#ショコラティエたちの旅
〈La Rifa Chocolateria〉in メキシコ
by モニカ・ロサーノ
「古と今を結ぶカカオカルチャー」

月刊TRANSIT/世界を旅するチョコレート

#ショコラティエたちの旅
〈La Rifa Chocolateria〉in メキシコ
by モニカ・ロサーノ
「古と今を結ぶカカオカルチャー」

EAT

2025.02.14

7 min read

アメリカ大陸で生まれたカカオ豆が、海を渡り、かたちを変えて、世界中でチョコレートが食べられるようになった今。ショコラティエたちは自分のチョコレートづくりを求めて、再び産地に還る。ビーントゥバーのつくり手たちに、旅の話を訊いた。

古くからカカオと結びついてきたメキシコからは、メキシコシティに店舗兼工房を構えてメキシコ産のカカオ豆でチョコレートづくりをしている〈La Rifa Chocolateria〉に焦点をあてた。

Photo : Masafumi Sanai, La Rifa Chocolateria

Text:Miho Nagaya

カカオ発祥の地から生まれるチョコレート

新鋭アパレル・ショップやグルメなレストランが立ち並び、メキシコシティでもっとも若いエネルギーに満ちたフアレス地区。木々が茂る小さな公園の噴水の前に、一息つける場所がある。それが、メキシコ産カカオにこだわってチョコレートづくりをしている〈La Rifa Chocolateria〉だ。
 
〈La Rifa〉は、料理人として働いていたダニエル・レサと社会学を専攻していたモニカ・ロサーノのカップルによって、2013年に生まれたプロジェクト。フアレスのお店ではドリンク用チョコレートのチョコラテやスイーツを味わえるほか、お土産にもよさそうなタブレットチョコレートやチョコラテ用の粉を販売する。

上/〈La Rifa Chocolatería〉代表のモニカ・ロサーノ(左)とダニエル・レサ(右)。メキシコ国内のカカオ生産農家が参加するカカオとチョコレートのイベント「フェスティバル・アルテサナル・カカオ・イ・チョコラテ」を創設。
下/〈La Rifa〉の工房兼ショップ。

© La Rifa Chocolatería

カカオ発祥のメソアメリカ圏にあった古代のメキシコでは、栄養を摂るためや儀式のためにカカオを飲み、通貨のように扱われるほど重要だった。古代メキシコではカカオの粉を水で割って(甘味づけでリュウゼツランの蜜が使われることもあった)カカオを飲用していたが、スペインの侵略以降は、砂糖、牛乳、アーモンド、シナモンなどが加えられたチョコラテとなり、現在のメキシコを代表する飲み物となった。
 
メキシコにチョコラテが飲める店は数あるが、〈La Rifa〉のチョコラテはカカオそのものにこだわった偽りのない味だ。それは、芳しく、心と身体にエネルギーを与えてくれる。

上/店頭で注文できるチョコラテ、タマレス(トウモロコシ生地を蒸した軽食)、チョコレートクッキー。タマレスはチョコレート入りで、プロジェクト起ち上げ当初からつくっている。
下/〈La Rifa〉で販売するカカオ70%とケーンシュガーのみでつくられたタブレットチョコレート。「カカオの割合が高いチョコレートはスイーツというよりも、食べ物。栄養があるリアルなチョコレートは、自分で食べるのはもちろん、贈り物にしてもいいものですよ」とモニカ。

© La Rifa Chocolatería

〈La Rifa〉の活躍は国内だけに留まらない。プロジェクトがはじまって4年後の2017年には、「インターナショナル・チョコレート・アワード」のナチュラル・ビーントゥバー部門で「Blanco Marfil」が銀賞、「Uranga」が銅賞を獲得。デンマークのレストラン〈noma〉とコラボレーションをしたり、ハーバード大学のチョコレート会議にも参加するなど、国内外でメキシコのカカオを広める活動をしている。
 
今やカカオ業界を牽引する〈La Rifa〉の歩みや、彼らの人生を変えた旅について、創設者の一人のモニカがインタビューにこたえてくれた。

お店があるメキシコシティ・フアレス地区。緑の多い閑静なオフィス街。

© Masafumi Sanai

カカオ生産者との出合い

Mónica Lozano……Mónica

  • Mónica

    このプロジェクトは、もう一人の創業者ダニエルがショコラティエを目指して、ヨーロッパ系のチョコレート・スイーツづくりに興味をもったのがきっかけではじまりました。メキシコシティ南部のコヨアカンにあるショッピング・モールの中に、ボンボン・ショコラやタブレットチョコレートなどをメインにした小さな店を開いたんです。

