古代より重宝されてきた香辛料は、シルクロードや海をわたり世界地図を広げ、各地で個性豊かな食文化を拓いてきた。この連載は、カレー&スパイスにまつわる著作や活動で知られる水野仁輔さんの、飽くなき探究心が導いた、世界を旅した記録と記憶である。
第8回は、グルマンたちも注目する南米・ペルーの唐辛子にまつわるストーリー。
Photo : Jinke Bresson
Text:Jinsuke Mizuno
生まれて初めて訪れたペルー。ヒューストンでトランジットし、乗り込んだ国際線がリマの空港に着陸する寸前、突如、機内で拍手が起こった。出国してから24時間が経過し、疲労困憊だったせいか、はじめは空耳かと思ったほどだ。周囲を見渡すと確かに手を叩いている。ペルー人の陽気な一面の表れだろうか。治安の決してよくない国を訪れることへの不安が、あの拍手で少しだけ和らいだ。
シェフに習ったセビーチェ。
いくらか心がほどけ、楽になった僕は、到着まもなくセビチェリアへ向かった。「セビーチェ」を中心にさまざまなシーフードのメニューを扱うレストランである。ペルー料理でもっとも有名なものは、おそらくセビーチェだろう。生魚の切り身に塩や唐辛子、タマネギ、レモンなどに漬け込んだシンプルなマリネ料理。日系の移民が影響を及ぼしたとの説がある。
セビーチェのあとに頼んだのは、「ティラディート」と名づけられた料理。黄金色に輝いたソースが生魚を包み込んでいる。想定外の味わいに心が躍った。なめらかでまろやか。“タイガーミルク(レチェ・デ・ティグレ)”という特別なソースを使ったものだそうだ。セビーチェの進化版ともいえるもので、まだ新しい料理に分類される。最近、人気のメニューだと聞いて、おいしさの秘密を知りたくなった。
右に写っているのがティラディート。
ロモサルタード(牛肉と野菜の炒め物)。
日を改めて、とあるシェフにペルー料理を習うチャンスに恵まれた。シェフとはメルカド(市場)で待ち合わせをする。彼は市場内に売られているいくつかの唐辛子を購入した。それらがキッチンで活躍することになる。
唐辛子はペルーでは「アヒ」と呼ばれている。唐辛子の原産地であるため、古代から唐辛子文化が根付いていると言われている。アヒ・アマリージョ、アヒ・パンカ、アヒ・リモの3種が登場したが、とくに重宝されるアヒ・アマリージョという唐辛子に強く惹かれた。
まず、なんといっても見た目が美しくかわいらしい。唐辛子というよりパプリカのようにオレンジ色で、ピーマンのようにふっくらとしていて、軸の部分は針金のように細長くとんがっている。こんな美術作品があったら自宅のリビングに飾っておきたいくらいだ。しかも「アマリージョ」という名前が、なんだかおとぎの国の王女風。乾燥したら「アヒ・ミラソル」と名前が変わる。不思議だが、なんだか物語が紡げそうで素敵じゃないか。
この唐辛子の調理方法が興味深かった。軸を落として縦に切込みを入れ、中身のワタの部分(隔壁や種)を丁寧に掃除してから鍋に放り込む。たっぷりの湯を加えて何度か茹でこぼし、ミキサーに入れてぐるぐると回すのだ。シェフ曰く「辛みを除去してうま味を残す」ためのプロセスだという。たしかに茹でこぼす前の煮汁を舐めたらしっかりと辛かった。
ミキサーの中にはピューレができあがっている。それを見て、「あっ!」と目を見開いた。タイガーミルクの黄金色は、この唐辛子が握っていたからだ。ピューレは、ペルー料理の根幹を成し、さまざまな姿に形を変えて応用される。アヒの風味を大事にし、アヒを中心に料理を組み立てている。唐辛子が料理のうま味の根幹を握っている。シェフはこのピューレにチーズやクラッカーを加えて「アヒ・デ・ガジーナ」と呼ばれるじゃがいも料理のクリーミーなソースに仕上げた。予期せぬ調理法から大きなヒントをいただいた気がして、興奮がおさまらなかった。
悪い癖が出て「これをカレーにするのなら」と頼まれてもいない創作を勝手に始めてしまった。アヒ・アマリージョというオレンジチリがベースにあるのなら、スパイスはターメリックをほんの少しとコリアンダーだけ追加すれば十分だ。香味野菜やトマトと共に炒め、鶏肉を入れて煮込めば、おいしいペルー式チキンカレーができるかもしれない。
ただ問題は、アヒ・アマリージョが簡単には手に入らない点だよな……。こんなふうに頭の中をぐるぐるとさせているとき、僕は現地にいながらにして二重に旅をしている感覚になるのだ。
水野仁輔(みずの・じんすけ)
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
記録写真家
ジンケ・ブレッソン
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。
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