酒の創生はハチの巣から
旧石器時代から蜂蜜を食べており、約1万年以上前には蜂蜜酒がつくられていたようだ。蜂蜜は自然発酵せず、多めの水で混ぜるとアルコールになることから、落ちたミツバチの巣に雨水がたまったのが始まりと考えられるが、この後、明確な意図をもってつくられるようになった初の発酵飲料である。
「発酵」とは何かを知る前から、人類は発酵食品を食べてきた。
酒、調味料、保存食、乳製品。保存がきいて、何よりおいしい!
日々の食卓に欠かせないそれらはいったいいつ頃生まれたのか、見ていこう。
Text:TRANSIT Illustration:NANAO
人類と発酵の歴史は長い。はっきりとした時期はわかっていないが、文字などを使って記録を残すようになる前にはすでに発酵食品の原型ができていたと考えられる。氷河期が終わる紀元前9000年頃、イランからトルコの肥沃な土地にかけて人類は大麦を栽培しはじめた。そして同じ頃、実用的な土器の制作と利用が広まり、発酵が飛躍的に発展。これは発酵を行うために必要な土器が手に入り、また、定住するようになったからといえそうだ。
はじめは自然に発酵した食物を多少食べるだけだったが、徐々に意図的に食物を発酵させるように。麦や米、さまざまな果物、カカオや蜂蜜などを原料にした発酵飲料づくりに取り組んでいったのである。味に魅かれたり、限られた季節に大量につくって保存食にする必要性があったためだろう。
小麦や大麦などの作物、家畜の乳を用いた発酵食品は世界に広がりヨーロッパで発展した。一方アジアでは、醤や納豆、キムチなど、特定の地域で愛される発酵食品が多く生まれている。日本の発酵食の代表である味噌も、飛鳥時代に中国 から伝わった醤から生まれたが、日本の風土固有の味と文化へ発展した。
近代になって科学的にその仕組みが発見されると、人類はより「おいしさ」を求めて、新しい発酵食品を求めていくのだ。
旧石器時代から蜂蜜を食べており、約1万年以上前には蜂蜜酒がつくられていたようだ。蜂蜜は自然発酵せず、多めの水で混ぜるとアルコールになることから、落ちたミツバチの巣に雨水がたまったのが始まりと考えられるが、この後、明確な意図をもってつくられるようになった初の発酵飲料である。
紀元前6000年から紀元前5000年頃のものとされる土器がジョージアで見つかったことから、ジョージアはワイン発祥の地とされる。隣国アルメニアでもブドウの種が入った壺が発見され、紀元前4100年頃にワイン醸造所があったと判明。8000年前からコーカサス地域でワインが飲まれていたのだ。
最古の発酵調味料とされる酢は、ワインの時期と同じくして、紀元前5000年頃バビロニア(現在のイラク)でつくられたと考えられている。酢は、おそらく偶然に自然の酢酸菌が作用したことで誕生。食べ物の腐敗を遅らせ、あるいは阻止する効能を、古代の人びとは重宝していたというわけだ。
紀元前6000年頃に甕のような陶器が出現し、穀物を発酵させられるように。中央アジアや中近東、アフリカなどで、さまざまな穀物を原料に発酵させたビールが日常の飲み物に。エジプト人はビールを「液体のパン」とみなし、ピラミッド建設の労働者はパンとビールをつくるための麦が支給されたとか。
長くつづいた無発酵パンの時代をへて、紀元前4000年頃に古代エジプト人が発酵パンを発明。置き忘れのパン種が発酵した偶然の出来事だと伝えられている。エジプトで見つかった遺構とパンの遺物から、彼らがパンづくりの技術を極め、何十種ものパンをつくっていたことが明らかに。
ヤギやヒツジの乳からできる乳製品づくりが紀元前3500年頃にメソポタミア地域で始まり、ヨーロッパや北アフリカ、アジアに広まっていった。アラビアの商人がヒツジの胃袋でつくった水筒に乳を入れラクダと旅に出たとき、水分が消えてチーズの原料のようなものが出てきたという民話がある。
細菌の繁殖を防止し、食料を長期保存するため塩や酢で漬け込む方法は、紀元前3世紀頃には中国で酸菜、紀元前2世紀頃には古代エジプトでピクルス、日本の縄文時代でもすでに野菜の漬物のために使われていた平安時代には粕漬けやたくあんの原型とみられるものがあったという文献も。
中国北部の江南省で、紀元前6000年あたりから蜂蜜、米、ブドウ、西洋サンザシの実でつくられた発酵飲料の残滓とわかるものが発見された。米を原材料にした酒づくりが本格的に始まったのは紀元前2000年頃から紀元前1500年頃の中国最古の王朝「夏か」で、日本は紀元前1000年頃とされている。
古代ローマ時代に魚醬「ガルム」は誕生しているが、日本でも、魚醬の原型が縄文時代の遺跡から出土している。島国の日本では、魚介類の腐敗を防ぐため塩漬け保存をしていたようだ。秋田のしょっつるや石川のいしりなど、その土地で多く獲れた魚を原料としたローカル調味料である。
中国と韓国でジャン、日本ではひしおと呼ばれる「醬」。原料を塩漬けにして保存したのが始まりとされ、紀元前7世紀には中国で「醬」がつくられていた。米や大豆などを使った穀醬が日本にも伝わって、味噌づくりがはじまったと考えられる。その味噌のたまった液体が醬油になった。
納豆の起源には諸説あるが、弥生時代に藁の敷物の上に偶然煮豆が落ちて納豆のようになったと考えられる。糸引き納豆は、室町時代に書かれた『精進魚類物語』に納豆太郎糸重という糸引き納豆を擬人化した登場人物が描かれていることから、少なくともこの頃にはあったと考えられている。
紀元前2世紀頃の中国の文献で塩漬け胡瓜が記述されており、それがキ ムチの先祖とされる。その頃、中国から朝鮮半島へ逃れた人たちが伝えたようだ。現代の韓国特有の唐辛子入りキムチが生まれたのは豊臣秀吉が1592年の朝鮮出征時に日本から唐辛子をもちこんだのがきっかけとか。
牛などの乳を煮つめて、固形物で長期保存させたもの。日本には仏教とともに朝鮮半島や中国から伝わり、奈良・平安時代には税として納められていた。日本における乳製品のはじまりだが高級品かつ牛乳を飲む習慣が根付かなかったため、チーズが大衆のものとなったのは明治維新以降。
カツオブシも和食文化に欠かせない発酵食品。カツオの身を煮たあとに乾燥させ、カビをつけて発酵させたものだ。カツオ自体は縄文時代から食べられていたが、カツオブシの原型は奈良時代以降。江戸時代に改良が進み、現在のような煮熟したカツオを燻製する焙乾法で全国に広がった。
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