ー白神巡礼/森編ー
人と、動物と、植物と、
山と隣合わせの暮らし

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ー白神巡礼/森編ー
人と、動物と、植物と、
山と隣合わせの暮らし

TRAVEL&THINK EARTH&LIVE

2025.03.06

5 min read

世界最大規模のブナの原生林を有し、世界自然遺産にも登録されている、青森・秋田の「白神山地」。人を寄せつけないような神々しさをもちつつ、一方で、その周縁には山の恩恵をたっぷり受けた人の営みがある。そんな白神山地を、青森県側から「最奥」「森」「町」「海」の4つのレイヤーに分けて“白神巡礼”をしていく。

「白神巡礼/森編」で紹介するのは、西目屋村を軸に、白神の動植物の恵みとともに暮らす人たちのストーリー。

Photo : Yoma Funabashi

Text:Maki Tsuga(TRANSIT)

What's
白神山地?

青森県から秋田県にまたがる、約13万ha、標高200~1250mの山岳地帯の総称で、約8000年前の原始のブナ林の姿を今に残すとされている。1993年に日本で初めての世界自然遺産として屋久島とともに登録される。白神山地の中心部の約17,000haが世界遺産エリアとなっていて、環境保全のために入山禁止となっている核心地域と、人の立ち入りができる緩衝地域がある。

ブナを中心とした宇宙観

白神山地を訪れる人なら、山を歩く前でも後でも動植物のことが気になるはず。よりよく知りたい人は、西目屋村(にしめやむら)の〈白神山地ビジターセンター〉に立ち寄ってみてほしい。
 
展示室の天井には大きな一本のブナの木が宙吊りになって展示されていて、ブナの木を中心とした白神の宇宙観を見ているような気分にさせてくれる。1993年に白神山地が屋久島と並んで日本初の世界自然遺産に登録されたのも、このブナの原生林があったからだ。

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ブナの実はタンパク質や脂肪分が多く、山に暮らすツキノワグマやニホンザル、リスなどの栄養源になる。それにブナの持ち前の吸水力や地盤を固める根は、土砂崩れのような自然災害を防いでいる。白神山地の多様な生態系を支える大黒柱がブナなのだ。
 
白神山地ガイド会の八木橋綱三さんが山を案内してくれたときに、こんな話をしてくれた。
「これがブナの実。この房を取った中にある三角の実が食べられるんです。このまま皮を剥いて食べてもいいし、フライパンで煎っても香ばしくておいしい。ツキノワグマの大好物です。私は青森の生まれですが、子どもの頃は大人からブナの実は食べるなって教わりました。人間が食べていたら山の動物たちが食べるものがなくなってしまうからって」

花びらのような皮に包まれたブナの実。

三角錐の形をしたブナの実。茶色い皮を剥がすと食べられる。生の状態で食べすぎるとお腹を壊すという説も。

ビジターセンター前にある〈道の駅 津軽白神ビーチにしめや〉もいい。商品棚には、地元でとれた山菜やキノコ、リンゴやワイン、ときにはクマを使ったレトルトカレーが並んでいたりとユニークで楽しい。
 
道の駅の近くにある〈西目屋村中央公民館『奥目屋風土回廊』〉も、山と人の暮らしを知るにはいい場所だ。昔の西目屋村の人たちの衣食住を扱った展示がされている。昔は、冷涼で作物が育ちにくい代わりに、山との近さを活かしてクマを狩るマタギの人たちがいたり、山の樹木を炭焼きして町に売りに行く仕事があったり、近くの山で鉱山開発もされていたことがわかる。白神山地と人がどうやってつき合ってきたのかが見えてくる。

山の間近に暮らすということ

白神山地ガイド会の渡邊禎仁(ていじ)さんから、地元の人の山暮らしの様子を聞いていたときに、西目屋に暮らす工藤修一さんの家に立ち寄らせてもらうことになった。
 
工藤さんは、今はダムの下に沈んでしまった西目屋村の砂子瀬(すなこせ)集落の出身。マタギの家系で、工藤さん自身も子どもの頃は大人のマタギたちと一緒に山に入って、獲物を取り囲む巻狩りの手伝いをしていたという。

