映画からはじまる旅。
その土地の縁の人が、現地のことを広く深く知るための作品を選びました。 映画とひととき世界旅行をしませんか?
今回の舞台は、韓国。
『82年生まれ、キム・ジヨン』『保健室のアン・ウニョン先生』など、話題の韓国小説を多数翻訳している斎藤真理子さんが、韓国社会で生きる人たちの人間らしさ、たくましさを感じられるような作品を選んでくださいました。
Text:Mariko Saito
イ・ユンギ監督
ソウルに暮らす人たちの情緒がじっくりと伝わってくる、とびきり上等のロードムービーです。
ある日突然、別れた恋人から借金を取り立てようと場外馬券場に現れる元カノ。そしてのらりくらりと対応するダメ男の元カレ。元カレは一文無しなので二人は結局、借金を代わりに払ってくれる人を探して1日がかりの「集金旅行」に出かけます。ダメ男役のハ・ジョンウ、きつい性格の元カノ役のチョン・ドヨンの間にはピリピリ緊張感が走りっぱなしですが、それが次第に変化していくところが見もの。二人の演技が達者な上に、お金を貸してくれる脇役のみなさんも名演技揃い。頑張って生き、旺盛に怒り、反省するときには力いっぱい反省する率直な韓国人の姿が魅力的です。
実はこの映画、原作は平安寿子さんの同タイトルの小説ですが、原作にはないエピソードも加味されています。原作を読むと、映画では韓国らしい味つけがどのように施されているかもわかって、なおさら楽しいかもしれません。
ファン・ドンヨク監督
ある日突然、心は70歳のままで20代の体になったおばあちゃんが活躍する楽しいエンターテイメント。20歳の姿を演じるのは最近、『新聞記者』で日本アカデミー賞を受賞したシム・ウンギョンで、おばあちゃんっぽい仕草や言葉遣いと、レトロなワンピースで歌って踊るステージ姿のギャップがとてもキュートです。
一方、70歳の彼女を演じるのは堂々のおばあさん俳優ナ・ムニ。人情たっぷりですがちょっとがさつで自分勝手、息子への愛が強すぎて、息子の妻を追い詰めてしまいます。けれども徐々に、彼女が朝鮮戦争で夫を亡くし、歯を食いしばって息子を育ててきた半生記が明らかになってきて……これはもう韓国の国民的お約束の設定。
この「お約束」には、日本の朝ドラに出てくる戦争で苦労するお母さん像よりずっと強度があると思います。やっと日本から独立したのに、その5年後には悲惨な戦争を迎えたという悲劇性と、いまだに南北は分断されたままという現在性を考えればそれも当然。楽しいエンタメ映画にも歴史の重みが自然に溶け込んでいることを味わってください。
キム・ビョンウ監督
ラジオ番組の視聴者参加コーナーにテロ犯から一本の電話がかかってくる。綿密に計算されたテロ行為を、犯人と電話がつながった放送局のキャスターが実況中継報道していくというスリリングな設定のサスペンス映画です。不祥事のため左遷されていた野心家のキャスターは、この特ダネで一発逆転を狙いますが、時々刻々と状況が変化し、彼自身も追い詰められていくこのあたりの緊迫感は非常に見事です。
韓国では2014年に「セウォル号事件」が起き、修学旅行中の高校生をはじめ多くの人が犠牲になりました。その際、救えたはずの命を救えないようすがテレビで続々放映され、国民がそれをリアルタイムで目撃してしまう事態が起きました。『テロ、ライブ』はその1年前の映画ですが、振り返ればまるでこの事件の予告のようだったとある作家が語っていました。
犯人は、急速な経済成長の陰で犠牲になってきた人々の思いを背負って、国家へのテロを企てたという設定になっています。社会の不平等を見過ごすまいという倫理観は韓国の様々な文化の根底に存在する基調音です。新人監督に協力して名優ハ・ジョンウが見せた熱演も素晴らしい。
斎藤真理子(さいとう・まりこ)
1991-92年、延世大学語学堂に留学。編集者を経て、2015年パク・ミンギュ『カステラ』(ヒョン・ジェフンとの共訳 クレイン)で第一回日本翻訳大賞を受賞。そのほかの訳書に『こびとが打ち上げた小さなピンボール』(河出書房新社)ハン・ガン『誰でもない』ファン・ジョンウ『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『保健室のアン・ウニョン先生』(亜紀書房)など多数。
1991-92年、延世大学語学堂に留学。編集者を経て、2015年パク・ミンギュ『カステラ』(ヒョン・ジェフンとの共訳 クレイン)で第一回日本翻訳大賞を受賞。そのほかの訳書に『こびとが打ち上げた小さなピンボール』(河出書房新社)ハン・ガン『誰でもない』ファン・ジョンウ『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『保健室のアン・ウニョン先生』(亜紀書房)など多数。