清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.5 オランダ
「自意識とともに脱ぎ捨てて」

清水みさとの世界のサウナ巡礼記
vol.5 オランダ
「自意識とともに脱ぎ捨てて」

People: 清水みさと

TRAVEL

2025.07.10

5 min read

今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。

Photo&Text:Misato Shimizu

扉をあけると、そこはエデンだった。

ついつい川端康成みたいな始まり方をしてしまったけど、本当にそうだったのだから仕方ない。
 
オランダで、初めて男女全裸の混浴サウナに入った。
 
語弊を招かないように言うと、これは文化。文化です。(大事なことは2回言う)
 
ドイツやオランダでは、男女全裸でサウナに入る。更衣室も男女一緒。隣りにおじさん、うしろにおじさん、初回からそんなシチュエーションは、なかなかハードコアである。
 
だいたいのスパ施設が公園のようにだだっ広く、敷地内にサウナが10個以上点在し、別のサウナに行こうとするたび、ちょっとした散歩になる。

移動用のガウンを渡されるけど、何度かサウナに入った人たちは、どうでも良くなったか、開放されたかで、移動もスッポンポンになっていた。
 
「エデン」
 
もはやこの言葉以外に見当たらなかった。それか間違えて絵画の中に潜り込んでしまったかどちらかだ。
 
ものすごい光景だった。わたしはというと、やっぱり突然「レッツゴー 全裸!」のテンションにはなれなくて、受付で販売していたリネンの布切れをギッチギチに巻いていた。(質は良い)
 
全裸は強制ではないので、恥ずかしい人はそうやって入ってもいいことになっている。その代わり、湯船や水風呂なんかの水ものには、全裸じゃないと入れない。
 

今回のオランダは、サウナ好きのクルーたちと撮影で来ていたので、一人ではなかった。
 
男性陣は、わたしと鉢合わせしないように、めちゃくちゃ気を遣って離れてくれた。不思議なもんで、意識するだけで「そっちにいる」とか「こっちに来る」が見なくても分かるようになってくる。オランダで多分第三の目が開眼した。
 
サウナもそれぞれ特徴があって、200人ほど入れる巨大なスタジアム型サウナから、薪ストーブのサウナ、漢字が飾られた謎のアジアテイストまで、バリエーションも豊かだった。

ひとまず、近くのサウナに入ってみた。
 
男女の全裸がずらりと並んでいる。
 
目のやり場に困りながら、とっとと汗をかける最上段を選んだ。
 
ヨーロッパのサウナは、70〜80度とやや低めで、寝転がったり、瞑想したり、のんびり入るのが一般的なので、すぐに汗をかきたかったわたしには一番上が最適だった。(熱は上に溜まるため、最上段が一番熱い)
 
最上段、4段目。
 
目のやり場に困ると言いながら、一番見晴らしのいい場所を選んでしまった。こうなったらもう、みんなのことをバーバパパだと思って入ろうと決めた。
 
わたしの2段下に、おじさんがドーンと大っぴらに寝転んだ。あられもない姿!と思いかけた瞬間、不意に気づいた。このサウナ室で隠しているのはわたしだけ。
 
その事実がじわじわわたしに迫ってきた。ここでは間違いなく、わたしが異質。
  
みんな「あるがまま」なのに、わたしだけ「どうみられるか」にしがみついて、布切れに自意識まで巻きつけてる気がした。
 
郷に入れば郷に従えって、こういうこと?いやいや、まだ早い。ひとまず、焦るな焦るなと言い聞かせ、リネンを死守してワンセットを終えた。
 
水風呂に着き、周囲にアジア人らしき姿がないか念入りに確認して、えいやっと全裸で飛び込んだ。

そんなに冷たくなくて、拍子抜けするくらい気持ちがいい。すぐ隣りに全裸の男女が何人もぷかぷか浮いている。
 
わたしの常識からすると異様なのに、なぜか心地よかった。さすがに初回から一緒に浮かぶ勇気はなかったけど、少しずつわたしの常識が溶けていく気がした。
 
次のサウナへ向かう道中、やっぱり全裸の人たちが歩いていて、それなのにいやらしさがどこにもない。
 
サウナ室の一番端っこに座り、ギッチギチに巻いて皮膚に食い込んでいたリネンをそっと外した。
 
誰ひとり、わたしを見ていない。目の前にいるのは、男でも女でもなく「ただの人間」って感じがして、年齢も体型も何もかもが背景になって、自意識がふわっと軽くなっていった。
 
国や場所の価値観に合わせて、自分をほどいていく作業が心地よかった。
 
普段まとっている常識とか、勝手に作った「わたしってこうだから」みたいな思い込みも、旅先では不思議とゆるんでいく。

いつものわたしから少しだけ自由になれた気がした。
 
あれほど警戒していた全裸サウナに、まさかの順応。人間ってこんなに早く環境に馴染むんだなと感心しながら、調子良く次のサウナへ移動していたら、20メートルほど先から日本のクルーの気配がした。
 
わたしは反射的にリネンで自分を縛り上げた。
 
やっぱり、いた。第三の目、完全開眼。
 
結局わたしは、裸になんてなれてない。ただ、郷に入って従っていただけだった。常識や視線を共有してる人に、わたしは全裸を見せられない。
 
わたしは、日本生まれ日本育ち。ざわついた自意識に、なぜかちょっとだけ安心している自分がいた。
 
全裸でサウナは郷のみで。

※施設内は特別な許可を得て撮影しています。利用中の施設内の撮影は禁止されています。
 撮影協力〈Thermen Busslo

Profile

俳優/タレント

清水みさと(しみず・みさと)

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

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Yayoi Arimoto

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