古代より重宝されてきた香辛料は、シルクロードや海をわたり世界地図を広げ、各地で個性豊かな食文化を拓いてきた。この連載は、カレー&スパイスにまつわる著作や活動で知られる水野仁輔さんの、飽くなき探究心が導いた、世界を旅した記録と記憶である。
第9回は、香辛料のその先にある「ロースト香」について。アメリカのニューオーリンズ、メンフィス、ダラス……行く先々で迎えられる香ばしい匂いとの巡り合わせ。
Photo : Jinke Bresson
Text:Jinsuke Mizuno
出発前に「旅のテーマはロースト香にする」と決めた。
アメリカ南部のニューオーリンズへ行く。ずっと行きたいと思っていた場所である。クレオール料理やケイジャン料理と呼ばれる食文化があって、スパイシーなものに出会えそう。少し足を延ばし、バーベキュー文化があるというメンフィスも訪れる。香ばしい香りに共通項がありそうな気がしたのだ。抽象的な切り口を横串にしたのは、「ローストカレー」という新しいスタイルを自分のなかで開発しているからでもある。
ルイジアナ州ニューオーリンズは、ミシシッピ川がメキシコ湾に流れ出る場所にある。かつてフランス領だったこの地には、西アフリカやカリブ海を経由して移り住んだフランス人がクレオールコミュニティを形成し、別ルートでカナダを経由して移り住んだフランス人がケイジャンコミュニティを生んだ。それらが混ざり合って独自の食文化が生まれている。
アメリカでもとくにスパイスをよく使うのは、人の流れとともにスパイスが海を渡ったからなんじゃないかと推測できる。
人気の煮込み料理であるガンボや米を使ったジャンバラヤなど香り豊かなものが多いが、僕のアンテナが反応したのは、「ブラッケンドレッドフィッシュ( Blackened Red Fish」。魚の表面に粉状のミックススパイスをまぶし、こんがりと焼いた料理だ。
ルイジアナ州ニューオーリンズで食べた、「ブラッケンドレッドフィッシュ」。
レッドチリをはじめ、ガーリック、オニオン、タイム、オレガノなどのパウダーが黒く焦げたような状態になるまで焼かれ、アウトドア料理のような香味を醸している。魚の身はふんわりしてやわらかく、夢中で食べた。
スパイスを意図的に焦がすという手法はスリランカで出会ったローステッドカレーパウダーに通じるし、ジャマイカで食べたジャークチキンでも似たような香りの記憶が残っている。Blackend(黒ずんだ)という表現には、ロースト香を堂々と楽しんでいるような潔さがあっていい。
電車で8時間ほど北上し、テネシー州のメンフィスへ。メンフィスバーベキューの専門店にあの香りは待っていた。入店前からダクトを通じて路上に煙が吐き出されている。
メンフィスのバーベキューはポークリブが主流。主にドライとウェットの2タイプがある。ドライは焼いた肉の上からミックススパイスをどっさり振りかける。ウェットはスパイスの効いた甘辛いソースを塗りたくる。どちらもスパイスの奥からロースト香が迫りくるから食欲が止まらない。
テネシー州で出合った、「メンフィスバーベキュー」。
ローストという調理から生まれる香りは、基本的にはメイラード反応によるもので、アミノ酸と糖分が起こす化学反応だといわれている。食欲をそそる香ばしい香りが生まれるのだが、それ以外に熱源となる炭の香りや部分的に焦げた炭化香も含まれる。さらにスモーク香が混ざる場合もある。
これらにスパイスという強力なアイテムを添加すると、暗闇を彷徨うかのような深い香りが創出されるのだ。皿の上の料理を口に運ぶたびにクンクンと鼻を鳴らし、その香りの出自を探る。ロースト探求ミステリーツアーは、メンフィスを後にしても続くこととなった。
帰国時に立ち寄ったのはテキサス州のダラス。バーベキュー専門店で3度目のロースト香が待ち構えていた。メキシコからの移民がこの地に牛肉文化を伝えたという説があるとおり、テキサスバーベキューの主流はビーフブリスケット。
ラブ(Rub)と呼ばれるミックススパイスを肉に塗り、130℃の熱風で12時間かけて焼く。表面は真黒く変色し、中はホロホロに柔らかい。香ばしくジューシーな肉をほおばりながら、メキシコで見たモーレの調理を思い出していた。真黒く焦がしたくず野菜を水とピューレにし、煮込みに加える。あの体験に通じるロースト香がそこにあったからだ。
高温かつ長時間で焼き上げる。
テキサス州ダラスの専門店で食べた、「ビーフブリスケット」。
アメリカ南部を旅し、スリランカやジャマイカ、メキシコに思いを馳せることになるとは。きっと世界はロースト香に溢れているのだろう。
ビーフブリスケ、ポークリブ、ターキー、ソーセージの盛合せ。
水野仁輔(みずの・じんすけ)
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
記録写真家
ジンケ・ブレッソン
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。