今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。
Photo&Text:Misato Shimizu
「スタン」とつく国が、ずっとこわかった。
戦争や情勢不安のニュースを何度も目にしてきたせいか、「スタン」という響きだけで、危ない場所だと思い込んでいた。
でも実際には、それぞれの国にどんな人がいて、どんな文化があって、どんな日常があるのかなんて、何も知らなくて、知らないのはまだしも、知ろうとしなかったこと。それが一番の罪だったなぁと、今のわたしは思う。
わたしの中にこびりついていた「スタン」の先入観を根こそぎとっぱらってくれたのが、カザフスタンだった。
全然イメージがわかないまま、カザフスタンにもサウナがあるらしいというひと言だけを頼りに、今年の4月、友人とカザフスタン最大の都市、アルマトイにやってきた。
タクシードライバーが窓の外の淡いピンク色のカリフラワーみたいな木々を指差して「日本の桜に似てるでしょ?」と言った。
翻訳アプリ越しのそのひと言で、わたしの中の先入観がふっとゆるんだ。
カザフスタンにきて驚いたのは「顔」と「言葉」だった。
見た目はアジア人なのに、めちゃくちゃロシア語をしゃべっている。
キリル文字の看板に、ロシア語表記のメニュー。タクシーの配車アプリもロシア製の「ヤンデックス ゴー」。
アジアでロシアで、ロシアでアジア。わたしの脳が少しバグった。
そうなってくると(?)ロシアのサウナ文化だって根づいているに決まっているわけで、ひとまず、アルマトイで一番古い公衆サウナ〈Arasan Wellness Spa〉に向かった。
入口には、大量のウィスクが山のように積まれていて、みんなそれを買っていく。つまり、マイウィスク。日本ではまだあまり馴染みがないけれど、これで自分の体を叩いたり、互いに叩き合ったりする。
マイウィスクを手にだだっ広い館内を進み、更衣室で裸になって、2階建ての大浴場に進む。
一番大きなサウナ室の扉を開けると、パンパンに詰め込まれていた熱気と蒸気が一気に飛び出してきた。
焼却炉みたいなでっかいストーブが容赦ない熱を生み出しているのが一目瞭然だった。
奥の方から、おばちゃんたちがバシバシとウィスクで体を叩き合う音が響き、そのビートにつられてわたしの心も踊りだす。
ここにきている人たちは、所作の全てに迷いがなくて、みんなサウナを知っている顔つきをしていた。
この街には、もっとサウナが潜んでいる。ここにきてわたしは確信した。(根拠のない自信)
サウナから上がるやいなや、浮かれてGoogleマップを開き、早速検索をしてみるものの、思ったよりもヒットしない。
あるっちゃあるけど、こんなもん?って感じで、あの玄人たちの顔付きと件数が、全然比例しなくて、少し残念に思った。(わたし個人の体感調べ)
残念に思っていても、旅はつづく。
散歩好きにはもってこいの広々とした道を歩き、行く先々で馬肉ステーキを食べ(カザフスタン人はオオカミの次に肉を食べるといわれている)、「FIKA」という北欧風のカフェでおいしいパンとコーヒーを毎日食べた。
気づけばもう帰国前夜。ベットに寝転びながら、諦めきれずもう一度Googleマップを開いて「sauna」「banya」と検索する。でもやっぱり、昨日も一昨日も見つけたサウナばかりだった。
もう打つ手がないのか。そう思った瞬間、頭に閃光が走った。
カザフスタンの言語=ロシア語。
あわててロシア語の綴り「баня」をコピーして、Googleマップに貼りつける。クリックすると、RPGのダンジョンのマップを見つけたときみたいに、これまで姿を見せていなかったサウナがいくつも現れた。
まじかと思った。
そりゃそうだ。日本だって「sauna」と「サウナ」じゃ検索に引っかかる施設も数もまるで違う。
明日帰る身としては、嬉しいのに切ない情緒が揺れて落ち着かない。
それでも指は止まらなくて、マップに現れたサウナを一つずつクリックしていく。
そして、ついに気になるサウナを見つけてしまった。
サウナへの執着と歓喜で溢れた投稿がギチギチに詰まったインスタグラムのアカウント。
まさにわたしが求めていたサウナで、サウナビトだった。
明日のフライトは18時。
貸切で入るこのサウナ施設は、午前の部と午後の部に分かれていて、午前なら行ける。絶望からの希望。
慌てて連絡をすると、明日はもう予約がいっぱいだと即レスがきた。(絶望)
「サウナが大好きな日本人で、明日帰らなくちゃいけないんです」と、恥ずかしげもなく打ち込むわたし。
返ってきたのは、それでも無理だという現実。団体客の貸切だからどうあがいても席はない。なんでもっと早く気づかなかったのか、悔しさがじわっと滲んだ。
すぐに次の通知が届いた。
「サウナが好きなきみに、絶対このサウナに入って欲しいから、また来てね!」
このレスポンスの速さと熱量。もう絶対にわたしと同じ、サウナクレイジー。
「絶対行きます!」
全身の熱量をこめて返信した。
「オッケー!いつ?」
はやっ!て、思わず笑ってしまった。
「スタン」がつく国がこわかったのが懐かしく思えた。
思い込みは、いつだって旅に負ける。
負けたあと、わたしはなんだか誇らしかった。怖がるだけで知ろうとしなかった自分を、やっと追い越せた気がしたから。
思い込むくらいなら、飛び込むほうがいい。
水風呂だって、「冷たい」と思い込むからためらっちゃうわけで(実際、冷たいけど)、考える前に飛び込めば、もうそれ以外ないってくらい気持ちいいんだった。
後ろ髪をひかれながらわたしは帰りのフライトで、絶対にもう一度カザフスタンに行くことに決めた。(年内希望。誰か空いていますか?)
俳優/タレント
清水みさと(しみず・みさと)
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
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