上/西目屋村に暮らす工藤修一さん。 下/白神山岳ガイド会の渡邊禎仁さん。

マタギというと、秋田県の阿仁マタギがよく知られているけれど、西目屋のマタギも歴史が古い。第二次世界大戦中にマタギの担い手となる男性がいなくなってしまい、その後の需要の変化や薬事法施行で熊の胆(くまのい)の取引に制限が加わり、マタギをする人がぐんと減ってしまった。現在、西目屋で狩猟免許をもって狩りをする人はいるものの、マタギ文化を継承する人はほとんどいなくなってきているという。
 
「登山するのと、猟や採集で山に入るのとでは、山の歩き方が違うんですよね。登山だったら、山の頂上や山小屋を目指すとか縦走することを想定してルートを組む。でも狩猟採集だと動物や植物に合わせて歩かないといけないから、この尾根を下りてあの山を通って、こっちがダメならあそこへまわって、またここに戻ってこよう……というような歩き方をする。工藤さんは、自分が通っている山だったら地図を見ないで歩けるでしょ」と渡邊さん。ああ、と気に留めるふうでもなく、それが当然のことのように工藤さんが返事をする。

現在、工藤さんは山とは関係のない仕事をしている。山にこもるのはもっぱら休日。週末になると西目屋の市街地を離れて自分の山小屋へ行き、山菜やキノコ採りをしながら山歩きをしているそう。「理由なんてなくて、季節がめぐるのに合わせて自然と山に入りたくなるんですよね」と工藤さん。
 
工藤さんが子どもの頃に通っていた山のなかには、核心地域となったことで気軽に入れなくなったところもある。山の間近で暮らしてきた人たちにとって、そうした制限には寂しさもあるかもしれない。自然を開発から守ること、逆に人の力の及ばない圧倒的な自然から人命を守ること、自然と人との間に積み重ねてきた知恵や文化を次の世代に残していくこと。それぞれを成立させるルールづくりはなかなか難しい。

ブナから生まれるもの

この村でもうひとつ立ち寄りたかったのが、〈BUNACO西目屋工場〉だ。
ブナコは1956年に青森県で考案されたブナを使った木製品。ブナの木は保水力が高いことから、山に生えているときには「天然のダム」として重宝されているけれど、その反面、木材としては扱いが難しい木でもある。水分が多くて変形しやすく腐りやすいため、建築材には不向き。「橅」という字があてられているように、伐採されては枕木や薪になるだけの役に立たない木だと思われてきた。

地元の人たちが分業でブナコ製品をつくる。

ブナコの照明とテーブルウエア。いずれも軽くて扱いやすい。

そこで動き出したのが、青森県工業試験場(現・青森県産業技術センター)。青森県内にたくさん生えていたブナを活用すべく、ブナコを考案する。ブナのしなやかさを活かしてテープのように加工。それをコイルのように巻きつけながら押し出して成形することで、器や照明器具や家具づくりに活かせるようになったのだ。

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ブナコが開発されてから約70年。変幻自在なブナコは、暮らしを彩る素材・木工品として時代のニーズに合わせて進化しつづけている。このBUNACO西目屋工場では製作体験もやっていて、予約をすれば自分のブナコ製品をつくることもできる。
 
山深い内陸の西目屋村は、そんな白神の山と隣り合わせの暮らしが垣間見えるところだ。

旧西目屋小学校の校舎をリノベーションしていて、作業場だけでなくショップやカフェも入っている。

Information

白神山地(青森県観光情報サイト内)

https://aomori-tourism.com/spot/detail_247.html

 

白神山地ビジターセンター

https://www.shirakami-visitor.jp/nyuuzan.html


>>Access
青森県側の白神山地は、県の南西部にある深浦町、鰺ヶ沢町、西目屋村に位置している。県外から3つの町村へ向かう主なアクセス方法は、以下を参考にしてください。

空路……青森空港、大館能代空港、秋田空港
新幹線……新青森駅、秋田駅
*各空港、駅から列車、バスで向かう

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Yayoi Arimoto

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