主権国家としてプーチンの主張を認めるわけにはいかないという姿勢。NATOの加盟に尽力しているが難航中。2025年1月にはダボス会議で「欧米各国が団結して対応すべき」と演説。アメリカに対しても 「アメリカが資金援助を打ち切れば負けるだろう」と述べ、積極的に支援の呼びかけを繰り返す。
2022年の侵攻開始以来、膠着状態がつづくロシア・ウクライナ情勢。プーチンが望む終着点とは? そして、この戦争は今後の世界にどのような影響をもたらすのだろうか。 他国の対応も含め、国際政治学者に聞いた。
text= Takashi Sakurai supervision= Tsuyoshi Goroku
なぜロシアはウクライナに全面侵攻したのか。NATO(北大西洋条約機構)を専門とし、ロシア・ウクライナ戦争にも造詣が深い合六 強氏に素朴な疑問からぶつけてみた。
「NATOは冷戦後、徐々にメンバーを増やしてきました。そのなかにはかつて旧ソ連の影響下にあったポーランド、ハンガリー、チェコ、そしてスロバキアという中欧諸国も入っています。当然、ロシアからすればおもしろくない。ウクライナのNATO加盟への動きも阻止したいわけですが、しかしそれだけでは説明できないことが多すぎるんです。そもそも、ウクライナがNATOに加盟するスケジュールはまったく見通しが立っていない状況です。それなのにここまでプーチンが反応したということ自体に違和感があります」
NATO加盟を阻止するというだけではなく、もっと大きい目的がプーチンにはありそうだという。それはウクライナをロシア勢力圏の一部として確保しておきたいという思惑だ。
「今回はムチ(戦争)だけでやっていますが、長らくムチ(内政への介入など)とアメ(ガスの値段引き下げなど)両方で、ロシアの言いなりの状態をつくろうとしてきました」
つまりウクライナを属国化したいということ。プーチンが提示した停戦交渉開始の条件がまたとんでもない。ウクライナのNATO加盟断念は大前提。ロシアが一方的に併合した4州からのウクライナ完全撤退。さらに、ウクライナの非武装化も主張している。NATOには入れない、自国の戦力で守ることも許されない。ウクライナとしては八方塞がりだ。
全面侵攻でウクライナ国民に火が付いた。侵攻当初から、80%超の国民が戦争が長引いたとしても如何なる領土も放棄してはならないと考え、ウクライナの人びとにとってこの戦争は「祖国防衛戦争」となった。それまでNATO加盟を支持する声は大多数ではなかったが、全面侵攻後は約8割が加盟を支持している。しかし、長期化する戦争によって妥協的な意見も徐々に増えはじめている。「土地をめぐる戦争ではないというところも、この戦争の特殊性だと思います。どこどこの拠点が欲しいとか、資源が欲しいとかそういう話ではないんです。だから落としどころがとても難しい。ウクライナからすれば、ロシアの属国は断固拒否ですし、ロシアからしたら、そうなるまで攻撃の手を緩めるわけにはいかないところまで来てしまっている。仮に停戦したとしても、すぐに再侵攻が行われる可能性は高いと思います」
だからウクライナとしては恒久的にロシアに侵攻されないため、NATOの庇護の傘に入りたい。NATOに加盟してしまえば、ウクライナへの攻撃=NATOへの攻撃ということになり、集団防衛というかたちでNATOは対応することになる。そうなるとロシアも迂闊には手を出せなくなる。だが一方で、NATO vs ロシアという直接的な対決構造が生まれてしまう可能性もありNATOは慎重にならざるを得ない。仮に直接対決となった場合、盟主アメリカがウクライナに直接派兵するケースも出てくるだろうし、近隣の中欧諸国はもちろん、世界中を巻き込んでいく可能性も十分にある。
プーチンの事実上の要求がウクライナの属国化なのだとしたら、ウクライナとしては受け入れるわけにはいかない。でもプーチンは曲げない。ならば抵抗を継続するしかない。妥協点が見当たらないのだ。この戦争を終わらせることができるのはもはやプーチンの意向のみ。しかしプーチンが 何を得たいのかがいまいち不明……。
なんともゾッとする話だし、今回のような横暴を許してしまえば、負の連鎖が起こりかねない。戦争というより、ウクライナの受難。そんな言葉がピッタリくる。
【ゼレンスキーの反抗】
ロシアの主張を飲めるわけがない!
主権国家としてプーチンの主張を認めるわけにはいかないという姿勢。NATOの加盟に尽力しているが難航中。2025年1月にはダボス会議で「欧米各国が団結して対応すべき」と演説。アメリカに対しても 「アメリカが資金援助を打ち切れば負けるだろう」と述べ、積極的に支援の呼びかけを繰り返す。
【プーチンの主張】
もともとひとつの国
共に歩むのは当然のこと
ウクライナがNATO加盟など言語道断。加えて非武装化も要求。同盟もダメ、自国防衛もダメ。政権交代せよ。ようは丸裸で、ロシアの言いなりになりなさいという要求だ。ほかにも国家言語としてロシア語を加えろ、道の名前をソ連時代のロシアの英雄から取った名前に戻せ、などなど控えめにいってもめちゃくちゃだ。
アメリカ
トランプ大統領は就任後2025年2月にプーチンと戦争終結への交渉開始。米国内では「政策の重心を東アジアに向けるべき」と支援に反対する声もある。
中国
基本的に静観する構えで、中立の立場を維持する。国際社会に12項目からなる和平案を提示したりもしたが、完全にロシアから離れるには貿易面でデメリットも大きい。
北朝鮮
推定約1万1000人の兵士を派遣。兵士の実戦訓練とともに、ロシアに貸しを作りたいという意図も見えるが大きな損失を出し、すでに撤退しているという情報も。
日本
中国という大国が隣にある日本としては、明日は我が身。遠くの国の出来事と傍観はできない。2024年には45億ドルの援助を行い人道的支援にも積極的。
1949年
NATO(北大西洋条約機構)設立。加盟国はGDPの少 なくとも2%を防衛費として支出するのが条件。
1991年
ソ連崩壊、ウクライナを含む15のソ連構成国が独立。ワルシャワ条約機構が解体される。
2004年
ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーがEU、バルト3国がNATOに加盟。ロシア、アメリカも介入したウクライナ大統領選挙にて親ロ派ヤヌコーヴィチの不正疑惑で抗議が起こる(オレンジ革命)。
2007年
プーチンがNATOの東方拡大を批判する。
2014年
ロシアがクリミア併合、ドンバスでの紛争が発生。
2015年
ドイツ、フランスの仲介でロシア、ウクライナ、ド ネツク、ルガンスクがミンスク諸合意に署名。
2019年
ウクライナで親欧米派のゼレンスキー大統領就任。ウクライナ憲法改正、NATOとEU加盟に向けた戦略が明記される。
2021年
プーチンが「ロシアとウクライナは同じ民族」という内容の論文を発表する。
2022年
ロシアがウクライナに侵攻開始。「ミンスク合意は当事者ではない」との立場をとる。
2024年
6月、プーチンが停戦協議開始の条件を発表。奪取した4州からのウクライナ軍の撤退などを条件に提示。