連載:NIPPONの国立公園

信仰の歴史が刻まれる多島海へ

National Parks of Japan.

連載:NIPPONの国立公園

西海国立公園(前編)
信仰の心は島々で紡がれて

TRAVEL & THINK EARTH

2025.03.04

5 min read

長崎県北西部に位置する西海(さいかい)国立公園。五島列島を含め、大小400に及ぶ島々が繰り広げる多島海のなかには、潜伏キリシタン時代の人びとの生活の歴史が刻まれていた。

長崎の多島海への旅を前編「信仰の心は島々で受け継がれて」、後編「かくれキリシタンの島」に分けてお届けします。

Photo : Shota Matsushima

Text:Yuuki Yamaguchi(TRANSIT)

複数の信仰が重なる安満岳

長崎県佐世保市にある展望台・展海峰(てんかいほう)から見えたのは、複雑に入り組んだリアス海岸と、穏やかな佐世保湾に浮かぶ大きさの異なるたくさんの島。視線を少し上向けると、空との境目に平戸島の山々が見え、西の先にはかなりうっすらではあるが五島列島の影が確認できた。雲が少し厚かったが、ふだんとは違う開放感を味わうには十分だった。景色を眺めのんびり過ごしていると、徐々に日が暮れはじめ、眼下の街には外灯や家の明かりが灯り出した。ここ西海国立公園の域内では、古くから人びとの生活が営まれている。島と海と人が混ざり形成されたこの地のことは、1550年代に一帯に広まったキリスト教の影響なくして語れない。

生月島のサンセットウェイを走っていると、神々しい太陽の光の下に、うっすらと五島列島の影が見えた。

なかでももっとも早くキリスト教が根づいたのは平戸松浦氏が治めていた現在の平戸市周辺。橋を渡って平戸島の西海岸に向かい、かつて潜伏キリシタンの集落だったという春日集落を訪れた。ここは2018年に登録された世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つでもある。域内には、まるで花びらが何枚も集まってできたような大きな棚田が広がり、そのまわりに約20軒の民家がぽつりぽつりと点在している。

春日集落の「かたりな」で話をしてくれた山口さん夫妻。仕事のことから恋愛のことまで、さまざまな人生経験を楽しく語ってくれた。

山口さん夫妻にいただいた、手作りの漬物と、おいしい湧き水で淹れたお茶。

まず集落の案内所「かたりな」に赴き、寺田賢一郎さんに地域の歴史について話を聞いた。春日集落の住人が交代制で“語り部” として常駐していて、誰でも気軽に訪れて話をすることできるようになっている。
 
「日本の西側に位置する平戸島は貿易の窓口でした。そこで、ポルトガルとの貿易をしやすくするために、藩主の家老がまずキリスト教に改宗しました。彼は熱心に信仰するようになり、その後住民たちにも改宗を命じたことでキリスト教は広まったのです。禁教の時代に入ると信者たちは“潜伏キリシタン” となり仏教徒や神道の氏子のふりをしていましたが、それは単なる“隠れ蓑” ではなかったようです。いつからか神仏信仰も混ざり、複数の信仰が並存していたと考えられています」(寺田さん)
その証が、集落の裏手にそびえる山にあるという。

安満岳の山頂付近にある参道。昔、神社に向かう人はここを裸足で歩いたという。

日を改めて、アカガシの原生林など山の大部分が照葉樹林に覆われた、平戸島最高峰536mの安満岳に足を運んだ。頂上が近付いてくると石の参道が現れ、途中で横道に入ると、廃仏毀釈で廃寺となった西禅寺(さいぜんじ)の跡があった。そして山頂には、718年建立の白しら山比賣(やまひめ)神社が鎮座している。そこからさらに神殿の裏手へ進んでみると、「キリシタン祠」と呼ばれる石祠が人目を憚るようにひっそりと佇んでいた。寺田さんの言っていた通り、3つの信仰が重なり合いひとつの山にある。それを目の当たりにしたことで、どこか遠い存在に感じていた潜伏キリシタンとその複雑な歴史が、ようやく自分の中で現実味を帯びた。

安満岳頂上にある白山比賣神社の鳥居。

神社の裏にひっそり佇むキリシタン祠。しめ縄が飾られていた。

本記事はTRANSIT64号より再編集してお届けしました。

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北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
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