映画で世界を旅しよう。
そのエリアに造詣の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載。
異国の文化や風景や人々について深く知るための旅はもちろん、知りたいと思う気持ちさえあれば、その扉は無限に開かれています。本や映画は、家にいながらにして世界を知る最高のツール。
TRANSIT40号のポルトガル特集で、中南部のアレンテージョ地方を旅してくれた編集者、ライター、ミュージシャンの岡田カーヤさんが、「ポルトガルの街といなかをさまよって、ごちゃまぜの文化に触れる」作品を選んでくださいました。
Text:Kaya Okada
ヴィム・ヴェンダース監督
まずはポルトガルの首都リスボンへ。
リスボン市の依頼により、ヴェンダースが監督した映画。まばゆいばかりの太陽の光と物憂げな影とをうつろいながら、リスボンの観光案内のように街のあちこちへと連れて行ってくれる。ストーリーとしては、ドイツ人の音響技師ヴィンターがリスボンの街ですでに撮影された映像の軌跡を辿って録音を行い、消えてしまった友人である映画監督の足取りを追うというプロットがあるものの、それは重要ではない。さして緊迫感なく、ゆったりとした時間のなか、瞬間瞬間にとらえた音の響きや、初めて訪れる場所へ向けられる新鮮な目線とともに、街と、記録することの深部へと近づいていく。マドレデウスの丹精な調べと、テージョ河のようにたゆたうテレーザの歌声が物語に花を添える。
ヴィンターが夜ごと読んでいる本にも注目したい。ポルトガルの現代詩人、フェルナンド・ペソアの『不穏の書』だ。この言葉をもとに、記録すること、記憶すること、映画とはなんぞやということを思考し、途中、ポルトガルが誇る映画監督、マヌエル・ド・オリヴェイラが登場して、自身の映画感まで語らせる。ともすると重たいテーマになりがちだけど、コミカルに軽妙に物語は進んでいく。見終わったあとは、まるでペソアの詩を呼んだかのように、思考の断片が体へと残る。
同じく外国人目線で、フェルナンド・ペソアを軸に町をさまよい歩く、アントニオ・タブッキ著『レクイエム』もぜひ。
アキ・カウリスマキ、ペドロ・コスタ、ビクトル・エリセ、マヌエル・ド・オリヴェイラ監督
お次は北へ。ポルトガル誕生の地であるギマランエスを舞台に、世界的巨匠が4者4様に描くオムニバス。光はもちろん、石畳、壁の色もリスボンとは異なっているので、マニアックな見方も楽しめる。ポルトガルの北と南は街のたたずまいが違っているのだ。リスボンよりも”ヨーロッパ”的な北の都市にて、カウリスマキらしい大真面目にすっとぼけている主人公のはみだし具合が、愛おしさとおかしみを誘う。この映画の公開でカウリスマキがポルトガルに住んでいたことを知り驚いたけど納得もした。陽気なのだけど、どこか影のある感じが両者をつなぐ。
ペドロ・コスタが描きつづけるヴェントゥーラは、セネガル沖の大西洋に浮かぶアフリカの島、ポルトガル語圏のカボ・ヴェルデの出身。病院のエレベーターの中で兵士の亡霊と出会い、かつての革命や国元に残してきた妻や今の生活のことが、時間を超えて語られるというシュールな設定だけど、国民の半数以上が移民として国外で働くカボ・ヴェルデという国と移民で働くことの大変さが伝わってくる。そんななかでも、歌をうたうヴェントゥーラ。世界的歌手セザリア・エヴォラを生んだこの国は、音楽にあふれる島でもあるのだ。好きだなぁ、カボ・ヴェルデ。
閉鎖した紡績工場で働いていた人たちの自分語りを撮影した、ビクトル・エリセの作品もたらまない。それぞれの人生や思い、ままならない生活がじわじわと胸にせまり、大河ドラマを観た気持ち。巨匠さすが。オリヴェイラによる肩の力の抜けた巨匠感もまたよしです。
(動画集)
それでは、ポルトガル各地の小さな村々を巡りましょうか。
1974年の無血革命まで40年間続いた独裁政権下の1960〜1970年代。すでにヨーロッパ各地では出合うことができなくなってしまった民衆音楽を求めて、フランス・コルシカ島からやってきたミシェル・ジャコメッティという民俗学者がポルトガル全土をまわりながら各地に残る労働歌、民衆歌、土地に伝わる楽器、祭礼・儀礼の音楽を採集して、フィールドレコーディングを行った。その様子を「POVO QUE CANTA(歌う民族)」という映像としてアーカイブしたものを、ポルトガルの新聞社とテレビが共同で数年前に再編してDVD化したものを、現在、テレビ局RTPのwebで公開している。
これはぜひ見てほしい。愛情あふれる目線はまるで宮本常一。村人たちに丹念に聞き取りをしながら、音楽家ではない彼らの決して上手とはいえない演奏にうれしそうに耳を傾ける。その様子をみていると、音楽ってこうして土地土地に受け継がれてきたんだなぁと胸が熱くなる。石切職人たちの歌、畑を耕すときの歌、円陣を組んで歌う男たちの歌。打楽器、弦楽器、笛、バグパイプなどの伝統楽器。細長い陶器に豚の革を貼って、真ん中を貫く棒をこすって音を鳴らす、おそらくブラジルのクイーカの元となった楽器を、複数人で合奏して低い音をぶほぶほ鳴らしている様子は笑えるし、カンパニッサという弦楽器をいなかのじいさんが自作して演奏している姿を見て、ブラジル音楽ファンはうれしそうに目を輝かせる。
なにせポルトガルはユーラシア大陸の果ての果て。半島には文化がふきだまる。古くからケルト、地中海、アフリカなどから来た習俗と混ざり合ってきた。そして、さらにはブラジルやハワイ、アジアへと渡り新たな文化へとつながる源泉でもある。そんな様子がエモーショナルに記録された貴重な映像なのだ。
編集者・ライター
岡田カーヤ(おかだかーや)
フリーランスの編集者、ライター。バンドDouble Famousではサックスやフルート、アコーディオンなどを担当し、日本各地のステージに立っている。「ポルトガルのソパ(スープ)とパン」という料理ユニット組んでイベントなどにも参加。近年はランナーとしてランニングイベントなどにも積極的にエントリーしている。2005年からポルトガル・リスボン大学に留学していた。
フリーランスの編集者、ライター。バンドDouble Famousではサックスやフルート、アコーディオンなどを担当し、日本各地のステージに立っている。「ポルトガルのソパ(スープ)とパン」という料理ユニット組んでイベントなどにも参加。近年はランナーとしてランニングイベントなどにも積極的にエントリーしている。2005年からポルトガル・リスボン大学に留学していた。
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