隙さえあれば世界のサウナへ飛び出していくサウナ狂・清水みさとさん。TRANSIT.jpでも世界のサウナ連載をもつ清水さんが、今回は温泉大国アイスランドでサウナ……ではなくキャンプしました。現地から届いた旬のキャンプ体験記をお届け。
Photo : Kei Fujiwara
Text : Misato Shimizu
飛行機の窓からのぞくアイスランドは、ひたすら茶色い大地がつづき、なんだか生まれたての地球みたいだった。
© MISATO SHIMIZU
首都のレイキャビクに近づくにつれて分厚い雲が増えつづけ、窓から見えていた茶色が消えた。雲行きは怪しいけれど、わたしはうれしくて胸の鼓動が止まらない。
だって、何を隠そうアイスランドは温泉大国。わたしが行かないでどうするんだって強気な姿勢で、ずっと行きたかった念願の国。
仕事仲間でもあるフォトグラファーの藤原慶さんが、プライベートでアイスランドに写真を撮りに行く計画を立てていると、TRANSIT編集部でタイミングよく聞きつけたわたしは「行っちゃおうかな」と気安く便乗。仕事でもあり、休暇でもある境目が曖昧な旅をすることになった。
そうです。今、わたしはアイスランドにいます。
© MISATO SHIMIZU
18時、ケプラヴィーク国際空港着。どんよりとした天気のアイスランドに出迎えられたわたしたちは、レンタカーで車を借りて、レイキャビク市内のホテルへ向かった。
ごつごつとした岩肌が大地を埋め尽くす車窓に、まったく人の気配を感じない。曇り空も相まって殺風景に磨きがかかって、異国というより、間違えて異星に来てしまったみたいだった。みどり以外のネイチャーって、ものものしくてちょっと怖い。アイスランドは「自然」というより「ネイチャー」が似合う。なんでだろう、色と空気と壮大さ?そもそも違いもあまりわかっていないけど、なんだかわたしは「ネイチャー」と呼びたい。
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風呂を巡るアイスランド一周の計画を立てているわたしたちは、これから9日間滞在する。アイスランドと仲良くなれますようにと祈りながら眺めた車窓の景色は、やっぱり殺風景で、なんだか眠くなってきた。
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今回のロードトリップは、わたしも車を運転したかったので、去年オランダに行ったときに取得した国際免許を持ってきた。海外での運転はオランダ以来2度目になるけれど、アイスランドのネイチャーが想像以上のスケールで、こんな場所で運転ができるか、ちょっとだけ不安になった。
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着いて早々、夜中3時に着信があって目が覚めた。9時間の時差があるため日本はお昼の12時。申し訳ないけど、アイスランドなのですみませんという気持ちで潔く無視を決め込んだ。しかしながら圧倒的な白夜。すでに空が明るくなっていた。
わたしたちが宿泊したホテルの目の前に、アイスランドで一番高い74mの建造物、ハットルグリムス教会がそびえたっていた。わたしの部屋は教会側の最上階で、天窓がついており、窓枠いっぱいに教会が映りこんでいる。見守られているようなのに、服を着替えようとすると、妙に見られているような感覚にもなってちょっとおかしかった。画角がどアップすぎるのだ。
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それにしても今思い返すと、なんてラッキーな部屋だったんだろう。幸先のいい旅の始まりだった。
アイスランドには、大自然の中にポツンと一軒家みたいな感じで、ポツンと野風呂がいくつもある。
それらの風呂に浸かりたいのはもちろんのこと、アイスランドの圧倒的なネイチャーにどっぷり浸ってみたかった。だからロードトリップを選んだし、せっかくならと、あまり馴染みのないキャンプを大自然の中でやってみたかったので、初日にキャンプ道具をレンタルした。
© KEI FUJIWARA
アイスランドを反時計回りにロードトリップして、5日目。北のほうへ辿りついた。
たまたま見つけた野風呂のような自然の中にポツンと佇む温泉があって、地元のおじいさんがひとりで細々と管理していた。一応受付はあるけれど、ビジネス感がまったくない。誰かに気兼ねすることもなく、まるで自然そのものの一部になったみたいだった。
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気温任せの追い焚き機能が存在しない野風呂は、本日38℃。硫黄の香りが漂う温泉が身体を包み込む。毎日4〜6時間は車に乗っているので、一気に身体の力が抜けていくのがわかった。やっぱり風呂はすごい。
© KEI FUJIWARA
アイスランドには、言葉にできないスケールと、ちょっと怖くなるような静けさがあった。その中に身を置いていると、自分の存在が一気に小さくなって、でもだからこそ確かにもなるちょっと不思議な感覚もあったりする。
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目の前には特大の岩山があり、見上げればどこまでも空があり、風呂に浸かりながら、壮大なネイチャーに心が満たされていくのがわかった。
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翌日、さらに北へ移動し隣に野風呂のあるキャンプ場を見つけた。
© MISATO SHIMIZU
まずは温泉にゆったり浸かり、湯冷めする前にキャンプ場へ移動してテントを張る。
テントを立てて、風に煽られながらイスを出し、バーナーでお湯を沸かす。別の温泉施設で売っていたカップヌードルを取り出した。謎のフォー。(持参した日清のカップヌードルは、旅の2日目に食べてしまった。早い。)
湯を注ぎ、3分待つ。さっきまで出ていた太陽に特大の雲が覆い被さった。風もちょっと冷たくて、せっかく温まった身体からどんどん熱が消えていく。お湯の熱まで逃げてしまわないか心配になった。
お箸がないというとんでもないミスを犯したことに気がついて、完成間近なこともあり、慌てて木を拾って箸を見繕ってみた。
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人生で一番長い3分間を過ごし、ようやく出来上がったカップ麺のふたをめくった瞬間、湯気とともに漂ってきた香りだけでもう絶品だった。
ひとくちすすって、これが本当においしくて、「ミシュランじゃん!」と本気で思った。
旅先で食べるカップラーメンは何度も経験があるけれど、こんなに沁みたことはない。温泉の余韻と、キャンプの達成感と、アイスランドの空気ぜんぶが、スープに溶け込んでいるみたいだった。
この広すぎるアイスランドのネイチャーど真ん中に、キャンプをすることでほんの少しでも自分の居場所を作れたことがうれしかった。それにしても、湯上がりにキャンプをしながらカップ麺をすすってる自分がなんだかシュールで最高に愛おしい。
テント泊もしてみたかったけれど、気温5度、体感-2度。温泉が近くにあるとはいえ、ろくに装備もしていないキャンプ初心者のわたしにとって、5月のアイスランドで野宿なんて無理だった。だからまた夏に、リベンジしに来たい。
それでも、毎日、予想もつかない天候に翻弄されながらも、温泉のおかげで少しずつ馴染んでいく実感がある。つまり仲良くなれている?
生まれたての地球みたいなアイスランドの壮大なネイチャーに触れ、わたしの心の中に小さくて確かなスペースができた気がした。
© KEI FUJIWARA
*アイスランドではキャンプ場以外でテントを張ることや野宿をすることは禁止されています。指定場所を確認の上、ルールとマナーを守ってお楽しみください。