連載:NIPPONの国立公園
National Parks of Japan.
連載:NIPPONの国立公園
TRAVEL & THINK EARTH
2024.11.14
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原始の自然環境が多く残る知床半島には多種多様な生物が棲み、 海から森、空へと命をつなぐ豊かな生態系がある。 流氷が辿りつく、日本唯一の土地がもたらす恵みを追った。 知床の旅を前編「羅臼岳を登って」、後編「ヒグマとの遭遇」に分けてお届けします。
Photo : Gentaro Ishizuka
Text:Nobuko Sugawara Supported by THE NORTH FACE Special Thanks: Satoshi Tsukahara
大地の行き詰まり「シリ・エトク〈sir-etok〉」とアイヌの人たちが呼んだ知床だが、乾いた空気と清々しい風が吹く知床の夏は、高温化が止まらない関東に比べ天国そのものである。知床は、オホーツク海の流氷が接岸する世界最南端の場所。この流氷は、冬になると、栄養分たっぷりの植物プランクトンを伴いやってくる。
これを起点として、トドなどの海獣や、海と川を行き来するサケやマス、そしてそれらを餌とする動物や鳥の命をつなぐという海と陸のライフサイクルが特徴とされている。半島という隔離された地理的条件と、北限の地という厳しさで人間からの開発を長く免れたのか、原生に近い状態の森林が保たれていることも大きい。多種多様な動植物が生息しており、シマフクロウやオジロワシ、ケイマフリなど絶滅危惧種の鳥類や、ヒグマやエゾシカ、トド、アザラシ、シャチなどの大型哺乳類も知床の住民だ。
この優れた原生環境を保護するべきだと1964年に日本で22番目の国立公園に指定され、時を経て2005年、屋久島、白神山地に次ぐ3番目の世界自然遺産として登録された。
女満別空港からウトロ方面へ向かう道中に見えた山々があまりに雄々しかったので、知床連山の最高峰である羅臼岳(標高1,661m)に登ることにした。岩尾別温泉の登山口には、知床連山のルートマップがあり、ヒグマの出没情報が公開されている。それを見ていると、毎日ではないが週3~4日くらいの頻度で目撃情報が伝えられていることがわかる。ヒグマに遭遇できるかもしれない。期待と不安を半分ずつ胸に、鬱蒼とした森の中を登っていく。ジグザグの急斜面を、背の低い白樺のトンネルに時折頭をぶつけながら歩きつづける。足元には黄色や赤、紫、白の花々が咲き誇り、北の地の果てにある山というイメージからは想像していなかった風景が広がる。
高度が上がるにつれ、明るい陽が射すようになった。視界が開け、背後には知床五湖の湖面とオホーツク海、その紺碧に1本の白線を残して走る遊覧船が現れる。山頂間際の激しい岩場をなんとか登り、ゴツゴツした頂上を踏む。知床半島の真ん中に立っていることがわかる。片方にオホーツク海、片方に根室海峡。国後島もすぐそばに見える。
「さっきヒグマを見ましたよ」「昨日、あのあたりに出たらしいですよ」
羅臼岳登山の道中では、すれ違う人が挨拶がわりにヒグマの情報交換をする。ヒグマは知床の海岸線から高山に至るさまざまな環境で生息しているというし、羅臼平にはフードロッカーも。復路では、「1mくらいそばにヒグマがいた。驚いたけど声を出してはダメだと思って、何食わぬ顔で進むしかなかった」という女性にも会った。驚きと恐怖と興奮が混ざった様子。自分のすぐそばにもいたのかもしれないという実感が湧いてくる。
本記事はTRANSIT49号より再編集してお届けしました。
日本の国立公園
北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
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環境省・日本の国立公園