連載:NIPPONの国立公園
National Parks of Japan.
「マングローブの木は誰が植えたのでしょう─。それは、お月様です」
潮の満ち引きによって干潟に種子が運ばれ、やがて芽を出すマングローブの成り立ちを、ユーモアを交えて語ってくれるのは、自然写真家でネイチャーガイドの常田守さん。日本で二番目に広い、約70 haの面積を誇る住用のマングローブの干潟には、ミナミコメツキガニやシオマネキなどが繁栄し、コサギやイソシギといった鳥がカニや魚などの餌を求めてやってくる。干潮時に干潟をつくるマングローブは、”命のゆりかご”なのだと常田さんは言葉をつづけた。
最大の奄美大島をはじめ、加計呂麻島、請島、与路島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島の8つの有人島からなる奄美群島。島だけに海のイメージが強いが、奄美群島が国立公園に指定されたのは、海だけでなく陸で育まれる個性豊かな生物たちにもある。特異なその自然・生態系が形成された理由は、島の成り立ちにある。
ここ奄美群島は、200万年前にユーラシア大陸から離れてできた”陸島”。食肉の哺乳類や大型猛禽類がいないため、食物連鎖の頂点がハブという珍しい生態系を有し、大陸では絶滅してしまった原始的な動物が生き残っていたり、環境に応じて独自の進化を遂げた、珍しく希少な生きものが多いのだ。 「奄美大島”本来”の森の姿を見せましょう」
そう言って、常田さんは奄美最高峰の湯湾岳を望む赤土山展望台へと連れてきてくれた。人工物が一切見えず、視界はスダジイを中心とする亜熱帯性の照葉樹林に覆われる。圧巻の光景である。スダジイの花や実は、ルリカケスをはじめとする鳥や小型動物の食料でもあるという。つまり、奄美固有の生きものたちは、この老齢の照葉樹林があるおかげで、生命を育めているのだ。湯湾岳へと向かう林道を車で進むと、途中で何度か「ルリカケス!」と常田さんが声をあげた。飛び立つ姿だが、たしかに尻尾は見えた。ギャーギャ ーという鳴き声は、重低音を響かせたものだった。
沢沿いの道に入ったところで、常田さんが車を停める。沢のほうに下りていくと波打つ形状の植物が現れた。シマオオタニワタリだ。なんと環境省のレッドリストにも指定されている希少種が、ここには千株ほど群生しているという。シマオオタニワタリがおもしろいのは、大きく広がる葉で他の樹木の落ち葉を受け止め、それらを栄養に木や岩に着床して生きるという特性だ。「アマミトゲネズミはね、ハブの一撃を逃れるためにジャンプして進化したんです。マングローブだって、海水が混じるデルタ地帯という条件下で繁栄するために、根で酸素をとったり、発芽の可能性を高めるための種の形になったり、進化を遂げている。人間だけがね……」
奄美群島の生きものたちの個性やスゴさを語りながら、常田さんは言葉をつまらせた。ひたすら山を歩き、40年フィールドワークしてきが、実は奄美大島には厳密には原生林はないという。 1930年代から線路の枕木として、戦後はチップ材のために森林が伐採されてきた歴史があるのだ。さらに近年は、外来種にも悩まされている。ハブ対策で放たれたマングースがその代表だが、山々を桃色に染めるヒカンザクラや道路沿いを彩るハイビスカスも例外ではない。困ったものですよ、と苦笑いする。照葉樹の森が破壊されていくこと、生態系が崩れていくことに常田さんは危機感を抱いている。奄美には保護しなければいけない、地球上で唯一の遺伝子がたくさんあるのだと語気を強めた。
それにしても、存在は近くに感じるものの、ルリカケスの姿をとらえることができない。広大な森の中にいては観察も撮影もしづらいということで、午後、再び、自然観察園へ。すると、到着して15分ほどで、常田さんの足が止まる。一点を見つめる視線の先の落ち葉に目を凝らすと、落ち葉にまぎれるようにして小さな鳥がいた。
「オオトラツグミ。運がいいですよ」と常田さん。こちらは奄美大島のみに生息する国の天然記念物の野鳥で、かつては”幻の鳥”と呼ばれたほど個体数の少ない鳥だという。さらに10分後、再び常田さんの足が止まる。そーっと近づき、木陰のほうを見やると、なんと赤い羽根の可愛らしい鳥。アカヒゲだ。こちらも国の天然記念物。どうやって探すのかを尋ねると、もちろん鳴き声で判別して探したりもするが、木の葉がこすれる音や、揺れる葉をみるのだという。その先に歩く鳥や、木陰で休む鳥を発見できるというわけ。
結局、ルリカケスの姿を写真に収めることはかなわかった。「宿題ですね」と常田さん。そうだ、ギャ ーギャーという鳴き声はおぼえたし、森の歩き方も学んだ。双眼鏡を手に入れて、次はルリカケスを写真に収めよう。
幸いにもルリカケスは里山で観られることもあるという。しかし、森林伐採の影響で個体数が激減し、かつては60羽ほどしか生息されないと報告されたオオトラツグミのように、絶滅の危機に瀕している生きものも少なくない。そして、彼らが命をつなぐのは、奄美大島本来の照葉樹林の森と、そこから流れ出た川や干潟や海。私たち人間は、自然を尊び、どう共生していくのかという宿題に向き合うべきときなのだ。
奄美群島国立公園は、多様な自然環境とそれらにより育まれた固有種や絶滅危惧種を含む希少種が生息していることが特徴だ。その理由は成り立ちにある。もともとユーラシア大陸と地続きだった奄美群島は、大陸との分離・結合を繰り返し、琉球列島が形成される過程で約200万年前に隔離される。天敵や競争相手が海峡を越えられないなか、陸域生物は島独自の環境へ適応し固有種へと進化を遂げた。その代表例が、国の天然記念物にもなっているアマミノクロウサギやアマミトゲネズミといった小型の動物。生態系の頂点となるハブ以外に捕食される恐れがなく(外来種のマングースや野生化したネコ等を除き)、大陸で絶滅してしまった種が生き残ったことに由来。鳥類や爬虫類の固有種の宝庫でもある。
本記事はTRANSIT51号より再編集してお届けしました。
日本の国立公園
北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
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