今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。
Photo&Text:Misato Shimizu
一生忘れられないサウナって、正直言って山ほどある。サウナで一番なんて決められないから、その類の質問にはいつも苦戦してしまう。
だけど2024年に出会ってしまったサウナがある。一生忘れられないのはさることながら、一生忘れずにいようと心に誓うほどだった。
ただそのサウナは、「これ、サウナだよ〜」と公に謳っているわけでもなく、「Like a Sauna」と常連さんたちは呼んでいたから、本当はサウナじゃないのかもしれないけれど、実際に入ったわたしは「これはサウナだ」と思ったのです。
その自称サウナみたいなやつは、ヨルダンにあった。
そもそもわたしは、ヨルダンではなくトルコに行くはずだった。しかし航空券の予約を出発の10日前までサボった結果、復路のチケットが15万円値上がりする不運に見舞われたのだ。
トルコの広さを鑑みても一週間は必要だし(行きたい温泉とサウナがありすぎる)、仕事のため帰国日をずらすことは許されない。自分のせいでしかないありさまに、ぐうの音も出なかった。
昨日までに買えば安かったのにと思ったら、途端にトルコに行くのが嫌になった。(トルコは何も悪くない)
そんなモヤモヤを抱えながら「他に行きたい国ってあったっけ?」と、Googleマップを拡大したとき、パッと目に飛び込んできたのがヨルダンだった。行きたくて仕方がない国というよりも、興味がある、それ以上でもそれ以下でもなかった国。
冗談半分でヨルダン行きのチケットを確認すると、トルコの値上がり前の金額とほぼ同じ。あれ、もしかして運命?ここは一つ、流れに身を任せてヨルダンに行ってみるのも悪くないかもしれない。
そうしてわたしはヨルダン行きのチケットを予約した。
首都アンマンにあるクィーン・アリア国際空港に降り立った瞬間、空気がカラカラに乾燥していることがわかって、今すぐお風呂に入りたくなった。乾燥による風呂恋しさという初体験。
ちょうど日も沈み、タクシーの窓から見える景色はほぼ茶色だった。
緑が見当たらなくて、視覚的にも乾燥していたヨルダンの第一印象は寂しげで、最悪もう、ごはんは不味くても構わないから、せめて人だけは親切でありますようにと願わずにはいられなかった。
まずは翌朝6時発のバスに乗り、約4時間かけてペトラ遺跡へ向かった。人間が岩盤をくり抜いて作ったというペトラ遺跡。
神秘的で圧倒的で、人の力だなんて到底信じ難い。2000年の歴史を目の当たりにして、呆然としたり、はしゃいだり、とりとめのない感情が溢れて、気づくと6時間が経っていた。
また、タクシーで3時間かけて行ったワディラム砂漠は、電波が全く繋がらなかった。どこまでも赤茶色の砂漠がつづき、巨大な岩山、満天の星空、それ以外なにひとつなくて、この瞬間わたしは、地球という果てしない存在の上に立っているんだという実感が湧いた。
なんとなく決めたヨルダンに、圧倒されてばかりいた。
子供のころ、教科書で見た死海にも行った。こんなところまで来られるようになるなんて、わたしも大人になったなぁと思った。標高マイナス430m。生き物が生息できないから「死海」という。
しかし死海に入った瞬間、全身に警報が鳴り響いた。
この一週間、ヨルダンで異常な乾燥にやられて全身カサカサになったわたしは、塩との相性最悪のボディになっていた。でも、だけど、ここまできたのだからなんとしても浮かびたい。わたしは、ここぞとばかりに飛び込んだ(耐えた)。
唐辛子のペーストを体に塗りたくられたようだったけれど、重力が消えて体が本当にぷかぷか浮いた。
写真を撮って欲しいなぁとタクシードライバーの方を振り向くと、彼もぷかぷか浮いていた。
死海を満喫した後は、ピリつく体を携えて、曲がりくねったいくつもの谷を超えた先にあるヨルダン唯一の温泉「マインホットスプリングス」へと向かった。
天然温泉の滝が水飛沫をあげ、地元のおじさんたちで賑わっていた。
「どこから来たの?」
「夏場は熱すぎて入れないからラッキーだよ!」
おじさんたちが気さくに声をかけてくれる。
そしてひとりのおじさんが手招きして上の方を指差しながらこう言った。
「Like a Sauna」
え、今、サウナって言った?耳を疑いながら、おじさんについて階段を登ると、滝の裏に岩がえぐれた小さな洞窟があった。
触れられないほど熱い湯が壁をつたい、地面を浸し、凄まじい蒸気と熱気が溢れている。自然発生的にできたサウナだった。
どうやら洞窟の一番奥に特等席があり、そこに座ってほしいらしい。でも下手したらカップ麺でも作れそうな熱湯が足湯程度まであったので、速攻無理!と断った。
するとおじさん、熱湯に平気で足を突っ込んで、わたしをお姫様抱っこして奥のベンチへ放り投げた。
あまりに雑なホスピタリティにさすがに笑ってしまったけれど、手前のベンチより格段に熱く、一瞬でわたしの体を蒸気と熱気が包み込んだ。
おじさんたちは手前のベンチに座り、わたしたちは滝のように汗を流しながら、通じているかいないかわからない曖昧な英語でおしゃべりを楽しんだ。それは、「Like」なんてとっぱらいたくなるくらい、サウナと呼ぶにふさわしい場所だった。
洞窟から出ると、体から塩っぽさと乾燥が消えている。蒸しあがった体に夕暮れ時の冷たい風が触れ、わたしは今、世界で一番幸せだと思った。
すぐそばで、サウナ上がりのおじさんたちが鍋で何かを煮込んでいる。トルティーヤのような生地でディップする名称不明のその料理は、これまでサウナ上がりに食べた何よりもおいしかった。
ヨルダンでこんなサウナ体験が待ち受けていたなんて、ちっとも想像していなかった。
アメイジングなサウナも、ゴージャスなサウナも、世界中に山ほどあるのに、わたしの心に刻まれたのは、おじさんたちと過ごした「Like a Sauna」、サウナみたいなやつだった。
こじつけでもなんでもいい。トルコ行きのチケットが高騰したのは、多分このためだったんだ。
思い通りに行かないなら、流れに身を任せてみようと思う。おもしろがれる心があれば、想像を超越した場所へ、きっと連れて行ってくれるから。
ありがとう、チケット高騰。
次こそ絶対、トルコに行こっと。
俳優/タレント
清水みさと(しみず・みさと)
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
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