一粒の「塩」から旅が始まる――その小さな結晶が、壮大な歴史や文化へとつながっていくことを想像したことはあるだろうか
「EXPO 2025 大阪・関西万博」のパキスタン・パビリオンでは、ピンクソルトを通して文明の歴史や自然の恵みを五感で体感することができる。
なぜパキスタン・パビリオンは「塩」をテーマに選んだのか? プロジェクトディレクター、ムハンマド・ナセール氏に話を伺った。
Photo : Yuko Shimada
Text:Risa Isobe(TRANSIT)
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「一粒の塩の中に広がる宇宙」というコンセプトを設定されましたが、なぜこのテーマを選び、どのように展示に反映されたのでしょうか?
ナセール
私たちパキスタン・パビリオンは、「EXPO 2025 大阪・関西万博」のテーマ「Designing Future Society for Our Lives(いのち輝く未来社会のデザイン)」を踏まえ、未来社会にとって本当に欠かせないものは何かを考えました。
どれだけAIやテクノロジーが進化しても、人類にとって必要であり続けるものそれは「塩」です。今までも、塩は人びとを結びつけ、ときには命を救ってきました。
パキスタンは幸運にも、ピンクソルトという貴重な恵みを持っています。だからこそ、私たちはピンクソルトの可能性を伝えたいと考えました。
ナセール
パキスタン・パビリオンは複数のパビリオンが集まる施設内にあり、スペースの広さはおよそ50㎡と限られた環境です。
そのなかでどうすればインパクトを残せるかを考えた結果、あえて塩にすべてを託す展示構成にしました。今回はそのために、パキスタンからおよそ12トンもの塩を持ち込んでいます。
また、このエリアはEXPO 2025内の「Saving Lives(いのちを救う)」ゾーンに含まれており、塩こそ命をつなぎ、人類の歴史とともに歩んできた存在であることを表現しています。まさに「Gift of Nature(自然の贈り物)」としてふさわしいのではないかと。
一粒の塩から文明の歴史を見渡したり、宇宙について考えたりすることもできる、そんな体験を提供する空間です。
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なぜ、パキスタンの塩はピンク色をしているのでしょうか?
ナセール
結晶がほのかにピンク色を帯びるのは、鉄分や亜鉛、マグネシウムなどのミネラルを豊富に含んでいるから。含有量によって、その色合いは淡くも濃くも変化します。
ピンクソルトの故郷は、パキスタン北部・パンジャーブ州にあるケウラ岩塩坑(Khewra Salt Mine)です。世界有数の規模を誇る岩塩鉱山で、“ヒマラヤ塩”と呼ばれるものの多くも、じつはここから生まれています。世界のピンクソルト市場を支えているのは、まさにパキスタンなのです。
時代を遡れば、インダス文明の中心都市モヘンジョダロ(紀元前2600〜1900年頃)でも塩が利用されていたことが研究で明らかになっています。人びとの暮らしに深く根づいていたのです。
そして紀元前4世紀、アレクサンドロス大王の時代。遠征で疲れ果てた軍の馬たちが、岩壁を夢中で舐めはじめた実はそれがケウラのソルトレンジだった、という逸話も残っています。
このように、古代から現代まで、塩は人類の歴史と静かに歩みをともにしてきました。
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ピンクソルトにおける自然的な価値や文化的な意味について教えてください。
ナセール
ピンクソルトは海塩とは異なり、100%自然の鉱物です。科学的につくられたものではなく、自然のままのミネラルを含んでいます。
味わいが海塩とは異なっており、パキスタンでは家庭の台所に当たり前のように置かれ、自然からの贈り物として生活に根づいています。
これからもAI技術の進歩は止まらないでしょう。だからこそ、私たちは自然に耳を澄ませ、調和を意識することが必要です。ピンクソルトは、その象徴としてふさわしい存在だと考えています。
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このパビリオンで来場者にどのような体験をしてほしいと考えていますか?
ナセール
パビリオンに足を踏み入れた瞬間、来場者には「いまの自分」と向き合い、心と体の声に耳を澄ませてほしいと思っています。
息を吸えば、塩によって浄化された澄んだ空気が体に広がります。それは単なる癒やしではなく、新たなエネルギーを与えてくれる体験です。短い滞在の中でも心と体を整えてリフレッシュし、その感覚を持ち帰っていただけるよう、空間全体をデザインしています。
具体的には、ピンクソルトの産地であるソルトレンジの歴史を描いた壁画がパビリオン内に広がり、白、淡いピンク、濃いピンクなど数種類の岩塩を使用した塩のオブジェに来場者が実際に触れることができる構成になっています。
ナセール
そして、家に帰って食卓で塩を手に取ったときに、ふとパキスタン・パビリオンのことを思い出す。そんな記憶の残り方をしてくれたらうれしいです。
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パビリオンの建築やデザインには、パキスタンのクリエイターや職人も関わっているそうですね。
ナセール
建築設計は、パキスタンを代表するキュレーターの一人、Noorjehan Bilgrami氏が担当しています。2004年には約1年間日本に滞在した経験があり、日本文化にも深く理解があります。今回のEXPO 2025では、彼女の発想を起点にパキスタンでアーティストチームを結成し、展示の方向性を形にしました。
Bilgrami氏は、前回のドバイ国際博覧会でもキュレーションを手がけましたが、その際、ピンクソルトは床のタイルに用いたのみでした。「塩」を展示の中心に据えるのは、EXPO 2025が初めての試みです。
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来場者にどのようなメッセージを届けたいと考えていますか?
ナセール
EXPO 2025の出展を通じ、多くの日本人ビジネス関係者や観光客がパキスタンに関心を持ってくださり、実際に訪れる人も増えています。ここでの体験が未来につながるそれが私たちの伝えたいメッセージです。
パキスタンで発掘される石英製の装飾品
ナセール
さらに、ピンクソルトだけでなく工芸品も展示することで、パキスタンの文化や資源、経済的な可能性を幅広く伝えたいと考えています。観光や投資、貿易など、さまざまな分野での可能性を来場者にインスピレーションとして伝えたいのです。
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ピンクソルトの美容や健康、ライフスタイル分野での可能性について教えてください。
ナセール
ピンクソルトは健康の分野でも注目されており、血圧への影響が研究対象となるなど、欧米でも注目されています。また、料理だけでなく、美容製品にも幅広く応用が可能です。
私たちは、単にピンク岩塩の食用輸出を促進するだけでなく、美容製品をはじめとしたライフスタイル全般での魅力を広めていきたいと考えています。今後、日本をはじめとする東アジアでも、ピンクソルトの魅力が広がっていくでしょう。
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このパビリオンを「ひとつの旅」にたとえると、どんな言葉が浮かびますか?
ナセール
ひとことでいえば、「自分自身の健康へと立ち返る旅」です。
ぜひパキスタン・パビリオンを訪れ、未来の社会にふさわしい健全な環境を体感してください。この展示を通して、自然の恵みや力強さを改めて感じながら、日々の暮らしのなかでも環境や健康に意識を向けるきっかけとなればうれしく思います。
私たちは自然と共に生きるべきであり、かけがえのない地球を決して無視してはいけないのです。
EXPO 2025 大阪・関西万博
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パキスタン・パビリオン
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