連載:NIPPONの国立公園
National Parks of Japan.
連載:NIPPONの国立公園
TRAVEL & THINK EARTH
2024.11.07
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樹齢千年を超える屋久杉をはじめ、多くの固有種をもつ屋久島は、亜熱帯に位置しながら、山間部は亜寒帯の気候を有する特異な場所だ。年間を通して雨が多いこの島で、循環する水を追いかけた。屋久島の旅を前編「黒味岳の頂へ」、後編「山、川、海へ、水めぐる島」に分けてお届けします。
Photo : Yusuke Abe
Text:Sayoka Hayashi Supported by THE NORTH FACE Special thanks: Takuya Tabira
木漏れ日がやさしく差し込んでくる。水苔に、ヒメシャラの幹に、屋久杉の倒木に。ひんやりと静けさをたたえた朝の森は、ぽつりぽつりと目を覚まし、艷やかな色を帯びていく。島の中央に鎮座する黒味岳(標高1831 m)の頂を目指して歩を進めるものの、森の美しさに目を奪われて、すぐ立ち止まってしまう。「午後からは天気が崩れるから早めに出発しましょう」。ガイドさんの助言で、夜が明けぬ前に宿を出発したものの、原始の森の中ですでに太陽はいくらか昇っていた。
本州最南端の佐多岬から65 kmの位置に浮かぶ屋久島。この小さな島の名を一躍有名にしたのは、なんといっても、1993年、日本で初めて世界遺産に登録されたことだろう。いったい何がスゴイのか、まずは屋久島の地形について触れておきたい。周囲約132 km、面積約505㎢の小島でありながら、九州最高峰の宮之浦岳(標高1936 m)を筆頭に、1800 m級の山が8座ある屋久島。低緯度ながら、山岳部では冬に雪が降るほど寒い。つまり、平地では亜熱帯、山の頂上では亜寒帯に近い気候となり、北限種と南限種が自生しながら、多くの固有の植物をもつ、日本列島の縮図ともいえる場所なのだ。そして何より、樹齢千年を超える屋久杉の存在は、圧倒的な自然の神秘を語るには十分だ。中央部には原始的な森が広がり、2012年には大部分が国立公園に指定された。
そんな森を歩いていて目に止まるのは、地表にむき出しのタコ足のような根や、隣の木に枝や蔦をからませて伸びる木、苔むした切り株やそこから芽吹く若木だ。その理由を尋ねると、森の土地は栄養分が少なく非常にやせているからだという。山間部の年間1万㎜を超える豊富な雨量は、原始の森を育んだが、急峻な土地ゆえに、土を流してしまうのだ。本州のスギの寿命は500年ほどだが、屋久杉が1000年以上生きる理由も、その成長がゆっくりだからだという。そして、熱帯から寒冷気候まで、各気候帯に生息するいくつもの種が、寄り添い共存することで種は絶えずに存続できているのだと。つまり、この奇跡とも奇妙ともおもえるバランスが、屋久島ならでは生態系を保ち、類を見ない森を形成しているのだ。
川の畔で足を休ませ、湧き水で喉を潤しながら中腹まで歩くと、視界の開けた場所に出た。そこから見えるのは、さまざまな照葉樹が織りなす緑の絨毯と、山肌から顕になった巨大な花崗岩。この花崗岩もまた、屋久島をかたちづくる大切な要素である。いや、そもそも屋久島は今からおよそ1500万年前、マグマが海底プレートを押し上げて隆起した島で、中央の山塊はすべて花崗岩の巨石で形成されているという(今でもプレートは活動をつづけ、1000年に1mほど隆起しているそうだ)。だから、山の頂上付近では、まるで巨人が運んできたかのような岩が横たわっているのだ。
ヤクザサやヤクシマシャクナゲなどの木々と花崗岩の間を縫うようにして、黒味岳の頂上に着いた。前方に宮之浦岳や永田岳をといった1800 m級の山々を望む絶好のロケーションだ。海はどこだろうかと下方を見やると、すでに雲があがりはじめていた。歩くのに時間をかけすぎてしまったようだ。疲労を癒やすべく、頂上を覆う大きな岩に寝そべる。陽光を集めた岩はじんわりとあたたい。つかの間の休息ののち、下り支度をはじめた途端、龍のような白い雲が勢いよくあがってきた。雨が降り始める前にと、下山を急いだ。
本記事はTRANSIT49号より再編集してお届けしました。
日本の国立公園
北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
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