バングラデシュでグラミン銀行を創設して、貧しい人でも少額融資を受けて自立した生活を送れるようにと貢献してきたムハマド・ユヌス氏。その功績から2006年にノーベル平和賞を受賞。その後も、国内外の貧困層が抱える問題を解決するための会社を設立してきました。 "新しい文明" を創るために今も前へ進みつづける博士が、希望を込めて若い世代へ伝えたいメッセージとは。
Photo : TAKEHIRO GOTO
Text : MIKITO MORIKAWA
人類は気候変動や戦争などの危機に直面しています。世界の現状をどのように見ていますか。
ユヌス博士:このままでは現代文明は終わってしまうという、強い危機感を抱いています。現在の経済は利益を最大化することを目的としており、人間の強い欲望のうえに成り立っている。そのせいで、私たち人間は見るべきものを見ようとしない存在になってしまったように思います。私たちをおびやかしている温暖化や貧困などといった問題はすべて、人間の行動や考え方が生み出したもの。だから、これらの問題を解決して新しい世界を創るためには、人間の考え方を変えることが必要不可欠なんです。そう考えると、今の教育システムにも原因がありますね。なにせ、子どもたちに「経済や社会を今のシステムで進めていくことが一番だ」と教えているのですから。
この問題はコロナ禍が起きる前からつづいていますが、コロナ禍は状況をさらに悪化させてしまったと思います。私たちは、どうにかしてこの状況から抜け出さなければいけません。でも少し考え方を変えると、疫病といういわば自然の脅威が現代文明を一度ストップさせた今こそ、新しいエンジンで新しい方向へ向かうチャンスにも思えるのです。利益を最大化することが目的となってしまった現代文明の考え方を反転させ、人間の価値に基づいた新しい文明を一刻も早く築く必要があります。古い道をそのまま進んでいても、古い目的地にしか辿り着かないのですから。
とはいえ、最近はサステイナビリティに対する意識が社会的にも高まってきた気もしますが。
ユヌス博士:ようやく、危機的な状況であることに少しずつ気づき始めたのかもしれませんね。首脳や企業のリーダーをはじめ、世界中の人びとが持続可能性や環境破壊について話し始めています。でも正直、私にはそれらの言葉はリップサービスに聞こえます。その証拠に、彼らは議論こそするものの、ただちに行動を起こしているわけではない。その緊急性に本当に気づいてはいないのです。でも、今のままでは人類は生き残ることはできません。たとえるなら、私たちは燃え盛る家でパーティーをしているようなもの。家は燃えているのに、人間は火を消そうとも、家を出ようともしないのです。
最近では、ウクライナでの戦争により、世界中の人びとが生活に影響を受けています。一見すると二国間で勃発した地域紛争にみえますが、その影響で世界規模のインフレが起こり、不況が起こり、飢餓に直面する人もいる。どこに住んでいようと、みんなが傷を負っています。貧しい人はなおのことです。でも、そんな状況下であってさえも、私たちは何も変えようとしていないのです。
私たちは何を心がけるべきでしょうか。
ユヌス博士:何よりもまず、行動することです。我々には、これから数十年、数百年という長いスパンで取り組まなければならないことがたくさんある。だからこそ、一刻も早く行動を起こす必要があるのです。国連の気候変動枠組条約締約国会議(COP)でも、「人類には時間が残されていない」と科学者たちは再三訴えています。地球温暖化ひとつとっても、産業革命から現在までの気温上昇を1.5℃以内に抑えるためには、20~30年という長い年月がかかるだろうといわれているのです。
私自身も、新しい行動を起こしています。「CO2排出」「失業」「富の集中」という3つを世界からなくす「3つのゼロ」をスローガンとした “新しい文明” を創るため、新しい教育システムや経済構造のデザインに取り組んでいるのです。そのなかで大切にしている軸のひとつが、人びとにソーシャルビジネスの起業を促すこと。起業とは、”仕事を探す人” ではなく”仕事を創る人”になることです。
多くの人が仕事は探すものだと考えていますが、そもそも仕事とは人が創り出したもの。だから、人間にとって起業することは自然な営みなのです。雇われている立場だと、上司の指示を聞いて動くようになってしまう。人間は本来創造的な存在なのに、その創造性が失われてしまうのです。だから私は若い人びとに対して、「起業家になりなさい」と言っています。自分たちで問題解決することを考えてほしいのです。私はそのためにグラミン銀行を創設したといっても過言ではありません。
これからの時代を創る人びとへのメッ セージを聞かせてください。
ユヌス博士:今の若い世代は、人類の歴史においてもっとも パワフルな世代だと思います。なぜなら、彼らは生まれながらにして強力なテクノロジーをもっているからです。このテクノロジーの力は、これまでの人類が手にしたことのないものです。携帯電話やインターネットを使えば世界中の人とつながれます。巨大なパワーを手にしているという特権 を自覚し、どう使うのか自身に問いかけなければ いけません。
そしてもっともパワフルな世代であると同時に、この惑星の最後の世代になるかもしれません。この惑星の最後の世代になるか、新しい文明の最初の世代になるか、選択を迫られています。
あなたたちは新しい文明を建設する人です。それを成し遂げる能力もあり、準備もすでにできています。 あとは、一歩踏み出して行動するかどうか。それだけなのです。
経済学者・実業家
Muhammad Yunus(ムハマド・ユヌス)
1940年、バングラデシュ・チッタゴン生まれの経済学者、実業家。ダッカ大学卒業後、アメリカへ留学。ミドルテネシー州立大学で経済学の助教授を務める。1972年に帰国、チッタゴン大学経済学部長に就任。1983年にマイクロファイナンス(低利・無担保の小口融資)を提供するグラミン銀行を創設。農村部の貧困層の自立を支援したことから、2006年にグラミン銀行とともにノーベル平和賞を受賞する。
1940年、バングラデシュ・チッタゴン生まれの経済学者、実業家。ダッカ大学卒業後、アメリカへ留学。ミドルテネシー州立大学で経済学の助教授を務める。1972年に帰国、チッタゴン大学経済学部長に就任。1983年にマイクロファイナンス(低利・無担保の小口融資)を提供するグラミン銀行を創設。農村部の貧困層の自立を支援したことから、2006年にグラミン銀行とともにノーベル平和賞を受賞する。
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