連載:NIPPONの国立公園
National Parks of Japan.
連載:NIPPONの国立公園
TRAVEL & THINK EARTH
2024.09.29
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青森県の十和田(とわだ)・八甲田(はっこうだ)と、岩手県と秋田県に広がる八幡平(はちまんたい)の2地域で構成されている十和田八幡平国立公園。そのなかでも火山の博物館ともいわれ、温泉地が多く独特の湯治文化が育まれた八幡平エリアへ、雪に閉ざされる一歩手前の秋の終わりに訪れました。ここでは、そんな十和田八幡平国立公園を巡った旅を、前編「火山の恵みを守りつづけて」、後編「変化していく混浴」に分けてお届けします。
Photo : Hinano KImoto
Text:Nobuko Sugawara(TRANSIT)
後生掛(ごしょうがけ)温泉で「子どもの頃、蒸ノ湯の湯治で健康になった」という人がいたが、その蒸ノ湯が、八幡平でもっとも古い歴史をもつ温泉だ。江戸の初期に開かれ、南部領(盛岡藩)のお殿様が湯治に来ていたのではないかといわれているという。蒸ノ湯温泉の女将、阿部恭子さんはいう。「私が嫁いできた1963年当時は湯治小屋が16棟もあって、毎日600人以上の人びとが逗留していました。蒸ノ湯村・蒸ノ湯銀座通りという名称も付くくらい、湯治客で賑わっていたんです」
しかし1973年、裏山の土砂崩れで大部分の建物が倒壊。休業を余儀なくされ、時間をかけて復興させた。「うちは標高が高く、厳しい自然環境のなかでも、この立地で自然に抱かれたお風呂をいくつも作りました。露天風呂ではなく”野天”風呂と命名したのは、私たちが自然の恵みのお湯を守り、健康を守る温泉だと区別したかったから」
何度大きな危機が訪れても、恭子さんのチャレンジ精神は衰えを知らない。「コロナ禍は本当に大変でした。でも、だからこそこれからもお風呂は増やそうと思います。まろやかで、どれだけ入ってものぼせないとお客さんには好評。良いお湯は守りつづけないと」
夜になるとクマが出るので、17時までには帰ってきてくださいと言われて野天風呂に向かう。とりあえず女風呂へ。入った瞬間はとても熱いのだが、刺激がやわらかいのか熱さにはすぐに慣れて、湯のなかで全身の緊張がとけていった。外気は冷え、お湯の煙が一段と濃くなっている。
オフシーズン、また、時間が遅いこともあり、誰もいなそうだ。混浴風呂へは小走りで30秒くらいか。人がたくさんいたら勇気がなかったと思うけど、誰もいないので行ってしまえ。ほかほかの身体をバスタオルに包み、お風呂からお風呂へとつっかけサンダルで走る。ざぶんと野天風呂へ。遮るもののない、雄大な自然のなかで白濁のお湯に体を沈める。この解放感はなかなか味わえない。
湯治だけでなく、混浴施設が多く見られるのも八幡平エリアの特徴だ。”混浴風呂”は、現在の法律では新設することができず、一度やめてしまったら復活させることはできない。時代の流れにしたがって年々減少している混浴だが、そのスタイルを今もこのエリアで守りつづけているのが蒸ノ湯温泉と藤七温泉だ。
藤七温泉を経営する阿部孝夫さんは「最高のロケーションで入れるお湯だから、女性からも男性からも要望が多いのです」と話してくれた。
絶景温泉を、誰でも平等に。性別関係なく、裸を見られることなく、というニーズに応えたのが湯浴み着やバスタオル着用である。藤七温泉のバスタオル使用は年々増えているようだ。前出の、蒸ノ湯温泉の恭子さんもいう。
「湯治が盛んだった頃は、男女関係なくマナーもモラルもありました。現代でそれが低下しているなら悲しいけれど、混浴は日本の温泉の伝統文化ですから残していきたい。そのためなら湯浴み着もバスタオルもいいと思うんです」
アイスランドのブルーラグーンで見たシーンを思い出す。ヒジャブを被ったイスラームの女性も楽しめる温泉。多幸感に満ちたその風景は、広い空と大地、温泉が作り出したものだった。
日本人の温泉への欲求はたくましいと思う。伝統を守るために新しさを受け入れる柔軟さも。冬は雪に眠るこの土地も、季節が巡ればまた癒やしを求めに温泉へやってくる人を迎え入れる。
本記事はTRANSIT58号より再編集してお届けしました。
日本の国立公園
北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
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環境省・日本の国立公園