清水みさとの世界のサウナ巡礼記
Vol.11 スイス
「大人なら心の赴くままに」

清水みさとの世界のサウナ巡礼記
Vol.11 スイス
「大人なら心の赴くままに」

People: 清水みさと

TRAVEL

2025.10.10

5 min read

今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする新連載です。

Photo&Text:Misato Shimizu

大人になったら行きたいと思っていた国がある。
 
「いつか」ではなく、「大人になったら」で、その違いが子どものわたしには少し特別に響いていた。
 
スイス。
 
子どものころ、母がよく「行ってみたい」といっていた国だ。小さなダイヤがついたきらきらした腕時計はスイス製で、肌身離さず大事につけていた。
その輝きを横目で見ながら、スイスは大人がいく場所なんだと思っていた。
 
テレビで「ビッグマックが1000円」と聞いて、ひっくり返ったこともある。
当時10歳やそこらで、近所のマクドナルドのビッグマックは250円だった。やっぱり、スイスは大人にしか行けない場所なんだと幼いながらに納得していた。
 
それから時がたち、昨年、ロケでオランダを訪れた。(vol.5 オランダ「自意識とともに脱ぎ捨てて」を読む!
せっかくなら延泊してどこか他の国に遊びに行こうと地図を眺めてみたら、オランダ周辺のヨーロッパは、意外ともう行ったことのある国ばかりだった。
悩ましいと思いながら、隣り合う国じゃなくたっていっかと視線を下げたとき、「スイス」を見つけた。
 
大人になったら行きたいと思っていた国。
 
それなりに仕事をして、自分で決めて動けるようになったいま、わたしはきっと、あの頃思い描いた大人になっている。
母がつけていた時計の針が、やっといまのわたしの時間に重なったような気がした。
 
行こう。すぐさま航空券を購入した。
 
そういえば、イギリスに留学していたとき、サウナ好きのわたしに「スイスのインターラーケンに素敵なサウナがあったよ」と教えてくれた友人がいたのをふと思い出した。
 
スイスにも素敵な温浴施設はいくつもあるけれど、「行ってきたよ!」を伝えたくて、中央部の高地にあるインターラーケンを目指すことにした。
 
最初に降り立った街はベルン。
バーゼル空港に着いてそのままインターラーケンへ向かうつもりが、オランダに充電器を忘れてしまった。気づけばスマホの充電は残り10%。初めてのスイスでさすがに心もとないので、途中下車したのがベルンだった。
 
さっそく子どもみたいなことをしているなぁと思いながら、マップを見ずに街を散策していると、偶然展望台にたどり着いた。絵本のような屋根の連なりがかわいくて、この景色を見ていたら、充電器を忘れてきてよかったと思ってしまった。不幸中の幸いってこういうことだ。

そしてベルンから電車で1時間。
窓の外に広がる草原の緑がどんどん淡くなって、遠くには雪の残る山が見えてきた。
 
インターラーケンに着いた。
ドラマ『愛の不時着』のロケ地でもあるらしい。観ていないのに、それだけは知っていて、今更観ておけばよかったなと思った。
 
サウナがあるのはインターラーケンだけど、地図を見ていたら、ユングフラウヨッホにも行きたくなってきた。ヨーロッパでいちばん高い駅がある山なんて、それだけでちょっとワクワクする。
 
ホテルはもう予約していたけれど、一泊分ごめんなさいをして、損得よりも心の納得を選んだ。
大人になるって、そういう小さな衝動をちゃんと拾えることかもしれない。

ユングフラウヨッホに行きやすいホテルを改めて取り直し、翌朝、電車に乗って登頂した。
運よく抜群の快晴に恵まれて、青い空と、まぶしいほどの白い雪山を見ることができた。

お金は少し無駄になったけど、たぶん一生、この景色を思い出してはにやけると思うと安いもんだと納得しながら、インターラーケンへと戻った。
 
そしてようやく、目当てのサウナへと向かった。
 
宿泊者しか入れないホテルのサウナで、大人びたカップルや夫婦がいて、一人で来ている人はわたしだけだった。そして、おそらくドイツ語で、にこにこ何かを話しかけられたけど、意味はさっぱりわからなかった。
 
でも、そういうときは、笑顔。高橋優さんも、「世界の共通言語は英語じゃなくて笑顔だと思う」と歌っていたし。
 
サウナ室の大きな窓の向こうには、嘘みたいなエメラルドグリーンの色をしたトゥーン湖が広がっていた。

ああ、これが水風呂なんてとんでもない。
一刻も早く入りたくて、ロウリュの蒸気を撹拌し、腹式呼吸なんかしたりして、必死に汗を誘発した。(普通に入っていても汗はかく)

そんな努力の末(?)思いきり飛び込んだトゥーン湖の水は、冷たいのに、やわらかくて、トロトロで、まろやかで、やさしくて、並べたい言葉がありすぎて困るけど、液体のシルクの中に沈んでいるような新しい体感で、感激してしまった。
わたし史上一番の水風呂、きたよこれ!とSNSのつぶやきみたいなやつが頭の中でぐるぐるした。

ととのい椅子に寝転びながら、誰かと一緒にいる声量で、「しあわせだなぁ」と何度も声が出てしまった。
 
大人になったら行きたいと思っていた国で、子どものように喜んだ。
 
思い描いていた「大人のわたし」は、思っていたよりずっと子どもで、それがなんだかうれしかった。
 
わたしにとって大人になるっていうことは、心が動くほうを、ちゃんと選べるようになることだ。
 
この先も、心が動くほうへ。
 
それだけを頼りに生きていけたらいいな、なんて、わたしは結構本気で思っている。

Profile

俳優/タレント

清水みさと(しみず・みさと)

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。

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Yayoi Arimoto

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