今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする連載です。
vol.14はシンガポールの話。
Photo&Text:Misato Shimizu
緑が多い。
初めてのシンガポールでいちばん最初に感じたことは、それだった。
空港の中も、市内へ向かう途中も、ホテルの周りも、とにかく緑が多い。
高層ビルが立ち並び、景色は圧倒的にシティなのに、思わず深呼吸をしたくなった。
シンガポールといえば、カジノ、マーライオン、マリーナベイサンズ。
そんな断片的なイメージのまま、コンクリートジャングルだと決めつけていたから、街のあちこちにある緑に、少し面食らった。しかもそれは、無造作にみえて、ちゃんと考えられて配置されている。
わたしは国そのものに対して、ずいぶん雑な理解のまま来てしまったな、と少し反省した。
年明け早々、シンガポールに来た理由は、やっぱりサウナだった。最近、イケてるサウナが増えていると聞いて、寒い季節に、あたたかい場所で、いいサウナに入れるなんて、これはもう、行くしかない。
とはいえ、シンガポールのサウナって、どんな感じなんだろう。水風呂の蛇口が、マーライオンだったりして! なんて、自分でも引くくらい安直な想像をしながら飛行機に乗っていたことを今思い返すと、本当に恥ずかしい。
サウナは、街のあちこちに、ちょこちょこと点在していた。
大きなスパ施設というよりは、ビルのワンフロアや、カフェの奥に気軽にあって、特別なものというよりも生活の延長線上にある感じがした。
どこへ行っても、たいていフィンランド式のロウリュで楽しむサウナ、水風呂は10℃以下と、ニューヨークのアイスバス文化が根づき、湯船は40℃を超える日本並みのあつ湯がある。
それぞれの国の作法が驚くほど自然に交じり合い、思わず、国境なき大浴場だ、と、ふっと浮かんだ言葉に、勝手に胸が熱くなった。
いくつもサウナを巡ったなかで、いちばんのお気に入りになったのが、市内の閑静なエリアにある〈nowhere baths〉だった。
浴室の壁も天井も丸みを帯び、弧を描くようなデザインが空間を包み込んでいる。
淡いクリーム色が、その曲線と浴室内にある植物たちをやさしく際立たせていて、これがイケてるやつだ! と、小さく声が出た。
40℃を超える湯船の窓の向こうに、緑が生い茂っているのが見えた。日本で見慣れたインフィニティチェアが置かれていて、どうやらここで外気浴をするらしい。
だめだ、ぐるっと見渡してるだけで、期待値がどんどんあがっていく。
できるだけ期待値はほどほどにしておく、という人生の教訓を思い出し、情報をごたごたと集めるのをやめて、まずはサウナに入ることにした。
20人ほどは入ることができる広いサウナ室で、ホールケーキを四等分したようなかたちをしていた。
かなり長いあいだ入りつづけていたであろう、汗だくのパンプアップ系のお兄さんが立ち上がり、ムキムキの腕で、3回連続ロウリュをした。
勢いよく蒸気が立ちのぼり、弧を描く天井に沿って隅々まで行き渡っていく。
空間そのものがどんどんケーキみたいに見えてきて、気づけば「ケーキ食べたいな」と思っていた。
窓の奥には、あとで外気浴をしながら眺める予定の緑が見えている。
茶色いサウナ室に、緑の窓。そのコントラストが、やけにきれいだった。
勢いのいいガッシングシャワーで汗を流し、アイスバスに頭のてっぺんまで浸かる。
ゆるんだ輪郭をきゅっと取り戻して、ひとまず、ケーキを忘れることに成功した。
手入れされているようでされていないような、ちょうど中間のミニジャングル。
こういう景色ほど、実はいちばん手がかかるんだよねって、勝手に心の中でありがとうを唱えた。
ととのい椅子は、みんな緑に向かって置かれていた。
ぼわんとした音楽に、ときどき本物の鳥の鳴き声が重なる。
気温は27℃とほぼ夏だったけれど、自然が多いおかげか暑さはどこかやさしくて、インフィニティチェアに身を預けていると、だんだん、うとうとしてきた。
「こけこっこー」
驚いて起き上がると、庭の脇でニワトリの親子が鳴きながら歩いている。
あまりにできすぎていて、現実なのか演出なのか、一瞬わからなくなった。(一度きりだったから奇跡)
その後もこの空間に身を預けて、サウナをひたすら楽しんでいたら、時間の感覚がわたしのなかから抜け落ちて、タイムリミットが迫っていた。
慌てて着替えをすませて受付に行くと、「ホリデー?」と声をかけられた。
正月休みを使って、サウナに入るために日本から来た、と伝えると、
スタッフさんたちは一斉に目を丸くして、「温度は? ロウリュは? 水風呂は?どう?」と、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
その様子を見て、ここは本当にサウナが大好きな人たちがつくっている場所なんだと、この施設のすべてが沁み入った。
6日間、毎日シンガポールのサウナを巡り尽くし、帰国のために空港へ向かうと、チェックインカウンターにもきちんと緑があった。
でも、もう驚かない。
ここではそれが、そうあるべき風景として、自然に受け取れるようになっていた。
東京23区より少し大きいくらいの限られた国土で、資源もないなか、どう生き延びていくかを考えつづけてきた国。
そう思うと、街にこれほど緑があり、休むことが生活のなかに自然に組み込まれている理由も、腑に落ちる。
緑は飾りではなく、贅沢でもなく、都市を健やかに保つための仕組みで、休むこともまた、効率の反対側にあるものではなく、未来をつづけるための選択なのだと、きっとこの国は知っている。
世界のサウナを巡っていると、サウナは、その国の性格みたいなものが、ぽろっとこぼれる場所なんじゃないかと思うことがある。
都市と自然、効率と余白。
どちらかを選ぶのではなく、どちらも大切にする。そんな姿勢がシンガポールのサウナから確かに、伝わった気がした。
だからわたしは、この国のサウナを未来を占うみたいに、これからもそっと覗きつづけていきたいと思っている。
俳優/タレント
清水みさと(しみず・みさと)
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。