連載:NIPPONの国立公園
National Parks of Japan.
春日集落の「かたりな」では、現在の集落の様子についての話も聞いた。次に出会った語り部は、山口善作さん・みつ子さん夫妻。美しい景観を生み出している棚田だが、一つひとつの田の面積の狭さから大型機械の導入が難しく、今は米作りが大変であることや、10代の頃に巻き網船に乗って漁をしていたという善作さんの仕事の苦労話まで、朗らかでおしゃべり上手な2人との会話の内容は多岐にわたった。
また、集落の人びとは、明治初期にキリスト教禁制の高札(こうさつ)が撤廃されても禁教期以来の信仰を守る“かくれキリシタン” となったが、現在は個人的に禁教時代から伝わる信仰具を祀る程度で、みな仏教徒になったということも知った。かくれキリシタン信仰はひとつの信仰コミュニティとなって機能する。だが、人口の流出などで後継者不足が起き、コミュニティを維持することが困難になり解散したという。春日集落以外のかくれキリシタンコミュニティも多くが解散し、今も信仰をつづけている人の数はまわりの地域を見てもかなり少ないそうだ。
さらに、唐津から移り住んできた山口さんの先祖のように、かくれキリシタン信仰がもともとない人もいると教えてくれた。
「今、私は毎日9つの神様を拝んでいます。仏様、大神宮様、床の間、オコジン様、春日大明神、水神様、地の神様、ホウニン様に勧められて祠を作って拝んでいる神様、そして安満岳です。ここには人それぞれ、いろんな信仰のかたちがあるんです」(善作さん)
平戸島にある玄武岩の溶岩台地の山・川内峠。眼下には玄界灘や北九十九島を臨む。
平戸島の中南部を管轄する教会で所属信徒が最多の紐ひも差さしカトリック教会。
平戸島を離れ、佐世保の港からフェリーで50分。九十九島のなかでも最大面積を誇る黒島へやってきた。外周は約12.5㎞で、自転車なら1時間程度で1周できる規模だ。海岸部から島の内陸部にかけては斜面が多く、島の真ん中を走る一本道に向かってレンタサイクルを漕ぎ出すと、まず急な坂を越えなければならなかった。息を切らしながら登り切り、のどかな田舎道を進んでいく。すると赤茶色のレンガと白い窓枠が印象的な黒島天主堂が見えてきた。
海沿いにひっそりと佇む黒島の家。
黒島のキリシタン墓地。
黒島は、17~18世紀に平戸藩が開拓民誘致を行った際に、コミュニティを維持する場所を探していた潜伏キリシタンが好機ととらえて移住してきた島。全7つのうち5つが潜伏キリシタンの集落となり、禁教が解けたときは当時約600人いた島内の信者全員がカトリック復帰を選択している。その後に建てられた黒島天主堂は、「潜伏」時代の終わりの象徴なのだ。
私は中学校のときに歌った『クルスの島』という合唱曲を思い出していた。歌詞の舞台はここ黒島で、潜伏キリシタンたちの苦労が劇的に描かれるのだが、ラストは、解禁後の時代に太陽に照らされて美しく輝く黒島天主堂の様子が賛美歌のようなメロディーで歌われる。まさに歌の通りだ、と高揚しながら目の前の風景を眺めていると、住民だという一人の男性に話しかけられた。
黒島の中心に位置する黒島天主堂は、太陽に照らされて輝いていた。
「現在の島民は約350人で、そのうち80%がカトリックです。ここは小さな島だから人の関係が密で、コミュニティの維持がしやすかったのかもしれませんね」
コミュニティのあり方や信仰の存続は、そこがどのような土地かということに大きく関係している。本土の西の端にある多島海という独特の環境だからこそ、潜伏キリシタンたちは200年以上もの間信仰を守りつづけることができたといえるかもしれない。西海国立公園はそんな海と島と人と歴史を物語っている。
黒島には漁師を生業にしている人がかなり多い。食堂〈さざんか〉で食べた魚は新鮮そのものだった。
黒島に咲いていた山茶花(さざんか)。潜伏キリシタンが西にしそのぎ彼杵半島から持ち込んだといわれている。
1700年代後半、栄養価の高い甘藷(かんしょ・サツマイモ)がよく採れたことなどが関係して、長崎県西彼杵(にしそのぎ)半島の西海岸で人口が爆発的に増加。それを抑制するため、西の海に浮かぶ離島に開拓移住民なる人びとを送る政策が決定した。そこで、潜伏キリシタンは自分たちの信仰をつづけ、コミュニティを守るために移住を決意。現地の宗教や社会を鑑みて選んだ黒島や五島列島へと渡り、既存の仏教集落から離れた海近くの谷間などに新しい集落を築いた。こうした集落や、禁教が解かれたあとカトリックに復帰した人びとが建てた教会堂などが、今も各地に残っている。自然景観や地形だけでなく、キリシタン信仰にかかわる建物や土地の歴史も、西海国立公園が秘めるユニークな魅力の一つ。
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本記事はTRANSIT63号より再編集してお届けしました。
日本の国立公園
北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
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