今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。
Photo&Text:Misato Shimizu
2年前、初めて韓国に行った。
近いからすぐ行けるし、今度行こうと後回しにしつづけて、ずっと行けていなかった。
近すぎるってなぜだか遠い。
こんなにいろんな国に行っているのに、韓国に行ったことがないなんて、ちょっと恥ずかしかった。
「今度やろう〜」は、だいたいやらない。
やるやる詐欺だと思ってる。街の防犯ポスターの横に貼ってほしいくらいだ。
満を持して、友人と2泊3日で韓国へ行けることになった。ずっと行きたかったんだねわたしってなるくらい、行きたい場所がありすぎて、勝手に分刻みのスケジュールになった。
韓国にはおもに「汗蒸幕」「スッカマ(炭釜)」などの伝統的なサウナや、韓国式スーパー銭湯のような「チムジルバン」が有名で、どうせなら全部試したい。情報を片っ端からかき集めたら、行くべきサウナが6カ所も出てきてしまった。
1時間サクッと入れば、毎日2サウナ。
理論上はいけるけど、一応、サウナ以外にも行きたい場所は山ほどあった。
GoogleMapをみると、行きたい場所がバラバラで、点と点を繋ぐとほぼ星座。
だからこそ時間配分には真剣だった。
綿密な時間の計算をした上で、早朝から韓国人の友人に教えてもらった郊外のローカルサウナに向かった。
そのサウナは「スッカマ(炭釜)」という韓国伝統の古式サウナで、読んで字の如く、木を炭になるまで釜で燃やし、その余熱で汗をかく。
朝6時半、東大門のホテルを出発し、バスに乗って1時間半。バス停に着くと、薄茶色い町並みに灰色の空が広がり、人っ子ひとりいない。
突然、任侠映画のスクリーンの中に放り込まれたエキストラの気持ちだった。
本当は到着した日の夜にサウナへ向かう予定だったけど、どうしても空腹に勝てなくて、「明日の朝に行けばいっか」と、着いて早々あっさり予定を解体した。
翌日、改めて目的地に向かう。施設名は〈주심유황참숯가마〉。Google翻訳によると、「ジュシム硫黄堅炭サウナ」と読むらしい。ネットを検索しても、日本人が訪れた痕跡はどこにもなくて、わかっていることは「スッカマがある」、ただそれだけだった。
人気(ひとけ)のない道をひたすら歩いた先に、そのサウナは突然姿を現した。並ぶ車の数に、ホッとした。
もし、昨夜強行突破し、この人気のない夜道を歩いていたらと思うとぞっとする。空腹に負ける食欲に弱い人間でよかったと、この日以上に思ったことはない。
ここには、人がいる。
受付に着くと、日本語も英語ももちろん通じなくて、とりあえず「スッカマ!」を連呼して、おばちゃんから着替えとタオルを手に入れた。
目的のスッカマは屋外にあった。
オレンジ色の服を着たおじさんとおばさんたちが一斉にこっちを見た。完全にわたしたちは、よそ者のそれだった。
見慣れたサウナとまるで違うスッカマらしきものがずらっと並ぶ。作法もルールも手探りで、とりあえず、いちばん端の唯一温度が表記されていたサウナに入ることにした。
180℃。
うそつき〜!と思った。
そんなわけない。サウナが180℃なんてオーブンで丸焼きする温度だし、こう言う表示は大袈裟なのが相場である。
半信半疑で扉を開けて中に入ると、燃えるような熱が押し寄せて、何も悪いことはしていないのに「ごめんなさい」と反射的に声が出た。
熱い、じゃなくて、痛い。空気に殴られるってこういうことかと思った。
背中の汗を吸って湿った服が皮膚に張り付き、じりじり焦げている気がした。
見渡せば、防災頭巾をかぶったり、全身をタオルでぐるぐる巻きにしたミイラがいたり、みんな異常なまでの熱対策。汗をかくというよりも、みんな命を守っている。
「だめだめ!こっちこっち!」と、おじちゃんが扉の向こう側からわたしたちを呼んだ。
そして、別のスッカマに案内された。
体感、やさしい70℃。空気が丸くて、呼吸ができた。
ここでは会話の熱が満ちている。おばちゃんたちが笑いながら交わす会話に、これこそが温もりだと思った。
休憩スペースで仰向けに寝転がっていると、さっき声をかけてくれたおじちゃんが、ドリンクを持ってきてくれた。容器はほぼプロテインのシェイカーで、中身はミルクティーの色だった。「ミスッカル」というらしい。
きな粉と牛乳を混ぜたようなやさしい味がして、意外とごくごく飲めてしまった。
「タバコ吸いに行かない?」と、ジェスチャー混じりの韓国語で誘われたので、「吸わない」と断った。
しばらくすると、タバコをくわえたおじちゃんが、遠くからわたしたちを呼んでいる。
おそるおそる近づくと、「この丸太を燃やして温めてるんだよ」とちょっぴり得意げにスッカマの仕組みを語ってくれた。
わたしたちが喜ぶ姿に気をよくしたのか、おじちゃんはポケットからスマホを取り出して、Google翻訳を使ってこう言った。
「ソンホオッパと呼んで!」
そこから会話はすべて翻訳アプリへと移行した。
ジェスチャーとカタコトの英語で頑張るコミュニケーションはやめたらしい。言葉は機械に預けて、堂々と翻訳アプリで流暢に語り始めた。
「仕事は、金融・建物・担保ローン・営業マーケティングディレクター・地」
地?
肩書きをずらっと並べて、とにかく怪しくないとアピールしていた。最終的に、「ネイバー検索すればいい」とのこと。
止まらないソンホオッパはついに、「僕がソウルを案内する」と言い出し、断っているのに「10分後にシャワー浴びて集合ね」と勝手に決めてきた。
断っても断っても通じない。
結局、心がこもっていない断り文を翻訳アプリに放り込み、逃げるようにその場を離れた。
1時間しか滞在しない予定だったのに、ソンホオッパというバグにより、大幅に時間をロスしてしまって、行きたいサムギョプサルのお店に行けなかった。
結局このサウナの思い出は、180℃の衝撃よりもソンホオッパだった。強引で、少し面倒だったけど、ただわたしたちを楽しませたかった気もするし、その不器用な親切心が妙にかわいくて、どうしても憎めなかった。
今年に入り、私は再び韓国を訪れた。リベンジを果たすように前回の倍の日数滞在して、食事、サウナ、買い物と全力で満喫した。
それなのに、結局わたしはソンホオッパのことばかり思い出してしまう。
古代を思わせるドーム状の「汗蒸幕」も、修行みたいな「スッカマ」も、念願のサムギョプサルも、結局ぜんぶ、たった数時間言葉を交わしただけの人物に持ってかれている。
やっぱり「人」の思い出には敵わない。
遠いと思っていたのは、そこにどんな人がいるのかを知らなかっただけだった。
でも今はもう、ひょんな出会いのおかげで距離がぐっと縮まった。
その国は地図の隣りどころか、ほとんどご近所みたいな顔をしている。
俳優/タレント
清水みさと(しみず・みさと)
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。