと、ほかには個人宅で非公開のため訪れたことはないのですが、〈CALICO MUSEUM〉を所有するアシャ・サラバイさんの邸宅〈サラバイ邸〉もあるようです。フランスのサヴォア邸と並んで彼の傑作住宅のひとつに数える方もいて、見学できる機会があればぜひ伺いたいと思っています。
また、20世紀を代表するアメリカ人建築家ルイス・カーンの設計による〈インド経営大学アーメダバード校〉、コルビュジエに師事して後にプリツカー賞を受賞したバルクリシュナ・ドーシの事務所〈Sangath〉があるなど、建築に興味がある人にとって興味の尽きない街だと思います。
アーメダバードの宿泊でおすすめしたいのは、旧市街にある〈The House of MG〉というヘリテージホテル。繊維産業で成功した家族の邸宅を改装したホテルなのですが、20世紀初頭の歴史的な内装が表現されていて素敵です。
また、旧市街にはかつての紡績業に従事した人たちの歴史的な商館がいくつも残されているのですが、それらをこちらのホテルが主催するナイトツアーで見学することもできます。現地に3日間ほど滞在したら街の雰囲気も建築も十分に楽しめると思います。
アーメダバードで都市文化を体験したら、インドでもっとも西にあるカッチ地域へ。目指すのはカッチの中心都市ブージ。鉄道で7〜9時間、飛行機ではムンバイやアーメダバードから1時間ほどの移動の旅になります。フライト本数は多くないので、のんびりと列車の旅がおすすめです。
パキスタンとの国境近くに位置し、砂漠地帯でもあるカッチ。アーメダバードと同じグジャラート州ですが、その地に降り立った瞬間から随分と趣が異なることに気づくでしょう。ここは、ラバーリーに代表されるさまざまな民族が行き交う場所で、手工芸の里とも呼ばれるほど手仕事が盛んな地域。アーメダバードの美術館や土産物店で目にした民芸・工芸品が、実際につくられている様子を目にすることができます。
職人さんたちの工房がある地域はブージの中心街からは少し離れていますが、街を歩けば、そこかしこに手工芸品を売る店があり、色とりどりの手工芸品に出合うことができます。アーメダバードの〈CALICO MUSEUM〉で展示されているような品は、かつてのマハラジャが愛用していたような貴重で立派なものですが、ブージで今つくられているのは現地の人たちの暮らしから生まれたもの。手に入れられる価格帯のものもあるので、ウインドウショッピングも楽しいです。
カッチ地方の伝統的な手刺繍を活性化させるため、1969年に設立された非営利団体が運営している〈Shryujan〉では、展示だけでなく、作業をしている職人さんたちの様子を見学することができます。実際に商品を手にとって購入もできるのがうれしいですね。
以前、テキスタイルの職人として注目を集めるブジョディ氏の自宅兼工房を訪ねたことがあります。ブージの織り手の家系に生まれた彼は今、織りだけではなくて染めにも挑戦するなど勉強熱心で、志の高さに感銘を受けました。伝統的なものづくりを次世代へつないでいくために、職人さんたちのあり方も進化していることを実感します。
ブージの街を散策するだけでも胸が躍りますが、旅なれた人はブージを拠点に小さな村々を訪ねてみてはいかがでしょうか。ラバーリやアヒルなど、それぞれの民族衣装のスタイルや色使いが異なるのでとても興味深いですよ。
写真家
在本彌生(ありもと・やよい)
東京生まれ。大学卒業後、外資系航空会社で乗務員として勤務していたときに、乗客の勧めで写真を撮り始める。2006年よりフリーランスフォトグラファーとして本格的に活動を開始。雑誌、書籍、広告、展覧会で写真作品、映像を発表している。写真集『MAGICAL TRANSIT DAYS』(アートビートパブリッシャーズ)、『わたしの獣たち』(青幻舎)、また村岡俊也・著『熊を彫る人』(小学館)、奥村忍・著『中国手仕事紀行』(青幻舎)では写真を担当。
東京生まれ。大学卒業後、外資系航空会社で乗務員として勤務していたときに、乗客の勧めで写真を撮り始める。2006年よりフリーランスフォトグラファーとして本格的に活動を開始。雑誌、書籍、広告、展覧会で写真作品、映像を発表している。写真集『MAGICAL TRANSIT DAYS』(アートビートパブリッシャーズ)、『わたしの獣たち』(青幻舎)、また村岡俊也・著『熊を彫る人』(小学館)、奥村忍・著『中国手仕事紀行』(青幻舎)では写真を担当。