今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。
Photo&Text:Misato Shimizu
わたしにとってノルウェーは、ずっと村上春樹の『ノルウェイの森』だった。
タイトルの由来はビートルズの曲だし、舞台は東京の街角で、ノルウェーとはぜんぜん関係ない。
なのにわたしは、曖昧で湿った森みたいなノルウェーを勝手に思い描いていた。
だから初めて訪れたとき、そのカラッとした空気の爽快さに面食らって、「現実!」となった。
しかも500mlの水が700円して、もう一度「現実!」となった。
ノルウェーは世界でも有数の物価が高い国で、ノルウェーでビートルズの『ノルウェーの森』を聴くと、「甘くみるな、現実は厳しいぞ」と歌っているように聞こえた。(本当の和訳は知りません)
まずは首都のオスロを散策。すると、海にボートがぷかぷか浮かび、煙突からもくもく煙がのぼる光景が現れた。まさかと思ったら、やっぱりサウナだった。
サウナを終えた若者たちが、ためらいもなく海へ飛び込んでいく。すぐ横はふつうの道路で、その向こうには美術館。仕事へ向かう人や、デート中のカップルが行き交うすぐそばで(そしてわたしの横で)、サウナと日常が同じ地平にあった。
なんだかその奇跡が、このノルウェーにいるとすごく自然に思えて、「ノルウェー」という名を作品に刻みたくなる気持ちまでなんとなくわかるような気がした。
そしてオスロから車で約2時間。
突然あらわれたガラス張りの巨大スパ施設〈Farris Bad〉。唯一無二のサウナ体験ができると聞いていたここが、今回のサウナ旅の目的地だった。
建物に近づくと、海に向かって伸びる不思議な階段が目に入った。用途不明のトマソン建築?と思ったけれど、もしかしたらサウナから水風呂(海)に入るためのアプローチなのかもしれない。想像するだけで胸が高鳴った。
チェックインを終えてロビーに降りると、オーナーのラッセが歓迎してくれた。
着いて早々、ラッセはサラッと「サウナは精神の旅だよ」と言った。
はじまりからいきなり核心を突かれて、これから待つサウナ体験にもやっぱり胸が高鳴った。入る前から高鳴りすぎて大変である。
ここには10種類のサウナがあり、朝から夜まで多彩なサウナプログラムが用意されている。
もちろん強制ではなく、自分が入りたいプログラムを選びながら、その日のスケジュールを組み立てていく。
「Good morning aufguss」で目を覚まし、「Good night aufguss」で終わる一日。
サウナだけで一日が完結するなんて、ちょっと修行じみているけれど(とはいえレストランもあり、おいしいごはんが食べられる)、そういう一日のかたちがあることがすごくおもしろかった。
ちょうど夕方。
一番広いサウナ室でアウフグースが始まる時間だった。
サウナマスターのジェロームは、自分で育てたハーブでつくったアロマオイルやお香、ウィスクを手に、香りと蒸気を部屋いっぱいに広げていく。熱に包まれて目を閉じると、どこでもドアをくぐったみたいに、別の場所へ連れていかれるようだった。
彼のアウフグースには、一朝一夕では身につかない包容力があった。タオルさばきの技術を超えて、心身を研ぎ澄ませながら人を導いているのが伝わってくる。
庭で摘んだハーブも、自家製のはちみつも、全部自分でこしらえるという。はちみつって、蜂の巣から採取するあれですよね?と内心つっこみながら、ここまで生活ごとサウナに捧げている人を見たことがなかった。
〈Farris Bad〉のオーナーのラッセと、サウナマスターのジェロームは、「人を幸せにするためにサウナをやっている」と言った。
わたしが知っているサウナは、汗をかいてスッキリ、ととのってハッピー、もっと軽快で即効性のある気持ちよさだった。
二人の言葉にはずしりとした重みがあるのに、ときに風のように軽い。崇高なのかと思えば、次の瞬間、親父ギャグ寄りのブラックジョークで笑わせて、あぁ、この人たちは隙すら差し出してくれるのかと、その人間力の高さに感嘆した。
水風呂は海だった。サウナのすぐ横にある階段を降りると、浜辺が広がり、素足で砂浜をザクザク歩いて海に飛び込む。
穏やかな波に体をゆだね、砂浜に寝転がる。
波の音を聞きながらぼけーっと空を眺めていると、自分と自然が直結していくのがわかって、なんて美しい1日なんだろうと思った。
翌朝、「Good morning aufguss」のプログラムに参加した。
コーヒーの苦味と、フレッシュな柑橘の香りが広がり、熱と香りで目覚めさせてくれる新しい朝。
サウナの横にある、海へ直結する階段を降りていく。昨日まではトマソン建築だったけど、今朝は水風呂(海)へと導く、意味のある建築になっていた。
「サウナに入って、精神の旅をする」
最初は大げさに思えたラッセの言葉が、なんだか腑に落ちた。昨日の小さな後悔も、ちょっとした悲しみも、いちいち名前をつけなくたって、汗になって消えていく。
わたしにとって「ノルウェイの森」は、小さな旅への入り口だった。熱と香りと蒸気にくるまれて、心が勝手に遠出する。
思えば、本も音楽もサウナも、ぜんぶ「精神の旅」なのかもしれない。
体はここにあるのに、気づけばどこかへ連れ出されている。旅の道具は、ページだったり、メロディだったり、蒸気だったりするだけで。
俳優/タレント
清水みさと(しみず・みさと)
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
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