映画からはじまる旅。
その土地の縁の人が、現地のことを広く深く知るための作品を選びました。 映画とひととき世界旅行をしませんか?
今回の舞台は、アイスランド。
福祉や男女平等などの進歩的政策や、ビョーク、シガー・ロス、アウスゲイルなどをはじめカルチャーシーンで注目を集めています。
トピック豊富な小さな北の島国を、もう一段深く知るための映画を、アイスランド文学研究者の朱位昌併さんに選んでもらいました。
text=SHOHEI AKAKURA
ディーン・デュボア監督
冬のアイスランドにやってきて、地平線を低く移動する太陽が沈む寸前に放つ赤々しさや、そのあとにつづく夜の長さに驚く人は少なくない。昼は明るく夜は暗い地域に生まれ育ったことを幸いに思う人もいれば、灼々とした日の入りに神々の黄昏と呼ばれる北欧神話の終末を重ね合わせる人もいる。一方でふと、白夜のアイスランドが気になってくるかもしれない。日が沈まない季節の夜はどのようなものなのか、と。
シガー・ロスが2006年夏に地元アイスランドで行ったツアーの模様を収めた『Heima』には、白夜のアイスランドの静謐さが詰まっている。アイスランド各地で行われたコンサート映像には、この国の小さな首都圏の外に延々と広がる自然はもちろん、その傍らで暮らす人びとの賑わいが収められている。
とくにバンドメンバーが「特別だった」と語るアウスビルギ(Ásbyrgi)でのコンサートが秀逸だ。空に茜色を落とすだけで真っ暗闇になることがない夏の夜のアイスランドで行われた野外公演を大音量で流していると、耳のなかで小さく鳴りつづけるせせらぎのような、何かが絶えず微動している白夜の静寂が感じられる。明るい夜の平原で、頭を空っぽにして座っているだけのような、特別な時間である。
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グリームル・ハウコナルソン監督
アイスランド各地の町や村をつなぐ道中の平地や山裾のところどころに、農家が点在している。本当に人がいるのかと訝しんでしまうが、そういった場所で暮らす人びとのことが気になったら、映画『ひつじ村の兄弟』を観てほしい。
アイスランド北部の人里離れた地域に、40年もの間ほとんど互いに口をきいていない二人の老兄弟が住んでいる。ともに優れた羊農家であるが、ある日、兄の羊がスクレイピーという疫病に罹ってしまう。保健所は、集落すべての羊の殺処分に加え、感染源となりうる干し草などもすべて処分する必要があり、その土地で新たに羊を飼えるのは2年後だと告げる。生活のほぼすべてを羊に捧げてきた人びとには、ひどく残酷な通告だ。
自分の意思とは無関係にそれまでの生活を捨てざるを得ない状況は、はた目には滑稽な行為に人を駆り立てうる。どうやってこんなところで、そうまでしてなぜ、とアイスランドを旅して回ると浮かんでくる好奇や疑問の直接の答えにはならないとしても、本作を観ると、風景の一部だった農家には、代々家畜を愛し、誇りをもって己のすべてを捧げる人が住んでいるのかもしれない、と背筋を伸ばしたくなる。映画を観た後、夕食にラム肉を買った。オーブンで焼いた300gのブロック肉に敬意を払い、平らげた。
朱位昌併(あかくら・しょうへい)
アイスランド在住。詩人、翻訳家、アイスランド文学研究者。単訳書にラニ・ヤマモト著『さむがりやのスティーナ』(平凡社)。
アイスランド在住。詩人、翻訳家、アイスランド文学研究者。単訳書にラニ・ヤマモト著『さむがりやのスティーナ』(平凡社)。
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