連載:NIPPONの国立公園

立山で、山岳信仰の世界に触れる。

National Parks of Japan.

連載:NIPPONの国立公園

中部山岳国立公園(後編)
立山の信仰世界と近代化

TRAVEL & THINK EARTH

2024.10.31

5 min read

北アルプス一帯を占め、中部山岳国立公園の一部である、立山連峰。現在は多くの人で賑わう立山だが、山岳信仰の代表的な場所として長く、男たちの修行の場であった。そんな中部山岳国立公園を巡った旅を、前編「極楽浄土を目指した人びと」、後編「立山の信仰世界と近代化」に分けてお届けします。

Photo : Yusuke Abe(YARD)

Text:Nobuko Sugawara (TRANSIT) Supported by THE NORTH FACE

天狗平から300~400mほど下ったところで見た幻想的なタテヤマスギ。名前はなくとも、美しく力強いスギ巨木が佇んでいる。

立山に登拝すれば極楽往生が叶うが、明治まで立山は女性禁制だったため、女性救済のために行われた布橋を渡る儀式が「布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)」。この世とあの世の境界とされ、女性は白装束に身を包み、目隠しをしてこの橋を渡ることで極楽往生を願った。

たくさんの地獄。

阿弥陀如来があらわした「浄土と地獄」とはどういうものか。
立山の信仰世界は「立山曼荼羅」に詳しく見ることができる。初めてそれに出合ったのは、立山連峰に向かうまでの、芦峅寺近くにある〈まんだら食堂〉だ。郷土料理や定食が食べられる食堂の広い座敷の壁には、額付きのものや現代風で布にプリントされたものなど、多くの曼荼羅図が所狭しと飾られ、立山信仰が今もこの地で語り継がれていることがわかった。

天狗平山荘所蔵の立山曼荼羅図。

立山曼荼羅に細密に描かれているのは立山の信仰世界だ。立山連峰、阿弥陀如来、菩薩の来迎シーンといった「浄土」と、「地獄」がびっしり表された山の麓。鍛冶屋地獄、紺屋地獄、女性がいく血の池地獄、幼い子どもがいく賽の河原があり、罪を犯したものを裁く閻魔大王がいる。罪人は、舌を抜かれたり、杵ですり潰されたり、切り刻まれたりしている。まるで地獄のデパートだ。それと同時に、開山伝説の登場人物である佐伯有頼も、矢を射られたクマもいる。

室堂付近の山中は実際に火山活動が活発で、熱湯や熱泥、有毒な火山ガスが噴出する荒涼とした風景がある。代表的な「地獄谷」以外にも、136もの地獄が立山にはあるといい、そこからこれほど豊かな地獄世界が想像・創造されていたのがおもしろい。睨む閻魔王や十王像、不気味な姥尊像。お前ははたして地獄に落とされないといえるか?そう問われているようだ。

閻魔堂で閻魔大王像の右側にある姥尊像。「おんばさま」と呼ばれ、女人救済の神として信仰されていた。

江戸時代の最盛期には、ひと夏6,000人もの人びとが、全国から登拝しに来たという。修験者たちが宿泊した日本最古の山小屋〈室堂山荘〉や、伝説が残る洞窟「玉の岩屋」、そして「地獄谷」。霊山であると意識しつつ歩くと、この地に今も息づいている山岳信仰の痕跡をあちこちに見ることができる。明治以降の近代化によって修行以外の登山が進み、立山ももちろん例外ではなかった。

白装束で歩く人は10年前くらいからほとんど見なくなったと、天狗平山荘の主人、佐伯賢輔さんは言う。私たち取材班は、この山荘を拠点に立山連峰へ足を伸ばそうとしていたが、天候がよくなかったためDVDで映画『剣岳 点の記』を見させてもらうことにした。新田次郎原作、浅野忠信主演、木村大作監督の大ヒット映画。実際に立山でロケが敢行され、〈天狗平山荘〉は俳優、スタッフたちの宿泊所のひとつでもあったという。

称名滝。法然上人が登拝したときに、轟音が「南無阿弥陀仏」と称名念仏を唱えている声に聞こえたことから名づけられた。落差は350mで日本一。

『剣岳 点の記』は、日本地図完成のため、未踏の地とよばれた剣岳に挑む測量師たちの1906年頃の物語だ。剣岳は立山連峰のなかでももっとも険しい、死の山ともいわれた山。登頂するために大きな役割を果たしたのが、中語といわれる山の案内人だった。1905年には日本山岳会も発足し、近代登山が幕を開けた時代でもある。明治新政府の政策により、修験を目的とした宗教としての山から、広く一般に解放されていく。外国人の登山をはじめ、それまで禁制だった女性も登山できるようになった。

信仰登拝で使用される菅笠。天狗平山荘にて。

天狗平山荘の佐伯賢輔さん。18時頃の夕景をバックに。向こうに見えるのは富山平野。

1934年には立山を含む北アルプスが中部山岳国立公園と制定され、1971年には立山黒部アルペンルートが開通し、立山連峰と人間の距離はぐっと近くなった。今年が開通50年という記念の年にあたる。立山曼荼羅を見ていると、現世と地獄に境界線はないのではと思えてくる。しかし山の中を歩くことで自分と向き合い、呼吸をすれば安穏で平和な気持ちが得られる。雷鳥荘のデッキでアイスクリームを食べながら地獄谷の噴煙を見下ろす。立山の信仰観は明治以降様変わりしたが、簡単に手にはいる、現代人にとってのちいさな極楽がここにはあった。

芦峅寺の雄山神社で。

立山駅から立山ケーブルカーに乗車し、7分ほどで終点の美女平駅に。ここからバスに乗り、室堂まで上がる。

〈COLUMN〉もうひとつの魅力、タテヤマスギ

富山の県の木は「スギ」であり、屋久島を凌駕するスギ巨木の県。 標高500~1000m付近を中心に広く自生しているスギは、積雪への耐性にも優れ、美女平エリアには「美女スギ」をはじめとして、幹周6m以上のタテヤマスギが147本も確認されている。これは天然スギが残されている日本最大の地域であり、幹周8mを超える巨木の樹齢は2000年超ともいわれている。
豪雪地帯ゆえ、幹が太く枝が大きく曲がり、独特の形をしているのが特徴。スギの巨木は江戸時代から切ってはならないことになっているといい、自治体が保全している。標高の高いところにも自生しており、標高2070mという最高標高も記録されている。立山黒部アルペンルートでは、巨木スギのところに来ると停車し、乗客に説明をしてくれる。

本記事はTRANSIT53号より再編集してお届けしました。

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