清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.12 トルコ
「旅こそ急がば回れ」

清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.12 トルコ
「旅こそ急がば回れ」

People: 清水みさと

TRAVEL

2025.11.10

5 min read

今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする連載です。 vol.12はトルコの話。

Photo&Text:Misato Shimizu

空港で時間を持て余して、4時間が経とうとしている。
 
予定より飛行機が遅れに遅れ、アナウンスが流れるたびについ耳をそばだてては、「まだか〜」と肩を落としていた。
 
そう、トルコ。
二度行こうとして行けなかったあのトルコに、三度目こそはと意気込みこのざまだ。(vol.2vol.3参照)
 
ようやく飛行機が動き出したのは、空港に到着して6時間後、日付はとっくに変わっていた。安堵と眠気が一気に押し寄せ、わたしは機内食にも気がつかず、延々と眠った。
 
目を覚ますと、窓の外にはイスタンブールの街明かりがほんのり浮かんでいて、突如じわっと、感極まる。

あぁ、本当に来た。
三度目の正直を噛みしめながら、旅の半分を終えたような達成感が込み上げた。
 
満を持して、ついにイスタンブールに着陸した。
バックパックひとつだと、荷物を待たずに外に出られるのがうれしい。はやる気持ちには、バックパックに限るんだ。(偶然だけど)
だだっ広い空港をできるだけ早歩きして、タクシーに飛び乗った。
 
イスタンブールの街にはそこらじゅうに猫がいて、店の軒先や、道のど真ん中で、誰にも気をつかわずに伸びたり歩いたりしていた。

建物の佇まいや石畳はヨーロッパのようなのに、風は中東の匂いを連れてくる。
祈りの声、タイルの模様、スパイスの香り。
 
あらゆる文化が溶け合って、境界線がどこにもない不思議な街。
何色でもないから、何色にでもなれる街。そんなことを思いながら、その曖昧さがとても素敵に思えた。
 
まずはハマムに向かった。
オスマン帝国時代に建てられた、イスタンブールでもっとも古いハマムの一つ〈アーガハマム〉。

中に入ると、真っ先に視界に入ったのは、シャンデリアと噴水だった。
中世の貴婦人でも出てきそうな室内は、豪華なのに木の温もりもあり、妙に落ち着く空間だった。

トルコのハマムは、天井が高く、壁も床もすべて大理石でできていて、どこからともなく溢れる蒸気で室内はほどよい湿度で満たされていた。
 
中央には、熱を帯びた大きな石の台があった。
 
正方形のその台の上で、人びとが思いおもいの向きに寝そべり、じっと汗をかいている。限られたスペースに納まるよう、頭と足があっちこっちを向いていて、まるで人間パズルのようだった。
 
わたしもその人間パズルの1ピースになった。
人の足がそこそこ顔の近くにあるけれど、ハマムならがんばれる。
 
しばらくすると、不思議なくらい全身から大粒の汗が吹き出した。仰向けとうつ伏せをくり返し、ときどき冷水を浴びながら、なんとか30分ハマムに居つづけた。
 
お姉さんが長い布できめ細やかな泡を編み出して、わたしの上にのせていく。

泡のはずなのに、羽毛布団みたいに外の空気を通さない密度がある。
 
でも、少しでも動いたら壊れてしまいそうだった。なんだか、そのやわらかい儚さごとそっと抱きしめられている気がして、体の輪郭が、イスタンブールの街みたいにゆるやかに溶けていく気がした。
 
その余韻をまとったまま、夜、飛行機でカッパドキアへ向かった。
 
深夜に着いて、起きたのは朝6時。
カッパドキアの空に浮かぶ気球が見たくて、眠い目をこすりながら窓をのぞいた。この季節は風が強くて、飛ばない日も多いと聞いていたけれど、外にはちゃんと気球が浮かんでいて、わたしは小さくガッツポーズをした。

空にぷかぷかと浮かぶ、あぶくみたいな気球を見ていたら、イスタンブールでわたしを包んだ、あの泡を思い出した。
 
軽くて、やわらかくて、そっとあたためてくれた泡。
そのぬくもりを思い出した瞬間、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
 
そして、飛行機で次なる目的地、パムッカレへと向かった。
世界遺産の真っ白な石灰棚の温泉は、地球温暖化の影響で、以前にもまして、立ち入りが制限されているらしい。

自然は待ってくれないという現実を目の当たりにして、行きたい場所には、行きたいときに行かなくちゃという精神が加速した。
 
旅のしめくくりは、近くのカラハユットという小さな温泉地。

この旅で、まだサウナに入っていなかったので、サウナがある温浴施設〈Pam Thermal〉を訪れた。
 
41℃の鉄分たっぷりの茶色い温泉で、みんな熱がっていたけれど、日本人のわたしにはちょうどよかった。
露天風呂に浸かっていると、遠くから満面の笑みでグーサインをしてくる夫婦がいて、わたしもつられて笑いながらグーサインを返した。

湯から上がって、片隅にあるサウナに入った。
5人ほどが入れる小さなサウナだったけど、あるだけでありがたいフェーズなので問題なし。
 
ロウリュをしながらじっくり汗をかいていると、さっきの夫婦が入ってきた。
 
言葉の代わりに、とびきりの笑顔が先に届いて、ようやくそのとき、2人の耳が聞こえないことに気がついた。
わたしたちは、ロウリュして!とか、上は熱いね!とか、身振り手振りで伝え合い、大げさなくらい大きな笑顔で笑い合った。
 
言葉がない分、サウナ室は静かだったけど、その静けさの中でいつもの倍、汗をかいていた。

三度目の正直でようやく叶ったトルコの旅。
行けなかった時間の分だけ、わたしの中でトルコが育っていた。
 
トルコを思い出すとき、きっとわたしは、行けなかった時間のことも思い出す。
ヨルダンも、ジョージアも、ぜんぶちゃんとこの旅の一部になっている。
 
遠回りした分だけ、世界がちょっと広くなる。
 
だから、遅れてもいい。
呼ばれたときに、ちゃんと行ければそれでいいし、それがいい。
 
次はどこに呼ばれるんだろう。
 
そんなことを思いながら、今日もGoogleマップを開いてしまう。

Profile

俳優/タレント

清水みさと(しみず・みさと)

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

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Yayoi Arimoto

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