    最初は工房はなく、ダニエルの自宅で製造を行なっていました。チョコレートを買う人は少なかったけれど、訪れる人の多くがチョコラテを飲みたいと希望していたので、そのうちにチョコラテや軽食を出す場所になりました。

創業当初は原料のチョコレートを業者から購入して、製品をつくっていた〈La Rifa〉。それが、国際貿易センターで行われた「サロン・デル・チョコラテ」というチョコレート業界のプロジェクトが一堂に会するエキスポに参加したときに、メキシコのカカオ主要生産地のひとつであるタバスコ州のカカオ農園とミュージアムを運営するDRUPAのメンバーたちと出会い、転機が訪れた。

メキシコのカカオ主要産地は、タバスコ州とチアパス州。〈La Rifa〉ではその2州のカカオのみを使用。ほかに、オアハカ、ゲレロ、ベラクルス州でもカカオが穫れる。

© La Rifa Chocolatería

  • Mónica

    DRUPAが農園や工場を案内するツアーに参加したんです。彼らの家族が運営するジャングルの中の農園へ行って栽培の様子を見たり、カカオの実からチョコラテを製造する過程も知りました。

    マンゴスチンやグアナバナなどの熱帯のフルーツや、オレンジ、レモン、シナモンの木々があり、地面にはびっしりと湿った落ち葉が積もっていて、そんな林の中に日光を避けるようにカカオ畑がありました。小さなパパイヤみたいな形状のカカオは、厚い皮に覆われているけれど、中には白くて艶やかな実がある。腐って実が落ちてもそのままにされていて、それが天然の堆肥になっていました。

  • 赤や黄色に色づいたカカオ豆。

  • ジャングルの中のカカオ畑は2、3haほどの面積。

  • カカオ畑の周辺のジャングルの様子。

  • 枯れている木の葉を枝から切り落とし、常に地面が葉で覆われて湿っている状態にすることがカカオ畑にとって重要。

  • カカオの苗を植えているところ。

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© La Rifa Chocolatería

  • Mónica

    畑の中はとても蒸し暑くて、近くでクモザルが叫んでいたり、蛇が潜んでいたり、鳥が歌っていたりする独特な場所。ロマンチックな言い方をしているようにはとられたくないけれど、大地とのコネクションを痛切に感じたんです。この熱帯空間から生まれた一粒のカカオから、私たちが親しんでいるチョコラテやチョコレートができるのは驚くべきこと。

    メキシコシティ郊外で生まれ育った私たちは、出来合いのチョコレートを買ってスイーツにしているだけで、その原料のカカオがどこからきているのかも知らずにいました。生産地への旅が、私たちを目覚めさせたのです。

© La Rifa Chocolatería

そこからはタバスコ州やその隣りのチアパス州の生産者たちから、直にカカオを購入してチョコラテをつくる方向に転換。発酵したカカオを焙煎し、それを挽いたものからチョコラテやチョコレートをつくることを始めた。

  • Mónica

    最初にチョコラテをつくったときは、すごく苦いと評判が悪かった。メキシコシティの人たちは35%だけしかカカオが入っていないチョコラテでも苦いという。みんな砂糖がたくさん入ったチョコラテに慣れていたから。

  • カカオ豆を発酵・乾燥させているところ。注文したカカオの発酵具合を確認し、状態がよいものを見極めて選別する。

  • 焙煎したカカオ豆。

  • カカオ豆を挽いているところ。

  • 発酵の状態がよいカカオ豆は、タブレットチョコレートやチョコラテにする。多雨のため湿気を含んでいたり発酵がうまく進んでいない粒は、ケーキなどのスイーツに使うか、焙煎によってよい味になるよう調整する。

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© La Rifa Chocolatería

チョコレートから広がる輪

2017年、〈La Rifa〉は現在拠点とするメキシコシティのフアレス地区に移転オープンした。

  • Mónica

    以前の店はモール内にあって人びとに知ってもらうのに苦労したから、路面店にこだわりました。そして工房は店の中にあったほうが輸送に便利なので、作業スペースも必要でした。ダニエルが当時フアレス地区の大学に通っていて、たまたま通りかかってこの場所を見つけたのだけど、目の前に公園もあって雰囲気がいいので借りるのを即決したんです。

    フアレス地区はその当時ここまでHypeじゃなかったけど、今はローマ地区やコンデサ地区のように外国人も訪れるスポットになったのはよかった。使っているカカオやその生産者のことを広く伝えられる店を目指しているから。

© La Rifa Chocolatería

〈La Rifa〉のメンバーは頻繁にカカオ農園へ出向き、旅に行くたびに知り合う生産者一家が増えていった。現在、〈La Rifa〉のプロジェクトでは、企業や家族経営の農園も含めておよそ100の生産者がかかわっている。

  • Mónica

    カカオの生産の現場を訪れることは、生物学、経済学、社会学的なさまざまなことを体系的に学ぶ機会。カカオづくりの森林農法には周囲のエコシステムが重要です。カカオがあることで、ジャングルの生態系も整うんですよ。

カカオ畑に通って生産者から直接カカオ豆を買い付けしている〈La Rifa〉が気にかけているのが、気候変動のこと。影響は深刻で、現在はメキシコのカカオ生産量が減り、カカオ農家の後継者も減っているという。この問題をモニカはどうとらえているのだろうか。

  • Mónica

    それはメキシコだけでなく、世界的なカカオ産地の問題でもあります。5年前とは状況がだいぶ変わってきていて、現在はカカオの生産が厳しいけれど、同じ農地ではマンゴスチンやバニラ、胡椒、カルダモンなどの栽培もしているので、そういった作物を市場に出す方向で農家と提携していきたい。

    生産者も、カカオを輸送する人も、チョコラテをつくる人も、チョコラテを飲みにくる人もサイクルのひとつ。みんなが公平になることを目指しています。カカオがどこからくるのかをコミュニティの名前だけではなくその場所のエコシステムとともに伝えること、生産農家たちとの信頼関係を築くこと、この店で働くスタッフにとっても誇りをもって仕事して人生を送ってもらえるようにしたいですね。

カカオ産地のチアパス州にはEl Triunfo生物圏保護区がある。幻の鳥・ケツァルをはじめ、珍しい動植物が生息している。時折、〈La Rifa〉ではチョコレートの売上の一部をこうした熱帯雨林の環境保護に寄付している。

© La Rifa Chocolatería

フアレスのお店でチョコラテを

モニカが、せっかくだからチョコラテを飲んでいってと言ってくれた。
スタッフが伝統的な木製のモリニージョという泡立て器を使って丁寧に淹れてくれたチョコラテは、花のような爽やかさと心地よい苦味を感じ、優しく身体に沁みた。

  • Mónica

    おすすめは、水で割った70%のチョコラテ。メキシコでチョコラテを飲むときにミルクではなく水で割るのが好きな人が多いのもカカオの味を楽しむためだと思う。

チョコラテはホットかアイス、カカオ濃度(50、70、100%)や水かミルクで割るかを選べる。ハチミツ、トウガラシやカルダモンのトッピングも可能。

© Masafumi Sanai

  • Mónica

    私もダニエルも、メキシコに加工品が普及した1990年代に、グローバル企業がつくった砂糖と油脂だけのチョコレートを食べて育っているけれど、メキシコのカカオからできたチョコラテはやはりそういうものとはまったく違うんです。

    メキシコでは、カカオは先スペイン期から南で生産され、首都まで運ばれ、飲まれていました。今でも南部では古代からの飲み方で飲まれているし、そのほかの場所でもチョコラテとして親しまれています。

    メキシコでは特別な家族の集まり、たとえば誕生日にケーキを食べたり、死者の日のパンを食べるときなどに、食卓にチョコラテが欠かせません。実家や親戚の家の台所の引き出しには、必ずモリニージョ(チョコラテ用の泡だて器)が入っているほど。チョコラテを飲むことは、思い出や記憶とつながっていて、その伝統はグローバル化への抵抗にもみえます。

ルーツへの追憶であると同時に未来にもつながるのだから、メキシコでチョコラテを飲む時間はどこか愛おしいのだ。

© Masafumi Sanai

Information

La Rifa Chocolateria(ラ リファ チョコラテリア)

2013年にダニエル・レサとモニカ・ロサーノの2人がメキシコではじめたビーントゥバーのチョコレートブランド。メキシコ産のカカオ豆を使ってチョコレートづくりをする。タブレットチョコレートはもちろん、メキシコシティのショップで楽しめるチョコラテが絶品。

  • Address

C. Dinamarca 47, Cuauhtémoc, 06600 Ciudad de México, Mexico

 

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Profile

Writer

長屋美保(ながや・みほ)

ラテンアメリカ文化に魅せられて2007年に渡墨。メキシコ情報を発信するライター業のほか、夫ともに小さなアジア食堂〈EN ASIAN FOOD〉を切り盛りする。

ラテンアメリカ文化に魅せられて2007年に渡墨。メキシコ情報を発信するライター業のほか、夫ともに小さなアジア食堂〈EN ASIAN FOOD〉を切り盛りする。

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Yayoi Arimoto

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